「う…」

少女は目を覚ますと瞼を擦った。
頭が痛い。
ぼーっとする。
どうしてこんなにも痛いのだろうか。

「あ、起きた?」

「うん…?」

半分意識を夢の中へと置いていったまま、生返事を返す。

「寝ぼけてるんだね。眠いならそのまま寝てて良いよ」

くすり、と少女に話しかけた誰かが笑って、少女の額に触れた。

「…っ!」

夢の中から覚醒した少女は自分の額に触れる手を払いのけた。
パシンと高めの音が少女の居る室内に響く。

「…っ、何ね!?」

寝起き特有の掠れた声で少女は目の前に居る少年に詰問した。
此処は何処か。
何故、自分が此処に居るのか。
この少年は自分に何をしたのか。
問い質したい事は山ほどあるのに恐怖と緊張で、言葉が喉に張り付いたみたいに出てこない。
魔女のプライドからだろうか、せめてもの意地で眦を吊り上げ、少年を睨みつける。
少年は少女の行動に驚いた様で目を丸くしたが、必死に自分を睨みつける少女を見て小さく吹き出した。

「何が可笑しいと!?」

「ごめんごめん。君が勘違いをしているから…つい、ね」

少年の弁解に少女は眉を潜めた。

「どげんこつ?」

「君さ、自分がどうして此処に居るのか理解出来てないでしょ?」

理解?
何を言っているのだ。この少年は。

少女の眉間のシワが更に深くなる。
少年は少女の反応にやっぱりそうかと呟いてから、上を見上げてよと空を仰いだ。
少年につられて少女も空を仰ぐ。
そこには大きな穴がぽっかりと空いていて青い空が顔を覗かせていた。

「覚えてない?君、昨日の嵐の中であそこから落ちてきたんだよ」

少年にそう言われ、少女ははっとすると青ざめた顔で少年を見つめた。
思い出した。
魔力の調整に失敗してコントロールを失い、落下したのだ。

「あたしの箒はっ…!?」

「ここにあるよ。君のでしょ?」

「かっ…返しいっ…!」

少年から奪い取る様に箒を取り返すと少女は箒にひびや傷がないかを確かめた。
確認を終えると少女は息をついて少年に顔を向ける。
少し気まずそうにしながらも少女は少年に向き合って頭を下げた。

「そ…その、さっきはすまんち。それとありがとう」

「ああ、別に良いよ。それよりも君の名前は?」

にこりと笑って、少女のした事をたいしたことじゃないとでも言うかの様な気安さで返すと少年は少女に近付いた。

「な、名前…?」

「そう。名前」

聞き返せば同じ言葉が返ってくる。
少女は逡巡するかの様に視線を巡らした。
魔女にとって真名を知られるという事は致命的な事だ。
真名を知られるという事は束縛されるという事。
魔女の持つ力を制限されてしまうのだ。
それは莫大な魔力を持って自然と生きる魔女達にとっては絶望的な事でもある。
だが、今、少女を悩ませているのはそれが理由な訳ではない。
この少女に至ってはその束縛の力は働かないのだ。
では何故、少女は真名を教える事を躊躇うのか。
もう一つ、真名を教える事によるリスクがある。
リスクと呼ぶかは人それぞれだが、少女にとってはリスクなのだ。
それは、結婚。
真名を教えるという事は婚約の証。
それは古来から伝わるしきたりであり、契約だ。
魔女にとって契約は絶対のもの。
抗う事の出来ない不変のもの。
故に簡単に人に知られてはならない。
だが、この少年は仮にも自分を助けてくれた存在だ。
ここで名前を聞かれて答えないのは礼儀に反する。
どげんすればよかよ?
契約と礼儀。
両側から板挟みに合い、少女は頭を抱えた。

「…言えないなら無理しないで良いよ。ボクも君の事を勝手に呼ぶから」

少女の苦悩の表情を読みとったのか少年は「ね、良いでしょう?天使さん」と、にこりと微笑んだ。


「どうしたの、天使さん?」

少年から声をかけられた少女はハッと我にかえった。
回想から戻ってきた少女は今も飽きずに自分を楽しげに見つめる少年を見て溜息をついた。
あの時に断っておけば良かったのだ。
そしたら今、天使さんと呼ばれる事はなかったのに。

「…ねぇ、天使さん。天使さんはどうしてここに居てくれるの?」

少年の急な質問を訝しく思い、少女は少年を真っ直ぐに見つめた。
少女の怪訝な瞳の奥にある何故そんな事を聞くのか、という疑問を読み取った少年は不安げに少女を見つめる。

「君の怪我は既に完治してるんだ。もうここに留まる必要はないでしょう?なのに、どうしてここに居てくれるの?」

言葉とは裏腹にその瞳はここに居てほしいと少女に訴えている。

「もしも君がここに留まる理由がボクに対する同情なら君はここに居るべきではないと思うんだ」

ぷつり。
少女の頭の中で何かがぷつりと切れた。
おそらく堪忍袋の緒。
そうでなかったとしても、少女が腹を立てたのに違いはなかった。
憤怒の色を瞳に湛えて少年を睨みつける。
少年は少女に睨まれた事に驚いてその紅い瞳をめいいっぱいに見開いた。

「馬鹿にせんといて。あたしはあんたに同情した訳でも強要された訳でもなか。あたしがここにおるのはあたしの為ったい!あんたに天使やなくて魔女ち呼ばせる為にここにおると。勘違いせんで欲しかっ!」

低い声音で自分の言いたい事を全て言い終えると少女は踵を返して空へと飛んでいった。
一方、言い逃げされた少年はしばらく呆然とすると薄い唇の端を上に上げた。

「…それってつまり、ボクが魔女って呼ばなかったら君はボクの傍に居てくれるって事だよね?」

紅い瞳に悦びの感情がきらりと輝る。
人の悪い笑みを浮かべた少年は楽しそうに少女が飛んでいった方向の空を眺めた。

ああ、まったく腹の立つ。
空を浮遊していた少女は自分がさっきまで居た家を眺めた。
最初は怪我や疲労の為あまり過度に体を動かす事が出来なかったからあの少年の世話になった。
元気になるにつれて事故とはいえ自分が空けた穴を気にしていた少女は天井から屋根までぽっかりと空いてしまった穴を塞ぐ作業に取り掛かった。
少年は必要ないと言うが自分の気が休まらない。
そうして少女は少年が止めるのも聞かずに壊れてしまった部分を修復してしまった。
少年との生活が始まって一ヶ月が経つ。
それ程長く一緒に居れば嫌でも気付く事がある。
少年の美に対する追求心や異様なまでの執着。
自然を愛する心には共感するが、一方で人と関わる事を拒絶するその姿勢は理解出来ない。
が、それは後で気付いた事で。
一番初めに気付いた事は少年が一人で生活をしている事だった。
親も誰も居ない一人きりの生活。
疑問に思う事はあってもそれを少年に聞く事は出来なかった。
少年も少女が気付いているという事を分かっていたのだろう。
ある日突然少年は言い出した。

「天使さんはどうして一人立ちをしているの?」

「なんね、突然。あたしはしきたりったい。あたし達魔女は一人立ち出来て初めて一人前になれると」

「そっか。天使さんは一人前になりたくて飛び出したのか」

こいつあたしの話ば聞いとっとか?
少女の額に青筋がぴくりと浮かんだ。

「ボクはね。画家になりたかったんだ。だから、家を飛び出してこの森に来たんだ」

ここは自然がありのままで人の手が加えられていないから美しい。
決してボク等人間では到達出来ない美だからこそ憧れたんだ。
その美しさを絵に表現したいってね。

恍惚と瞳を輝かせる少年とその理屈を理解出来ずに眉を寄せる少女の視線が交差する。
少年の瞳がふと和らいだ。

「…だから、ボクは一人暮らしを始めたんだよ」

「…!」

少女は少年の言葉とその表情を見て少年の行動の意味を悟った。
疑問に思えども聞けなかった自分に対する少年の答えだ。
その気遣いに衝撃を覚えた少女は動揺して上手く返事が返せなかった。


そういった経緯を経て事情を知っているからこそ、自分が少年に同情をしているとでも思ったのか。
もしもそう思うならそれは自分に対する侮辱だと少女は思った。

あたしはあたしの意思でここにおると。
勝手に決め付けんで欲しか。

あたしがあいつに縛られていると、もしもあいつがそう思っとったら悲しいと少女は思った。
侮辱に対する憤りと自分の胸を満たす悲しみに少女は戸惑う。

ー…なして、あたしは悲しいち思ったと?
あたしはあいつに魔女ち言わせる為にここにおる。
それはほんまのこつやのに。
それだけじゃないと感じるのは何故?

「ねぇ、天使さん。今日の晩御飯はシチューなんだけど、シチューは好き?」

少女の思考は突然現れた少年の声により掻き消された。
驚いて少年を見れば少年の顔が汗で光っているのが分かった。
追い掛けて来たのだろう。
その証拠に多少息を切らしている。

「…嫌いじゃなかよ」

少年を一瞥して素っ気なく答えると少年は紅い瞳を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。

「良かった!あまり遅くならないうちに帰ってきてね!」

そう言って手を振ると少年は踵を返して走っていった。
少年の後ろ姿を眺めて少女は納得した。

ああ、そうか。
せやからあたしはここから離れたくなかったのか。
あの紅い瞳が印象的だから。
世界中のどこを探してもみつからないであろう紅い瞳に惹かれたから。
その紅の傍に居たいのだ。

ー…ああ!
何て認めたくなか事実やろうか!

少女は悔しそうに口元を歪めて大声で自分の気持ちを否定するかの様に叫んだ。

「絶対にそげんこつある訳なかーっ!」


**************
先週の魔女の宅急便に感化されて書いた。
キキとトンボの要素どこだろう?
支離滅裂になってしまった意味不明の作品になってます。
設定が生かしきれないっ(泣)

ご要望あればルビー君視点も書きます^∀^


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