〜タイミングなんて言い訳だ〜 オティーリエ……確かそんな名前だったかな……と、部屋の掃除を終えた私はリヴァイの執務室に向かっていた。 貴族の娘を預かると言っても、兵団内にそれなりの部屋は無い。女性幹部の部屋が並ぶフロアの一室を使うと言われ、掃除を頼まれていたけれど、こんな部屋で満足する訳がないだろうなと、ドアの前に立って苦笑した。 「リヴァイ……兵長、掃除終わりました」 「あぁ、悪かったな」 ソファーに座っている、この人……いや、この子? 思わずリヴァイを見れば、頷いている。貴族の娘としか聞いていなかったので、普通にそれなりの年齢なのだと思っていたけれど…… どう見ても、子供だった。 「ご苦労だったわね、喉が乾いているの、飲み物とお菓子を持って来て」 「え?」 「何してるの? さっさとしなさいよ」 私はまた、リヴァイの方を見た。 「何寝惚けた事を言ってやがる、茶は出してやっただろうが」 「こんなもの、紅茶じゃないわ!」 「それにな、此処にはお前の使用人は居ねぇんだ、諦めろ」 「嫌よ! 何で私がこんな目に……」 憲兵団では言う前にお茶もお菓子も出してくれたと、文句を言っているけれど、それは当たり前よねとため息を吐いた。 相手は子供だけど、たちが悪い。 これはとんでもない預かりものだと、ソファーの方を見ると、私を見ていた。 「何か……?」 「……」 モゾモゾと落ち着かない……そんな風に見えた。 「もしかして……」 「どうかしたか?」 「わ、わかっているなら、連れて行きなさいっ!」 キッと睨まれたけれど、ああ、そんなところはレディなのね……と、「ちょっとそこまでお供して来ます」そう言えばリヴァイも理解した様で、黙って頷いていた。 「寝たわよ……」 トイレに連れて行ったり、部屋に案内したり、何処でも文句ばかり……これでもかと浴びせられて、「帰れ!」と、蹴りたくなったのをなんとか我慢したわと、部屋に来るなりナマエが愚痴を溢した。 「悪かったな……」 引き寄せて、出来るだけ優しく撫でてやると、ナマエは「こんなご褒美があるなら、悪くないかな」そう言って笑った。 その後も、部屋に帰る序でに様子を見てくれたりと、ナマエはクソガキの面倒を見てくれていた。 二日目も相変わらずの我儘三昧で、俺は帰りたくなる様にと冷たくあしらった。 食事も一日目は食おうともしなかったが、流石に腹が減ったのか黙って食っていた。 三日目になって、そろそろ音を上げるだろうと思っていたが、事態が一変した。 「今、何と言った?」 「聞こえなかったの? わたくしが結婚してあげると言ったのよ!」 「んな事頼んでねぇ!」 「その歳で結婚してないなんて可哀想だから、してあげると言ってるのよ! 有り難いと思いなさいよ!」 ……どうなったらそうなるんだ? 「いい加減にしやがれ! このクソガキがぁ!」 流石に俺もキレた。 そこへナマエが何事かと飛び込んで来ると、入れ替わりに飛び出して行きやがった。 「い、行くね」 「あ、あぁ、すまねぇ……」 俺が行っても無駄だろう、そう思ってナマエに任せた。このまま帰りてぇと言ってくれと願いながら、気にはなったが仕事を続けた。 何を言ったら、あそこまでリヴァイが怒ったのだろう…… 鍛えるなんてした事もないのだろうと思いつつ、本人は全力で走っているのだろうけれど、私はすぐに追い付いた。 「オティーリエちゃん!」 「っ、様と……もう、いい!」 失敗したと思ったけれど、「様と呼びなさい」とは、言わなかった。代わりに大声で泣き出した。 「何が……」 「わ、わたくしが結婚してあげると言ったのに、怒ったのよ」 「え?」 落ち着いたかと声を掛けたら、まさかの爆弾発言だった。 「リヴァイと結婚したいの?」 それはまた、どうしたらそうなるのかと、私の頭はパニック状態だった。 「か、可哀想だからよ。誰も相手がいないなんて」 「リヴァイにも恋人、いるのよ……」 「でも、あんな態度じゃすぐ別れちゃうわよ」 「四年……付き合ってるのよね」 「……何でそんな事知ってるのよ」 何と言ったものか……返事に困っていると、嘘でしょうと言われ、相手は私だと言ってしまった。 「でも、結婚してないなら良いわよね! あ、遊びなんでしょう?」 よく、そんな事知ってるわね……と、腹が立ったけれど、返し様もない。 「タイミングを外しただけよ……」 「……それなら、勝負よ!」 「ええっ?」 団長室に連れて行けと言われ、連れて行くと、「今すぐ帰る」そう言って馬車を用意しろと駄々をこねた。 「これは……」 「取り敢えず、リヴァイ呼んでくるわ」 ナマエに呼ばれて団長室へ行くと、困った顔のエルヴィンと、目が合うと体ごと向きを変えたクソガキが見えた。 道すがらナマエに粗方聞いてはいたが、帰りてぇと言うものを止める理由はねぇ。 「馬車の手配は済んだのか?」 「ああ、頼んだところだ」 「そうか、俺はお役御免だな」 そのまま団長室を出ようとすると、何か言われた気がしたが、構うもんかと振り返らずに執務室へと歩いた。 リヴァイが出て行った後、送るにしても護衛が要るという話になり、本来ならばリヴァイの仕事なのだろうけれど、私が送る事になった。 でも…… 「私で良いのかしら……?」 「知らない人なんて嫌よ!」 決まりだなと団長が言うと、馬車が用意出来たと呼びに来た。 「あ、貴女には世話になったわ。兵士を辞めたら、わたくしの侍女にしてあげるわ」 馬車がもうじき着くとなった時、オティーリエちゃんはそう言った。きっと、ありがとうなんて言葉は使った事が無いのだろう…… 「私は厳しいわよ?」 「誰も、わたくしを…………叱らないもん」 間が空いたその言葉で、リヴァイに結婚してあげると言った意味が少しわかった。 「そう……」 「み、土産を用意させるわ、待ってなさいよ!」 屋敷の門を潜り、エントランスへと馬車が滑り込んだ。 一斉に出迎えた使用人の数に驚き、まだ幼さの残る子供に皆が頭を下げている事にも、驚いた。 ああ……貴族というのも大変なのね。と、私は漠然とそう思った。 「世話になったわ、土産を持たせてあげてちょうだい! わかった?」 「かしこまりました。すぐにご用意致します」 応接間に通され、お茶にお菓子にと、丁重にもてなされた。 お土産も、荷台と座席にまで積む程持たされ、最後にオティーリエちゃん本人が、「これは兵士長殿に」と、高級なお酒の箱を手渡された。 ナマエが戻らねぇなとエルヴィンの所へ行けば、ナマエが送って行ったと言われ、俺は帰りを待っていた。 あんな態度で追い返したも同然で、言いつけてやると言っていたのを思い出し、ナマエがどんな思いをしているだろうかと気が気じゃなかった。 「リヴァイ、ただいま。もしかして……待っててくれたの? はい、これ、オティーリエちゃんからお土産だって」 「……あ、あぁ」 「それからね、荷台と座席にもお土産が沢山よ」 ナマエが指を差したのを見て、一体どうなってやがるんだ……と、言葉も出なかった。だが、これで一件落着だろうと思っていた俺が甘かった。 それからというもの、三日と空けずにあのガキから荷物が届いた。送り返すのも失礼だろうとエルヴィンに言われ、我慢していたのだが、エルヴィンの元へ見合いの申し込みが届いた。 「何故、俺宛じゃねぇんだ?」 「資金援助を前提とした、所謂政略結婚の打診だからだろうが……」 「相手はあのガキなんだろう?」 「ああ、年齢的に見合う迄は婚約という形でと書いてあるな」 冗談じゃねぇ…… 「まさか、受けろとは言わねぇよな?」 「いくら資金の為とはいえ、そこまでは考えていない。だが、面白い事が書いてあるぞ」 エルヴィンが指で座した所には、『当日は団長様、兵士長様、ナマエ様のご出席をお願い致します』という不可解な事が書いてあった。 何なんだ? ナマエまで……? 「面白いだろう?」 「面白くはねぇが、何を企んでいるか……気にはなるな」 結果は決まっちゃいるが、行かねぇ訳にはいかねぇ…… 「全くわからない……ねぇ、リヴァイ……似合ってる?」 「俺にもわからねぇよ。あぁ、悪くねぇ」 「どんな意図があるのか、楽しみだ」 「「楽しくねぇ(ない)!!」」 応接間に通され、待っている間にそんな会話をしていたが、ドアが開き、オティーリエと両親と執事が入って来た。 最初は、普通に見合いだった。 ある程度話すと、オティーリエが俺に言った。 「ナマエと別れて、私を選ぶわよね」 見下す様な……嫌な女の素振りでナマエを見る姿は、貴族の女そのもので吐き気がした。 「断る。俺はこの縁談は受けない」 「憲兵団にしていた援助三倍も出すのよ? 損はないと思うけど? ねえ、お父様」 「ああ、そうだな」 少し困った顔をしたが、父親は頷いた。 「金の問題じゃねえ、それに、親の金で俺を買おうというのが気に入らねぇ」 「どうしたら気に入るのよ!」 「どうもこうもねぇ、俺は相手は自分で決める」 「私のどこが不満なのよ!」 「不満も何も、ガキじゃねぇか」 「じゃあ、どんな女なら良いのよ!」 退かねぇな……ならばと俺はナマエを見た。 「俺の相手はコイツしかいねぇ! ナマエ、俺と結婚してくれ」 「はあ? こんな人前で……乗せられて言う事なの?」 「思い付きじゃねぇ、三年前にも言っただろうが……」 あっ、と……ナマエが口を押さえると、オティーリエがナマエを見た。 「さっさと返事しなさいよ!」 「り、リヴァイと結婚する!」 「言ったわね」 「えっ?」 オロオロするナマエを見て、オティーリエは初めてガキらしく笑って俺を見た。 「感謝しなさいよ! ここにいる皆が証人なんだから!」 俺もエルヴィンも、当然ナマエも……呆気にとられて言葉も出なかった。 その後エルヴィンとオティーリエの父親は、話があると別室へ移り、残された母親とオティーリエと話をした。 叱ってくれた事が嬉しかった…… そう言った後、「結婚式には呼びなさいよね」と、そっぽを向いた。 母親曰く、オティーリエは叱られた事も無ければ、お礼を言った事も無く、どうして良いかわからなかったのだそうだ。 「あり……がとう。また、来てよね!」 走り去る背中に、「招待状出すからね」とナマエが叫んだ。 エルヴィンは、憲兵団の倍の援助を受けられる様になったと喜んでいた。 「なぁ、お前は結婚したくねぇんじゃなかったのか?」 「そ、そんな事ある訳ないじゃない」 「なら、あの時何故……」 「ビックリしたり、困った時の私の口癖……」 疑った訳でも、嫌だった訳でもなくて、「本当に?」という意味だったと……あの時の俺には気付けなかった。 「随分と回り道しちまったな……」 「また、言ってくれてありがとう」 「あぁ、ずっと言いたかったからな」 「ずっと、待ってた」 顔を見合わせて、フッと笑った。 「オティーリエちゃんに、感謝しなきゃね」 「あぁ……」 「女の子欲しいな……」 「なら、仕込まねぇとな」 「えっ? 今? うそっ、やだっ!」 焦ったナマエの口癖、今ならわかる。 「それは肯定……なんだろう?」 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |