38度7分。
ピピピピピと鳴る体温計を取り出してみると、ボクの体温を計った機械はそう表示していた。
熱は高いし咳は出るし頭も痛い。おまけに目眩とくればこれはもう完璧に風邪だ。
熱にやられて気怠い体を無理矢理起こし、ベッドから出るとふらふらとした足取りでボクは自分の部屋を出た。


トントンと包丁が野菜を刻むリズミカルな良い音がする。
リビングのドアを開けると予想通りママが朝食の用意をしていた。

「あら?ルビー。貴方、今日は早いのね」

いつの間にか野菜を刻み終わっていたママは冷蔵庫から出した白味噌をおたまに必要な分だけ取り出して、味噌を溶かしながら振り向いた。
いくら味噌汁を作っているにしたって手元を見ないで料理をするのは危ないよ、とか普段のボクならそう注意する事も出来たのだろうけど、生憎今日のボクは熱に侵されてそこまで頭が回らなかった。

「やだ貴方!顔が赤いじゃない…。風邪かしら?熱は計ったの?」

ママは相当驚いたみたいで、白味噌を溶かしていた菜箸を床に落としてしまった。

「うん。風邪みたい…。熱は38度7分だったよ」

「結構高いわね…。学校には私が連絡しておくから貴方は部屋に戻って寝てなさい。後で、病院に連れて行くからね」

ボクがそう答えると一瞬慌てていたママは直ぐに冷静になって床に落としてしまった菜箸を拾い、ボクにしっかりと向き合うと矢継ぎ早にそう言った。
とりあえずはい、と渡されたアイスノンを抱えてボクは自分の部屋に戻った。
勿論、ママにお礼を言うのを忘れずに。


どれだけ時間が経ったのだろうか。
病院から帰って来て薬を飲んだ後、副作用として急激に眠気に襲われたボクはベッドに倒れるように眠ってしまった。
パチリと目を開けると側にあった目覚まし時計で時間を確認する。
時刻は16時30分。
もう夕方なんだなぁ…
そういえばサファイアはもう学校から帰って来たのかな…?なんてつらつらと考えていると(実際は考えるというよりはそう思っただけなんだけど)漸く少しだけ頭が冴えてきたボクは、自分の身の異変に気付いた。
先ずボクの頭の下に在るアイスノン。
ボクが眠りに入ってから随分時間が経っているから、こんなに冷たい筈がない。
もっと溶けて水みたいに液状になって、くたりとしていても良い筈だ。
それからボクの額に在る湿布の様な物。
多分、熱冷ましシート。
ママはボクを病院に連れて行って家に帰って、お粥を作ってくれてからパートだからと急いで仕事に向かったし、ボクはお粥を食べてから薬を飲んでアイスノンを持って自分の部屋で眠ってから今起きるまで一度も起きていなかったし。
まさか父さんが帰って来ててボクの看病をしてくれたなんて絶対に有り得ないだろうし。
一体誰が?
ボクがその謎を解こうと頭を回転させようとした時、ガチャリとボクの部屋のドアが開いた。

「あれ?ルビー、起きておったと?」

ボクの部屋に入って来たのはサファイアだった。
え?何でサファイア?
どうして此処に?
ぐるぐると混乱する頭でボクは彼女を見つめた。

「あんたよう寝とったとよー。気分は悪くなかとか?」

そんなボクの視線に気付かずに彼女は微笑すると、ボクの額の熱冷ましシートを剥がして自分の掌をそこに当てた。

「んー。熱は前より下がったとね。ばってん、まだまだ安静にしとかんといけん」

難しい顔をして眉間にしわを寄せる彼女にボクは漸く疑問を投げかけた。

「サファイア…。どうして此処に居るの?」

だって、可笑しいじゃないか。
彼女は学校から帰って来て自分の家に居る筈なのに。
一瞬きょとり、と彼女はただでさえ丸い目をさらに丸くさせるとにかっと太陽の様な笑顔で笑った。

「ルビーのママさんからメールで聞いたったい。「私は仕事でルビーの看病が出来ないから学校から帰ったら代わりに看病して貰えないかしら」って頼まれたとよ。やけん、あたしが看病しに来たと」

あたしが来たからにはもう大丈夫ったい!安心して大船に乗った気でいるとよ!と言って、彼女は胸を張ると水を持って来ると言って出て行ってしまった。


ルビー。水を持って来たち〜と言って彼女がボクの部屋に入る。
彼女が下に水を取って来る間に彼女をどう家に帰そうかとボクは考えていた。
けれど、先程下がってきた熱がまた上がってきたのか、頭がぼーっとしてボクの考えは纏まらない。
そうこうしてる間に彼女が戻って来てしまったので、ボクは考えの纏まらない頭で彼女が家に帰るように説得する決心をした。

「サファイア」

「ん?なんね?」

ボクの机に持って来た水を置くと彼女は振り返った。

「水を持って来てくれてありがとう。でも、ボクもう大丈夫だから帰って良いよ。さっき、君も言っていたように熱も下がってきた事だし」

彼女を安心させる為にボクはにこりと笑う。
本当は熱が下がってきた、なんて嘘だ。
一時的に下がっただけでまた上がってきてる。
けれど、ボクの風邪を彼女に移したくはないから。
だからボクはこの嘘を吐き通す「嘘ったい」…筈だったんだけど。
一瞬でばれた。
何でだ。

「嘘じゃないよ」

「嘘ったい」

「だから嘘じゃないってば!」

「せからしか!」

彼女は一喝すると、ボクの額に自分の額を合わせた。
顔が近い。
彼女の海みたいに深くて綺麗な瞳と目が合った。
ドキリ、と心臓が鼓動して忙しなく音をたてる。(この音がどうか彼女に聞こえませんように!)
ボクの祈りが通じたのかどうかは分からないけど、彼女はボクから額を離すと呆れた様に溜め息を吐いた。

「なしてルビーはそげなあからさまな嘘吐くんやろか…。熱だってさっき計った時より上がってきとうよ?」

「嘘は吐いてないし、熱も上がってない」

彼女が溜め息を吐くから、ボクは口を尖らせて意地を張る。

「なら、なしてルビーの顔はそぎゃん赤くなっとうと?熱が上がってきとるにきまっとう!」

彼女はそれ以外には有り得ないと決め付けるかの様な顔で、ボクに人差し指をズビシと向けた。

「……。」

誰のせいだ!とボクは思わず口に出しかけて、すんでの所で思い止まる。
確かに熱はあるけどボクの顔が赤いのは君の顔が近かったからだ、なんて言える訳無いじゃないか!

「ルビー…」

ボクが黙っていると先程よりも落ち着いた彼女の静かな声が、ボクの耳に届いた。
彼女はベッドに腰を下ろすとボクの手を握る。

「あたしはあんたのママさんからルビーのこつ、頼まれたったい。それはママさんがルビーのこつ心配しとるからやと思うと。あたしもママさんと同じ気持ちったい。ちゃんと安静にして欲しか」

きゅっと先程よりも強く手を握って、ボクを見つめる彼女にボクは小さな溜め息を吐いた。

「…風邪、移るよ?」

「そぎゃん心配せんでもよか!あたしは大丈夫ったい!」

せやからさっさと寝るったい!と太陽みたいに彼女は笑ってボクをせかす。
その笑顔が可愛いなと思う反面、なんだか悔しいから。
彼女の頬を両手で包んで。
ちゅ。
彼女の額に仕返し一つ。

「なっ…」

顔を真っ赤にさせた彼女の藍い瞳にはニヤリと笑うボクが映っていた。

(るる、ル、ルビー!!なんばしよっとか!)
(煩いなぁ…静かにしてくれない?頭に響くんだけど)
(うっ…)

**************
shortです。長いけどshortと言い張ります。
最初にイメージしていたものとは違う出来になりました。
どうしてこうなった…!^∀^

初めて小説を書いたので下手くそです。
それでも最後まで読んで下さった皆様に感謝致します。
精進していきますのでもし宜しければお付き合い下さいませ。


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