賑やかな雰囲気はあまり好きじゃねぇ…… だが、皆の穏やかな顔や笑い声は、調査兵団(こんな場所)だからこそ、大事にしたいとも思う。 思う……のだが…… 「っ、オイ、いい加減にしねぇか! 俺はそういうのは嫌いだと言ってるだろうが」 最初は良い。挨拶と真面目に訓練での質問をしてくる奴等と話しているのは、俺にも有意義な時間だろう。だが、ある程度酒が進むと、今みてぇに背後から抱き付こうとする女や、絡んで来る輩が増える。 ナマエが見えねぇじゃねぇか…… 目の前の数人を退けたが、また新たにやって来た奴等に視界を阻まれた。 今回、いつもよりも苛立ちが強いと感じるのは、気になり始めたばかりのナマエのせいだという事もわかっている。 別に、ナマエが悪いなんて事はない。大人しくてあまり目立たねぇヤツだったが、最近綺麗になったと噂になっているらしい。 好きな奴でも居るのだろうか……? 人の間からナマエの姿を見つけた俺は、女ばかりの輪の中で、周りの話に相槌を打っているのを眺めていた。 女は……好きな奴が出来ると、綺麗になると聞いた。それが一番の原因で、横に座ったりは出来ねぇ自分も原因だとはわかっている。 「……ょう、兵長ってばぁ!」 「あ?」 「聞いてぇ……ましたかぁ?」 ……聞いてねぇよ。 「兵長がぁ……好きなんですぅ!」 皆に聞こえる様な声でそう叫んで、両頬を押さえて向きを変えられると、顔を寄せて来やがった。 クソっ、止めろっ! 目だけでナマエの姿を捉えると、両手を口に当てて此方を見ていた。 「俺は好きじゃねぇ!」 咄嗟に顔を掴んで、ソイツを横に転がした。 何しやがるんだ……そう呟けば、まだ俺に手を伸ばすソイツを、ハンジが何処かへ引きずって行った。 「ふざけやがって……」 「ふざけてる訳じゃ無いですよ」 まだ近くに居た奴がそう言ったが、人前でやる事でもねぇし、こんな状況でなら断らねぇとでも思ったのかと……余計に腹が立った。 飲み会は……緊張するけど、楽しい。 普段話をしない人も、こんな時なら話せたりもするし、何より……兵長を見ていても、きっと誰も何も思わない。 あれ? 今……兵長がこっちの方を見ていた? 近くに気になる人でも居るの……かな? 私の周りは女子ばかりで、そんな人が居てもおかしくないけど…… あ、もう見てない。 「ナマエ、ちゃんと飲んでる?」 「はい、大丈夫です」 良かった、存在感あった。 もっと自己主張しないとねと、前の班で言われた。それから、私なりに頑張っていた。仕事も訓練も、はっきりと大きな声を出したり出来る様になった。 兵長にだって「頑張ってるな」って、言ってもらえた。そう思って兵長の方を見ると、大きな声が聞こえた。 「好きなんですぅ!」 驚いて見ていると、兵長がまた此方を見ている気がした。 煽るように囃し立てる声や口笛の音で、盛り上がっている。 あ、キスしちゃうのかな…… 羨ましいと思ったけれど、兵長は可愛いと評判のその女性を転ばせて退かしてしまった。 「うわ、流石兵長……って感じだね」 「そ、そうだね」 「あ……らら、連れて行かれちゃった……」 でも、あの場に居ても、気まずいだけだろうなと思って、兵長はどんな人が好きなんだろうな……と、辺りを見回して考えながらお酒を飲んだ。 皆、だいぶ回ってきやがったな…… ナマエはと見れば、先程よりは幾分か顔が赤い気もするが、変わらず周りと話している。 「見てるだけじゃ、何も変わらないぞ」 「あ?」 「行って来たらどうだ?」 「何の話……」 「先を越されたか?」 エルヴィンに言われ、しらばっくれようとしたが、ナマエと隣の女の間に男が割り込んだ。 ソイツはナマエでは無く、隣の女を口説きに行った様で、あからさまにホッとした俺を見て、エルヴィンは笑った。 「奪うのは得意じゃ無かったのか?」 「っ、そりゃ物の話だろうが。それに……もう、その必要もねぇだろう?」 「だが、何もしなきゃ何も変えられない」 「……そうだな」 食べ物を取りに行ったのか、ナマエが席を立ったのを見て、俺もゆっくりと立ち上がった。 「酒は足りてるか?」 「はい、大丈夫です」 通りすがりに他の兵士に声を掛けながら歩き、なかなかナマエの傍には寄れなかったが、やっと傍に近寄ると、思ったよりも顔が赤い。 「飲んでるみてぇだな」 「はい! 頑張って飲んでます」 にこにこと笑いながら俺を見る……奪って逃げたい衝動を抑え、そうかと答えたが…… 「それは、頑張らなくて良い」 「頑張ったら、誉めて欲しいです」 「……?」 酔ってやがるのか……? 「誉めるったってなぁ……」 どうするんだと訊けば、ナマエが引っ付きそうなくらいに寄った。 「頭撫でて下さい〜」 満面の笑みでそう言われ、周りの視線が集まっているなどと気付ける筈もなく、躊躇いがちに手を頭に乗せたが、優しく撫でるというのは、違う事を思い浮かべちまった。 持って帰りてぇ…… だが、そうも行かねぇな……と、誤魔化す様にわしゃわしゃと派手に頭を撫でた。 「飲むのはもう、頑張るんじゃねぇぞ?」 「はい」 髪を直す仕草を見ながら、染まった頬に手を伸ばした。すると、先程の女の時の様に、囃し立てる声が聞こえてハッとした。 「また、訓練も頑張れよ」 俺はまた、自分の席に戻った。 隣に人が来て驚いたけれど、私じゃないのか……と、ホッとした様な、残念な様な、どこか寂しくなった私は邪魔しない様にと席を立った。 行く宛もないので、何か食べ物をと見ていると、兵長が見えた。 こ、こっち来る……? 取り敢えず、気付いていない振りかと思ったけれど、どうせなら、酔った振りをしてしまおうと……私にしては大胆な事だとも思った。 でも、お酒の席じゃないとまともにお話も出来ないなと考えた。 「飲んでるみてぇだな」 「はい! 頑張って飲んでます」 「それは、頑張らなくて良い」 そ、そうですよね…… 「頑張ったら、誉めて欲しいです」 ここはもう、酔った振りで逃げようと思った。きっと呆れて行ってしまうよね……と。 「どうするんだ?」 予想外の質問に、思った程回らない頭で考えた。 「頭撫でて下さい〜」 このくらいなら変に思われないでやって貰えそう…… すると、兵長は目を細めて頭に手を乗せてくれた。優しく撫でられたら、期待しちゃいそうだと思っていたら、乱暴に頭を撫でられた。 あぁぁ、髪が……ぐちゃぐちゃに…… でも、嬉しくてたまらない。それで終わりかと思ったら、飲むのはもう頑張るなと注意されて返事をすると、頬を包む様に兵長の手が触れて……心臓が壊れるかと思った。 周りの囃し立てる声に、見られてたのかと恥ずかしくなった。 「また、訓練も頑張れよ」 その言葉で、周りはどうでも良くなったけれど、兵長は行ってしまった。 「ちょっとぉ、ナマエ……抜け駆けかなぁ?」 「ち、違うって……それより、さっきの人は?」 隣に居た娘が急いでやって来て、脇腹を突っつかれたけれど、そんなんじゃない。 そっちこそ……と訊けば、怒り出した。 「それがさ……聞いてよ!」 いつの間にか皆は何事も無かったかの様に、それぞれに楽しんでいた。 彼女の横に来た人は、手ばかり誉めて、終いには「その手で叩かれたい……」って言ったそうで、「残念ねって蹴ってやったわ」と鼻息も荒く語っていた。 「ねぇ、ハンジ分隊長とお話ししてみたくない?」 「ナマエにしちゃ、積極的だね……」 兵長のお陰だと思う。折角だからと、私は彼女の手を引いて歩き出した。 「早かったな」 「……」 「まあ、あれだけでも、かなりの牽制にはなっただろうが、下手すれば煽る事にもなる」 「あぁ……」 確かに、注目されていたのは善し悪しだ。だが、俺からアクションを起こした様に見えているだろう。だとすれば、牽制としては成功とも言えよう。 「おや? 彼女、ハンジのところへ行ったぞ」 「はぁ? っ、何だってそんなとこ……」 慌ててそちらを見た俺と、ハイテンションでナマエをハグしたハンジの目が合った。 ニヤリと笑った…… 「あの顔は、良くない事を考えているな……」 「……」 「行ったらどうだ?」 エルヴィンをチラリと見た俺は、黙ってテーブルを飛び越した。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |