後悔したならやり直せ 2
〜タイミングなんて言い訳だ〜


オティーリエ……確かそんな名前だったかな……と、部屋の掃除を終えた私はリヴァイの執務室に向かっていた。

貴族の娘を預かると言っても、兵団内にそれなりの部屋は無い。女性幹部の部屋が並ぶフロアの一室を使うと言われ、掃除を頼まれていたけれど、こんな部屋で満足する訳がないだろうなと、ドアの前に立って苦笑した。

「リヴァイ……兵長、掃除終わりました」
「あぁ、悪かったな」

ソファーに座っている、この人……いや、この子?

思わずリヴァイを見れば、頷いている。貴族の娘としか聞いていなかったので、普通にそれなりの年齢なのだと思っていたけれど……

どう見ても、子供だった。

「ご苦労だったわね、喉が乾いているの、飲み物とお菓子を持って来て」
「え?」
「何してるの? さっさとしなさいよ」

私はまた、リヴァイの方を見た。

「何寝惚けた事を言ってやがる、茶は出してやっただろうが」
「こんなもの、紅茶じゃないわ!」
「それにな、此処にはお前の使用人は居ねぇんだ、諦めろ」
「嫌よ! 何で私がこんな目に……」

憲兵団では言う前にお茶もお菓子も出してくれたと、文句を言っているけれど、それは当たり前よねとため息を吐いた。

相手は子供だけど、たちが悪い。

これはとんでもない預かりものだと、ソファーの方を見ると、私を見ていた。

「何か……?」
「……」

モゾモゾと落ち着かない……そんな風に見えた。

「もしかして……」
「どうかしたか?」
「わ、わかっているなら、連れて行きなさいっ!」

キッと睨まれたけれど、ああ、そんなところはレディなのね……と、「ちょっとそこまでお供して来ます」そう言えばリヴァイも理解した様で、黙って頷いていた。




「寝たわよ……」

トイレに連れて行ったり、部屋に案内したり、何処でも文句ばかり……これでもかと浴びせられて、「帰れ!」と、蹴りたくなったのをなんとか我慢したわと、部屋に来るなりナマエが愚痴を溢した。

「悪かったな……」

引き寄せて、出来るだけ優しく撫でてやると、ナマエは「こんなご褒美があるなら、悪くないかな」そう言って笑った。

その後も、部屋に帰る序でに様子を見てくれたりと、ナマエはクソガキの面倒を見てくれていた。

二日目も相変わらずの我儘三昧で、俺は帰りたくなる様にと冷たくあしらった。

食事も一日目は食おうともしなかったが、流石に腹が減ったのか黙って食っていた。

三日目になって、そろそろ音を上げるだろうと思っていたが、事態が一変した。

「今、何と言った?」
「聞こえなかったの? わたくしが結婚してあげると言ったのよ!」
「んな事頼んでねぇ!」
「その歳で結婚してないなんて可哀想だから、してあげると言ってるのよ! 有り難いと思いなさいよ!」

……どうなったらそうなるんだ?

「いい加減にしやがれ! このクソガキがぁ!」

流石に俺もキレた。

そこへナマエが何事かと飛び込んで来ると、入れ替わりに飛び出して行きやがった。

「い、行くね」
「あ、あぁ、すまねぇ……」

俺が行っても無駄だろう、そう思ってナマエに任せた。このまま帰りてぇと言ってくれと願いながら、気にはなったが仕事を続けた。




何を言ったら、あそこまでリヴァイが怒ったのだろう……

鍛えるなんてした事もないのだろうと思いつつ、本人は全力で走っているのだろうけれど、私はすぐに追い付いた。

「オティーリエちゃん!」
「っ、様と……もう、いい!」

失敗したと思ったけれど、「様と呼びなさい」とは、言わなかった。代わりに大声で泣き出した。

「何が……」
「わ、わたくしが結婚してあげると言ったのに、怒ったのよ」
「え?」

落ち着いたかと声を掛けたら、まさかの爆弾発言だった。

「リヴァイと結婚したいの?」

それはまた、どうしたらそうなるのかと、私の頭はパニック状態だった。

「か、可哀想だからよ。誰も相手がいないなんて」
「リヴァイにも恋人、いるのよ……」
「でも、あんな態度じゃすぐ別れちゃうわよ」
「四年……付き合ってるのよね」
「……何でそんな事知ってるのよ」

何と言ったものか……返事に困っていると、嘘でしょうと言われ、相手は私だと言ってしまった。

「でも、結婚してないなら良いわよね! あ、遊びなんでしょう?」

よく、そんな事知ってるわね……と、腹が立ったけれど、返し様もない。

「タイミングを外しただけよ……」
「……それなら、勝負よ!」
「ええっ?」

団長室に連れて行けと言われ、連れて行くと、「今すぐ帰る」そう言って馬車を用意しろと駄々をこねた。

「これは……」
「取り敢えず、リヴァイ呼んでくるわ」




ナマエに呼ばれて団長室へ行くと、困った顔のエルヴィンと、目が合うと体ごと向きを変えたクソガキが見えた。

道すがらナマエに粗方聞いてはいたが、帰りてぇと言うものを止める理由はねぇ。

「馬車の手配は済んだのか?」
「ああ、頼んだところだ」
「そうか、俺はお役御免だな」

そのまま団長室を出ようとすると、何か言われた気がしたが、構うもんかと振り返らずに執務室へと歩いた。




リヴァイが出て行った後、送るにしても護衛が要るという話になり、本来ならばリヴァイの仕事なのだろうけれど、私が送る事になった。

でも……

「私で良いのかしら……?」
「知らない人なんて嫌よ!」

決まりだなと団長が言うと、馬車が用意出来たと呼びに来た。

「あ、貴女には世話になったわ。兵士を辞めたら、わたくしの侍女にしてあげるわ」

馬車がもうじき着くとなった時、オティーリエちゃんはそう言った。きっと、ありがとうなんて言葉は使った事が無いのだろう……

「私は厳しいわよ?」
「誰も、わたくしを…………叱らないもん」

間が空いたその言葉で、リヴァイに結婚してあげると言った意味が少しわかった。

「そう……」
「み、土産を用意させるわ、待ってなさいよ!」

屋敷の門を潜り、エントランスへと馬車が滑り込んだ。
一斉に出迎えた使用人の数に驚き、まだ幼さの残る子供に皆が頭を下げている事にも、驚いた。

ああ……貴族というのも大変なのね。と、私は漠然とそう思った。

「世話になったわ、土産を持たせてあげてちょうだい! わかった?」
「かしこまりました。すぐにご用意致します」

応接間に通され、お茶にお菓子にと、丁重にもてなされた。
お土産も、荷台と座席にまで積む程持たされ、最後にオティーリエちゃん本人が、「これは兵士長殿に」と、高級なお酒の箱を手渡された。




ナマエが戻らねぇなとエルヴィンの所へ行けば、ナマエが送って行ったと言われ、俺は帰りを待っていた。

あんな態度で追い返したも同然で、言いつけてやると言っていたのを思い出し、ナマエがどんな思いをしているだろうかと気が気じゃなかった。

「リヴァイ、ただいま。もしかして……待っててくれたの? はい、これ、オティーリエちゃんからお土産だって」
「……あ、あぁ」
「それからね、荷台と座席にもお土産が沢山よ」

ナマエが指を差したのを見て、一体どうなってやがるんだ……と、言葉も出なかった。だが、これで一件落着だろうと思っていた俺が甘かった。




それからというもの、三日と空けずにあのガキから荷物が届いた。送り返すのも失礼だろうとエルヴィンに言われ、我慢していたのだが、エルヴィンの元へ見合いの申し込みが届いた。

「何故、俺宛じゃねぇんだ?」
「資金援助を前提とした、所謂政略結婚の打診だからだろうが……」
「相手はあのガキなんだろう?」
「ああ、年齢的に見合う迄は婚約という形でと書いてあるな」

冗談じゃねぇ……

「まさか、受けろとは言わねぇよな?」
「いくら資金の為とはいえ、そこまでは考えていない。だが、面白い事が書いてあるぞ」

エルヴィンが指で座した所には、『当日は団長様、兵士長様、ナマエ様のご出席をお願い致します』という不可解な事が書いてあった。

何なんだ? ナマエまで……?

「面白いだろう?」
「面白くはねぇが、何を企んでいるか……気にはなるな」

結果は決まっちゃいるが、行かねぇ訳にはいかねぇ……




「全くわからない……ねぇ、リヴァイ……似合ってる?」
「俺にもわからねぇよ。あぁ、悪くねぇ」
「どんな意図があるのか、楽しみだ」
「「楽しくねぇ(ない)!!」」

応接間に通され、待っている間にそんな会話をしていたが、ドアが開き、オティーリエと両親と執事が入って来た。

最初は、普通に見合いだった。
ある程度話すと、オティーリエが俺に言った。

「ナマエと別れて、私を選ぶわよね」

見下す様な……嫌な女の素振りでナマエを見る姿は、貴族の女そのもので吐き気がした。

「断る。俺はこの縁談は受けない」
「憲兵団にしていた援助三倍も出すのよ? 損はないと思うけど? ねえ、お父様」
「ああ、そうだな」

少し困った顔をしたが、父親は頷いた。

「金の問題じゃねえ、それに、親の金で俺を買おうというのが気に入らねぇ」
「どうしたら気に入るのよ!」
「どうもこうもねぇ、俺は相手は自分で決める」
「私のどこが不満なのよ!」
「不満も何も、ガキじゃねぇか」
「じゃあ、どんな女なら良いのよ!」

退かねぇな……ならばと俺はナマエを見た。

「俺の相手はコイツしかいねぇ! ナマエ、俺と結婚してくれ」
「はあ? こんな人前で……乗せられて言う事なの?」
「思い付きじゃねぇ、三年前にも言っただろうが……」

あっ、と……ナマエが口を押さえると、オティーリエがナマエを見た。

「さっさと返事しなさいよ!」
「り、リヴァイと結婚する!」
「言ったわね」
「えっ?」

オロオロするナマエを見て、オティーリエは初めてガキらしく笑って俺を見た。

「感謝しなさいよ! ここにいる皆が証人なんだから!」

俺もエルヴィンも、当然ナマエも……呆気にとられて言葉も出なかった。

その後エルヴィンとオティーリエの父親は、話があると別室へ移り、残された母親とオティーリエと話をした。

叱ってくれた事が嬉しかった……

そう言った後、「結婚式には呼びなさいよね」と、そっぽを向いた。
母親曰く、オティーリエは叱られた事も無ければ、お礼を言った事も無く、どうして良いかわからなかったのだそうだ。

「あり……がとう。また、来てよね!」

走り去る背中に、「招待状出すからね」とナマエが叫んだ。
エルヴィンは、憲兵団の倍の援助を受けられる様になったと喜んでいた。




「なぁ、お前は結婚したくねぇんじゃなかったのか?」
「そ、そんな事ある訳ないじゃない」
「なら、あの時何故……」
「ビックリしたり、困った時の私の口癖……」

疑った訳でも、嫌だった訳でもなくて、「本当に?」という意味だったと……あの時の俺には気付けなかった。

「随分と回り道しちまったな……」
「また、言ってくれてありがとう」
「あぁ、ずっと言いたかったからな」
「ずっと、待ってた」

顔を見合わせて、フッと笑った。

「オティーリエちゃんに、感謝しなきゃね」
「あぁ……」
「女の子欲しいな……」
「なら、仕込まねぇとな」
「えっ? 今? うそっ、やだっ!」

焦ったナマエの口癖、今ならわかる。

「それは肯定……なんだろう?」

End



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