「…兄さん」

「…何だよ」

名前を呼べば振り向いてくれる。
それはずっとずっと昔から変わらない。





「ジムリーダー就任したんだってね。おめでとう」

ミルクティーを片手に兄さんを呼び止めてみた。
久しぶりに家に帰ってきた兄さんは少しやつれているように見えて少しだけ、心が軋んだ。

「誰から聞いた?」

「ナナミ姉さん」

即答すれば兄さんは溜息を吐いた。

「…余計な事を」

「ナナミ姉さんだって兄さんの事心配してるんだ。たまには兄さんから姉さんに連絡くらい寄越したら?」

「それよりもお前春からオーキドのじいさんにポケモンを貰って旅に出るんだろう?良かったじゃないか。楽しみか?」

そうやって自分に分が悪いと直ぐに話を逸らすんだから。

「質問してるのはこっちだよ」

「俺だってお前に聞いてんだよ」

さあ答えろと言わんばかりの兄さんのふてぶてしい態度に腹が立つ。
けれど兄さんの言うことには逆らえない。
上を持つ下の運命だろうか。
そんな運命なんて要らないのに。

「あんまし、行きたくない」

私の発言があまりにも意外だったのだろうか。
兄さんは思いっ切り目を見開いて私を凝視した。

「何で」

「…つまんなさそうだし、興味ない」

真剣な表情で私を見る兄さんの視線に堪えられなくて私は視線を下に落とした。

だって、兄さんも姉さんもおじいちゃんも皆夢中になっちゃうじゃない。
おじいちゃんは研究者として。
姉さんは美容師として。
姉さんも兄さんも皆旅に出て、ポケモンと触れて変わっていったじゃない。
私を置いて。

「リーフ」

名前を呼ばれて顔を上げるとそこには優しそうな表情の兄さんが居た。

「いいか。最初からつまらないなんて決め付けるな。先入観を持てば楽しいと思える事も楽しく思えなくなる」

分かるな?
幼子を諭す様に優しく確認する兄さんにこくりと頷く。
良し、いい子だ。
頭をわしわしと撫でられて、自慢のロングストレートがぐちゃぐちゃになった。

「兄さん」

「何だよ?」

「…お祝い何が良い?」

「別にいらねーよ」

「やだ。あげたい」

駄々をこねると兄さんは頭を掻いて溜息を吐いてから、私の手にあるミルクティーの入ったカップを奪った。

「あっ」

何するの。
そう抗議しようとした口は兄さんのニヤリと悪戯っぽく笑う表情を見て閉じた。

「じゃあ、これがお祝いって事で」

全部飲み干してから…甘い、と呟く兄さんの眉間には皺が寄っている。
甘いもの苦手なんだから口にしなきゃいいのに。

「兄さん。私、ちょっとだけ旅に出てみたくなったよ」

そう告げれば兄さんはそうか、と言って笑った。




皆、旅に出たら私を置いて変わっていっちゃう。
そう勘違いしてたけど、間違いだった。
思い出したよ。
兄さんは旅に出ても変わってなかった。
私が名前を呼べば必ず振り向いてくれるもの。
昔から、変わらずに。


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リーフが旅に出る前の話。
時間軸としてはハートゴールドが出る前あたりで、グリーンが新しいジムリーダーに抜擢される時間帯。
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