そうしてついにやって来たわくわくどうぶつえん。 わくわくしているナマエを横に並べ、リヴァイは恥を忍んで係員にチケットを見せて入園した。 まさに子どもが喜びそうな、カラフルなゲートを無表情で潜り、見えてきた広場でぐるりと園内を一望する。 落書きみたいなチケットとは違って、施設自体はなかなかしっかりとした作りをしている。そしてそれ以上に… (広い) これではナマエがはぐれてしまいかねない。……という言い訳を準備し、リヴァイは彼女の手を握ろうとしれっと手を伸ばす。 「あ…見て!羊!」 伸ばした手は虚しく空気を握り、リヴァイが握りたくて仕方がなかったナマエの手は、近場にいた羊へと伸ばされる。 「ま、待て触るな汚ね……」 「可愛いぃ〜。ヤギはメェ〜って鳴くけど羊はベェ〜って鳴くんだよね?ベェ〜って。ほら鳴いてみな」 「ンベェー」 ナマエは“よく鳴けた”と満面の笑みで羊のモコモコな体を撫で回す。 (…おっさんみてぇな声で鳴きやがって…こんな汚ねぇ羊野郎のどこが可愛いんだ…。どうせいつか丸刈りにされて可哀想な姿になるんだ。可愛いなんて言われてチヤホヤされんのも今のうちだな) 羊コーナーからかなり距離をとっているリヴァイは、心の中で散々毒づくとチッと舌打ちをした。 羊と思う存分触れ合った後、リヴァイはナマエの手を徹底的に洗わせた。“まだたくさん触りたいのに”と口を尖らせる彼女だが、リヴァイはそんなことよりも早く手を繋ぎたかった。 再び訪れる、リヴァイにとって2人だけの時間。ナマエが触れ合えそうな動物を見つける前に、早くその手を握らなければ…。 距離を詰めるリヴァイの手が、そっと彼女の手に触れた。 「うああ…お母さん、お父さん…」 瞬間、子どもの泣き声が聞こえた。 「あ…、あんなところで子どもが泣いて……あれ?リヴァイ?」 ナマエがリヴァイに振り向いた時、既にそこに彼の姿はなかった。 何処に行ったのだろうと見回した時、彼女は信じられないものを目にした。 なんとリヴァイが子どもに声をかけているではないか。 「おいガキ。お前の名前はなんだ」 「お…、おじさん、誰…?」 「俺のことはどうでもいい。さっさとお前の名前を教えろ」 「…え、えっと…お母さん…が…知らない人と……」 「てめぇの母ちゃんの話をしてるんじゃねぇよ。お前の名前を教えろっつってんだ」 「……ふ、ふえぇ……」 子どもの目線の高さに合わせてしゃがんでいる事は大いに褒めよう。しかしリヴァイの表情や声、喋り方があまりにも怖すぎる。 案の定子どもは泣き出し、何故再び泣き出したのか理解出来ないリヴァイは再び尋問する。 「おい…泣いてちゃわからねぇだろクソガキ…てめぇの母ちゃんを探してやるんだ。さっさと名前を言わねぇか」 「お、お、お母さんをどうするの……うああ…」 「どうもしねぇよ。てめぇガキのくせにいい想像力……」 「ちょっとリヴァイ!ただでさえ顔が怖いのにこれ以上その子を怯えさせてどうするの!」 見かねたナマエが間に割って入り、怯える子どもを優しく抱き締めた。彼女の胸は大きい方なので、子どもの顔は柔らかい胸にふんわりと押し付けられる形となった。 「よしよし、ごめんね、怖かったよね」 「うああ…お姉ちゃん誰…」 「こんな時でもしっかり警戒するんだ。賢いね、君。きっとお父さんもお母さんも素敵な人なんだろうな」 「……うん」 ぐす、と鼻を啜って泣き止んだのを見計らって、ナマエは優しく名前を聞いた。 「アルミン…僕は、アルミン・アルレルト…」 「アルレルト…噛みそうな苗字だね。私はナマエ。こっちの怖いのはリヴァイっていうの」 リヴァイはアルミンに完全に怯えきった目で見上げられたが、なんだかほんの少しアルミンの口元がニヤついているように見えた。 そして、今だ顔を胸に押し付けている彼にリヴァイは大人げなくチッと舌打ちをする。 この子どもを助けて、優しい所をナマエにアピールしてやるというリヴァイの企みが、見事に潰えたのだ。 その後、この広い園内を歩き回って探すのは非効率的だとアルミンが提案したので、彼を係員に預けることにした。園内放送を流せば慌てた様子の両親がすぐに姿を見せたので、リヴァイとナマエはアルミンに手を振って別れた。 「…あのガキ、対処法がわかってんなら初めからそうしてりゃいいものを…」 「やけに賢かったね、あの子」 「…チッ、あのクソガキ絶対狙っていやがった…お前の無駄にでかい胸に挟まれたいのは俺のチ……」 「リヴァイ見て!触れ合いコーナー!」 興奮気味のナマエが指差す方を見れば、この動物園の目玉である触れ合いコーナーが可愛らしい装飾で賑わう客を出迎えていた。 ナマエは子どもさながら駆け出すと、迷わず虎の赤ちゃんのコーナーへ向かった。 「わああぁ……かぁわぁいいぃ〜」 「………」 虎の赤ちゃんを抱き締めながら、頬を赤く染めて甘ったるい声を出すナマエを、リヴァイは無表情でじっと見つめた。 彼女は彼の視線に構うことなく、スリスリとその被毛に頬を擦り寄せ、濡れた小さな鼻にチュッとキスをする。 …リヴァイの胸中は複雑だった。 「可愛…………痛っ…」 ナマエが抱く体勢を変えようとした時、虎を支えるバランスを崩してしまったため驚いた虎が逃げ出してしまった。その時爪が出てきていたのか、ナマエの手の甲に3本の線を描くように傷ができていた。 「いたた、びっくりさせちゃった」 「大丈夫か…見せろ」 有無を言わさずリヴァイがナマエの手を取る。手にはまだ虎の毛が着いているというのに、リヴァイは全く気にしていない様子だ。彼女は怪我をしたことよりも、そのことにひどく驚いた。 リヴァイは眉を寄せてその傷を見つめると、あろうことかその手を口元に運び始めた。 そして虎のように真っ赤な舌を出すと、ペロ…と患部に舌を這わせた。 「!?!?」 ナマエが跳ね上がるほど驚いたのも無理はない。 何せまず痛い。更にここは子どもも大人も大勢いる場であり、そして何より… (リ、リヴァッ……リヴァイが私の手を舐めてる…!?あのリヴァイが…!?) 熱心に患部に舌を這わせるリヴァイを、ナマエは目を白黒させてただ見つめることしか出来なかった。 「リヴァイ…何を…?」 「消毒だ。止血も含めて」 「で、でもここ……虎の赤ちゃんに触れてた場所だよ…?」 「知ってる」 (知ってる…!?) 知っていて舐めたというのか。 リヴァイの中で、愛情が極度の潔癖症に打ち勝った瞬間だった。 「…何赤くなってやがる」 「えっ?……えっ?」 ただ困惑するばかりのナマエの手を引いて、リヴァイは触れ合いコーナーを後にした。 その後、どうも雑念だらけらしいナマエ は動物を見て回る気にもなれず、ただただリヴァイの行動一つ一つにばかり気を取られていた。 リヴァイもそれに気付いていたのか、場所を変えようと提案し動物園を出た。 それから2人でいろんな所を歩き回った。 街中、公園、通学路、会社の前、遊歩道…。気が付けば空は茜色に染まっていた。 その間特に会話らしい会話もなかったが、ナマエの胸中は実に騒がしいものであった。 「……あっ、あの、リヴァイ…」 「なんだ」 くるりと振り返ったリヴァイに高鳴る鼓動と、舐められた箇所が熱く疼くのを感じた。 その手をぎゅっと握ると、ナマエは歩きながらずっと考えていたことを口にする。 「…誰にでもするの?あんなこと…」 「誰にでも?」 一瞬何のことかと思ったが、リヴァイはすぐに察して“んなわけねぇだろ”と呆れたように言った。 「あんな汚ねぇ虎が触れた所を舐めるなんか最高の屈辱じゃねぇか。誰にでもやっていたら俺はそのうち狂って死んじまうだろうな」 その様を想像したのか、リヴァイは背中をぶるると震わせた。そしてナマエが握り締めているその手を見ると、彼はそっとその手を取った。 「…痛むか?」 「……ちょっと…」 ナマエの顔が赤く染まって見えるのは夕陽のせいだろうか…。それでもリヴァイは、恥ずかしそうに俯く彼女の反応が嬉しくてたまらない。 どくどく…と高鳴る鼓動が心地よい。 (今なら言えるかもしれねぇ…) ずっと伝えたくて仕方なかった想いを胸に、リヴァイは愛しげに彼女を見つめた。 「なぁナマエ…俺は今日、お前と手を繋ぎたくて仕方がなかった」 「あ、そ、そう…」 「なんでかわかるか?」 「……はぐれると面倒だからでしょ?アルミンみたいに…」 少し口を尖らせて言ったその唇に、リヴァイは唇を重ねたいと思った。そんな欲望を抑えつつ、“バカが”と軽く舌打ちをする。 「てめぇは鈍感野郎のバカ野郎だ。お互い大人なんだ。はぐれたら連絡取り合ったりすればいいだろ。わざわざ手を繋ぐ必要もねぇ」 「じゃ、じゃあなんで…」 パッと顔を上げたナマエは思っていた以上にリヴァイの顔が近くて、胸が痛いくらいに高鳴った。どくん、どくんと激しく脈打つ鼓動のせいであまりよく聞こえないが、彼女は言葉を紡ぐ彼の唇を必死に目で追った。 「…お前が好きだからだ。ナマエ…」 そう言って、リヴァイはナマエの頬に触れるだけのキスをした。棒のように固まってしまった彼女は、真っ白な頭を必死に回して何とか言葉を紡ぐ。 「あ…あ…あの、リヴァイ…そこ、は…虎の、赤ちゃんを…スリ、スリ…」 「知ってる」 「あ…で、でも、リヴァイは、女に興味、なくて…」 「女に興味はねぇがお前には興味がある」 「……!わ、私…無駄だと思って…だから、諦めてて……その、リヴァイが男友達って…今の関係が…楽しくて…」 「俺はもう楽しめない」 真剣な面持ちで言うと、リヴァイはナマエの耳にそっと口を近付けた。 「お前はどうしたい。……俺はお前が欲しくてたまらない」 耳元で低く囁かれ、思わずびく、と肩が揺れる。 耳まで真っ赤になっているナマエの顔は、茜色の夕陽に照らされていても誤魔化すことはできない。 少し視線を上げれば、同じく夕陽に照らされるリヴァイの綺麗な、だけど真剣で少し怖い顔があった。 (あぁ…もう、止められない) 友達なんかじゃいられない。 ナマエはこくりと唾を飲み込むと、意を決して口を開いた。 「私も…実はずっとリヴァイが好きで…その…付き合いたい。友達じゃ、足りない…」 しっかりと顔を上げて伝えれば、ご褒美と言わんばかりの優しいキスが降ってきた。 初めて触れ合った互いの唇はとても柔くて、温かくて……ひどく心地よかった。 友達以上恋人未満。 終わりを告げた彼らの関係。 恋人以上夫婦未満。 始まりを告げた彼らの関係。 優しく微笑む彼の姿が、私を包んで見えなくなった。 -end- [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |