友達以上恋人未満? 2


職場が違うナマエとは会社の前の信号で別れる。
あくまでお隣さんで、友達以上恋人未満な関係の2人の朝は毎日こんなものだが、リヴァイにはある野望がある。

(絶対ナマエを惚れさせる…)

リヴァイなりにアプローチは散々してきた。けれど、ナマエは全く相手にしてくれないどころかただの男友達のように振る舞ってくる。
そのもどかしさに時折イライラするが、逆に彼を更に燃え上がらせる要因でもあった。

ナマエを落とすべく更なる手を考えながら、会社の正門を潜り、社員証でピッと認証し社内に入る。

「おはようございます、リヴァイ部長」
「あぁ、おはよう」

エレベーターの中で鉢合わせした部下と適当に挨拶を交わし、ポーンという音と共に開いた扉から足を出す。

(…そういや今日は、出社したら来いってエルヴィンが言ってたな)

再び戻り、最上階のボタンを押して扉を閉めた。



「おはようリヴァイ」

社長室に入ると、やけに肌ツヤの良いエルヴィンがいかにも機嫌良さそうに笑っていた。

「やけに気持ち悪い顔をしてるな…仕事前に女と1発ヤってきたか?」
「よくわかったな。因みに俺の場合1発では済まない。………というのは冗談だが、今日お前を呼んだのは他でもない。朝一渡したいものがあったんだ」

本当に冗談なのか疑わしい。ガサゴソと鞄の中を漁るエルヴィンは一体何を取り出すのか…。
過激な大人のグッズ等を出してきたら、とりあえずその無駄にツヤの良い頬をぶん殴っても構わないだろうか。

(ナマエに見つかったら嫌われちまうだろうが)

リヴァイはやや警戒しつつ、エルヴィンの手元をじっと見つめた。

「……おっと。あったあった。これだリヴァイ。お前に渡そうと思って大事に取っておいたんだ」

スッと差し出された横長の紙を受け取ると、リヴァイはその切れ長の目を大きく見開いた。

『わくわくどうぶつえん。入園料おとな500円、こども200円』

子どもの落書きみたいなライオンやヒマワリが描かれた、近所の動物園の、期間限定の割引チケットだ。
因みに今は夏じゃない。秋だ。
何故ヒマワリを描いた。
まさになんの魅力も感じさせないデザインだ。ライオンの隣にいるのは……たぬき?いや、犬…猫?だろうか?よくわからない。

「…これは…」
「いや、俺が今気になっている女性が実は子持ちでな…その子どもと仲良くなろうと割引チケットを手に入れたんだが、その子どもが子どもらしくない子でね…“動物園に行くくらいならプラネタリウムや天体観測で星の勉強をしていた方がマシだよ。しかも動物園臭いし、そのチケットださいし、おじさんカツラだし”……なんて言われてね。どうだ、可哀想な俺の代わりにその可哀想な割引チケットを使ってやってくれないか?」

確かに可哀想だ。エルヴィンもチケットもどちらも。
しかしリヴァイには困ったことがあった。

(…汚ねぇじゃねぇか…動物園)

そう、リヴァイは潔癖症だ。それも、“超”がつくほどの。
獣の毛やにおい、糞尿や汚れ、涎など、リヴァイには耐えられないもののオンパレードだ。
しかもこの“わくわくどうぶつえん”の目玉は触れ合いコーナーであり、最もリヴァイが嫌がるものである。

「…行かねぇよ、悪いが。動物園は汚ねぇだろ」

言いながらチケットを突っ返すリヴァイへ、エルヴィンはにこりと笑った。

「そう言うな。…ほら、いつもそこの信号で別れる女の子。あの子と行ってきたらどうだ?最近触れ合いコーナーで虎の赤ちゃんが抱っこ出来るようになったとテレビで言っていたんだが、女の子は大体そういうものが好きだろう」

(虎のガキ…)

今朝の出来事がリヴァイの頭に過る。
ナマエのきゅんきゅんとした眼差し、甘ったるい声…。
またあの顔を見られるのなら、誘ってみるのも悪くない、とリヴァイは思った。

2人で行こうと誘えば気持ち悪がられるだろうか?いや、もしかすると喜んでくれるかもしれない。更にもしかすると、リヴァイを好きになってくれるかもしれない。そしてあわよくば欲にまみれた次の段階に進めるかもしれない。
彼はそんな邪な期待を抱くが、やはり気がかりなことが胸に残る。

(…汚ねぇんだよ…動物園は…!)

リヴァイの葛藤は一日中続いた。



結局定時となり、今日は残業をする必要も特になかったので、リヴァイはさっさと仕事を切り上げて会社を後にした。

(…どうするべきか)

リヴァイはまだ悩んでいた。
きっと汚ない場所にいれば、リヴァイのイライラはすぐにピークに達するだろう。

(イライラした男の隣にいても楽しいわけがねぇ。例え虎のガキが可愛くてもだ)

はぁ、とリヴァイはため息をつく。やはりやめた方が無難だろうか。あの顔を見るだけなら、またボザドどうぶつ園を録画しておけば良いのだから。
家路につこうと俯き加減で足を速めた時だった。

「見たよ、ボザドどうぶつ園!友達が録画しててさ、もう虎の赤ちゃんがすっごい可愛くて…」

ナマエの声だ。リヴァイは風を切る速さで振り向いた。
ナマエは喫茶店の外で、なにやら同僚と思わしき女と珈琲とケーキを楽しんでいた。

「やっと見たの?やるじゃんその友達。…あぁ、もしかして友達ってあの目付きの悪い小さい男?ボザドどうぶつ園とか見るんだ……へぇ…」
「意外だよね、録画してまで見るとかさ。いや…でも今回ばかりは本当感謝しちゃうかも。本当に可愛かったんだよ、虎の赤ちゃん!あぁ〜また見たいなぁ…抱っこしたいぃ〜…」

うっとりとした表情を浮かべて、ナマエは今朝のような甘ったるい声を出す。
その時リヴァイは決意した。

(行こう。わくわくどうぶつえん)

結局エルヴィンに返せなかったポケットの中のチケットをズボンの上から撫でると、リヴァイはようやく家路についた。



しかし家に着いて、リヴァイは夕飯を作りながら再び頭を悩ませる。どうやって誘うか…これは彼にとって重大な問題だ。

(気持ち悪がられずに誘う方法…)

2人で何処かへ出掛けたことなどない。いつも熱心にアプローチをしているつもりだが、いざとなるとその緊張は半端ないことに気が付く。
柄にもないと自嘲するが、そんな余裕も徐々に失っていく。

「リヴァイお腹すいたー」

開錠しておいた玄関から部屋着に着替えたナマエが入ってくる。

「ねぇねぇ、またボザドどうぶつ園見たいんだけど、見てもいい?」

キラキラと目を輝かせて首を傾げて聞いてくる。リヴァイは“あぁ”と短く答えると、手早くリモコンを手に取って操作した。
その手が少し震えていることに気付かぬふりをして、ボザドどうぶつ園を再生する。
テレビ画面の中では、今朝と同じようにうざい司会をするオルオがタレントのペトラにつっこまれている。
そして…。

「きゃーっ、出た虎の赤ちゃん!待ってましたぁ…可愛いぃぃ〜」

きゅんきゅんな眼差しで甘ったるい声を出すナマエ。そんな彼女に柄にもなくきゅんきゅんしてしまいそうな気持ちを抑えながら、リヴァイはポケットに手を入れる。

(やるなら今だ。今しかねぇ…)

リヴァイは意を決して口を開く。

「……なぁナマエ。触りたいか?」
「え?なにを?」

くるりと振り向いたナマエにドキッとする。もう後戻りは出来ない。リヴァイはごくりと唾を飲み込んだ。

「あ、明日は休みか?」
「うん、休み」
「そうか…」

次の言葉が言い出せない。普段のアプローチとは比べ物にならないほど緊張している。
ズボンのポケットに入れたその手は、潔癖症にあるまじきの状態だ。
ベトベトでギトギトな生々しい感覚が更に彼の緊張を高め、すっかり乾いた口内の残り少ない唾液をごくりと飲み込む。
ポケットの中で握り締めている紙が、クシャリと音を立てた。

「……明日……虎のガキを触らせてやる…」

乾いた喉を通ってようやく言葉が放たれるが、ナマエの顔を見ることができない。

「え?ほんと?どうやって?」

返ってきた声はスキップでもしているかのようにルンルンなものだった。その声に多少安堵したリヴァイは、俯いていた顔をそっと上げる。
ポケットの中のチケットを取り出せば、それは湿っている上にくしゃくしゃに皺が寄っていた。

「…上司がくれた。虎のガキが触れる…らしい…」

ぎこちない手付きでチケットを差し出せば、ナマエはそれを勢いよく掴んで覗きこむ。

「わぁ…!やったぁ…わくわくどうぶつえんって触れ合いコーナーが有名だよね!ありがとう…あ、これ落書きみたいでヘンテコだけど、しっかり4人分の割引チケットだね。安い…!……てことは、他に誰か来るの?」
「あ…?」
「まさか潔癖症のリヴァイは獣の毛が飛び交う動物園に行かないでしょ?あ、同僚の子を誘おうかな」

楽しそうな表情の中に、ほんのり寂しそうな色を見せるナマエ。再びチケットを見つめる彼女に、リヴァイは拳を握って言った。

「……俺も行く」
「え?」
「俺も行く」

パチパチと瞬きを繰り返すナマエを真っ直ぐ見つめ、しっかりと伝える。

「俺も行きたい。お前と2人で」

そう言った時、ナマエの頬が微かに赤く染まったように見えたのは…見間違いでないと信じたい。



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