俺には婚約者が居る。 以前見合いを断る為に雇った筈だったが、互いに惚れちまって……それからずっと付き合っている。 付き合いは、順調と言えるだろう。 ナマエの親にも認めて貰っているし、兵団の皆も見守ってくれている様だ。 不満はねぇ……筈なんだ。 ……暇だ。 俺は今、救護室のベッドに寝かされていた。何度も調査に出ていて、それなりに怪我もしているが、今回はかなり間抜けな事をしちまった。 「リヴァイ……頼まれた本持って来たよ」 「……あぁ」 「しっかし、リヴァイが滑って転んで背中に怪我するとはねぇ……」 ぐふっ……と、嫌な笑いをするハンジに、返す言葉もねぇ。 奇行種に手を焼き、それでも削いで次へ行こうとして、足場となる木へと移ったまでは良かったのだが、珍しく足を滑らせた俺は、途中の枝を折って落ち……折れた枝で引っ掻いたのか、背中に怪我をした。 無様過ぎる…… 思い出した事と、笑われた事で眉間には大量に皺が寄ったが、俯せに寝かされていては更に笑いを呼ぶだけだった様だ。 「暴れさせてぇなら良いが、そうじゃねぇなら出て行け」 「うわ、不機嫌だねぇ」 「当たり前だろうが。何も出来ねぇんだ、これで機嫌の良い奴が居たら見てみてぇよ」 「まあ、ね。で、知らせたの?」 「あ?」 「ナマエちゃん、まだ来てないよね?」 来てねぇが……知らせてもいねぇ…… 「こんな姿見せられるか!」 「でもさ、知らなかったって、後から知ったら悲しむんじゃない?」 「こんなの、すぐ治る……」 フイッと反対を向いた俺に、ハンジは続けた。 「リヴァイだったら、どうよ?」 「……」 「ナマエちゃんに何かあった時に知らなかったら嫌じゃないの?」 「嫌に決まってるだろう……が……」 語尾が小さくなった。わかっている、わかっちゃいるが、余計な心配を掛けたくねぇ…… 「良い事も悪い事も、楽しい事も、辛い事だって……共有していくものなんじゃないの?」 「……」 「治ってから知ったら、ナマエちゃん怒るかな……泣いちゃうかなぁ……」 ……どっちも、だろう。泣きながら怒りそうだなと思い浮かべた。 リヴァイが調査から戻って3日……まだ忙しいだろうな。 そう思って、私は会いに行くのを遠慮していた。特に報せも無いので、無事なのだろうと思うしかない。でも、やっぱりちょっと寂しい。 仕事で出迎えには行けなかった事や、無事を確認出来ないのは……不安でもある。 歩いて行ける距離なのに、遠いな…… 同じ兵士だったなら、こんな風には思わなかったのかな……と、店の前に水を撒いていると、見慣れたブーツが見えた。 ハッとして顔を上げると……期待した人とは違ったけれど、知っている顔だった。 「こんにちは、ナマエさん」 「モブリットさん、お買い物ですか?」 「ええ、兵長にお使いを頼まれまして」 「ふふっ、兵士長様はお忙しい様で」 「それが、とてもお暇なんですよ」 暇なのに頼むなんて…… そう思っていると、リヴァイの文字で書かれたメモを渡された。 『何か、適当に本とリンゴを買って来てくれ』 こんな事を……モブリットさんに? 怪訝な顔をした私に、「それはナマエさんへのお願いだそうです。こちらはお買い物代です」と、モブリットさんは微笑んだ。 「え? 私に?」 「ええ、私のお使いは分隊長の買い物と、これを届ける事ですから」 仕事が終わってからで良いからと、モブリットさんは去って行った。 でも、暇なら何で来ないのかしら? リヴァイは人に頼む方が面倒だといったタイプだと、私は思っていただけに、珍しいなと思いつつも……リヴァイから何かを頼まれるなんて、雇ってもらった時以来で本当は嬉しかった。 どんな本が良いのかなぁ…… その後の仕事は、とても早く時間が過ぎた気がした。 「届けて来ました」 「あぁ、すまなかったな……」 「いえ、分隊長の買い物もありましたから。でも、何も言わないで良かったんでしょうか?」 「あぁ、寝てはいるが、大した事じゃねぇ……アレも後で頼むな」 「ええ、もう貼ってありますのでご心配なく」 「流石だな……」 モブリットには、メモを渡す事ともうひとつ、この部屋の場所を書いた紙を執務室のドアに貼ってくれと頼んだ。 折角ナマエが来ても、場所がわからねぇんじゃ仕方ねぇからな。 ハンジに言われた事もあるが、やはり、こんな時は傍に居て欲しいと思うものなんだと思い、呼んで貰う事にした。 だが、ただ来てくれと言うのは恥ずかしい。見舞いに来てくれと言うのは、もっと恥ずかしい。 一晩考えあぐねた末に、買い物を頼む事にしたのだ。 本を2冊、リヴァイの部屋で見た本の中でも、数の多いジャンルの中から選んでみた。 好みに合えば良いのだけど…… リヴァイの本棚には、色々な本がぎっしりと詰まっている。あれを全部読んだと言うのだから、凄いと思った。下の方にひっそりと女性向けの恋愛小説を見つけた時は、「これも読んだの?」と、聞いてしまった。 恥ずかしそうに頷いてたな…… 途中、リンゴも幾つか書いていなかったので、3個買った。 気持ちと同調している足は、いつもより早く動いて門まで来た。 「こ、今晩は……」 門のところの兵士さんに挨拶をすると、どうぞと笑ってくれた。 私はいつも通りに執務室へ向かうと、貼り紙があった。 『兵士長にご用の方はこちらへ』 そう書かれた紙には、何処かの部屋への道順が書かれていて、行った事の無い辺りだと思いながら、そこへ向かった。 このドアを入るのよ……ね? ノックしても返事がないので、そっと開けてみたら……返事なんて無いよねと笑ってしまった。 ドアの向こうはまた通路があって、ドアが並んでいた。 一番奥の部屋に印があったはず…… 中の通路に入ると、薬品の匂いがした。何故か鼓動が速まって、ゴクリと喉が鳴った。 ノックをしても、返事がない。もう通路は無いよね? と、恐る恐る開けると、そこは病室だった。 え……っ? リヴァイ…… 慌てて入って、荷物をテーブルに置いてベッドに近寄った。 「来たか……」 「り、リヴァイ……ど……して?」 寝ていて、近寄って起きたのだろう。こちらを向いたリヴァイの顔には、傷があった。 言葉と一緒に涙が溢れて来て、私は床にぺたんと力無く座り込んだ。 人の気配が近寄り、俺は寝ちまったか……と、目を開けた。 「来たか……」 「り、リヴァイ……ど……して?」 俺の顔を見て、そのまま座り込んじまったナマエは、俺からは顔が見えなくなっちまったが、泣いているとわかった。 「大した事じゃねぇ……泣くな」 「で、でも……」 ベッドの端を掴んでいる手に、そっと触れるとナマエが顔を上げた。 「背中を怪我しちまってな、動くなと言われてるだけだ。これが腕や足なら、こんな所にゃいねぇ程度の怪我なんだ」 「ほん……とに?」 「あぁ、大丈夫だ」 手を伸ばして涙を指で拭ってやると、ナマエが両手で俺の手を掴んだ。 「びっくりさせないで……下さい」 「悪かった」 何で帰ってすぐに知らせてはくれなかったのかと、やはり怒られた。だが、大した傷でもねぇのに、余計な事だと思ったと正直に言えば、大怪我も掠り傷も、心配するのは同じだと言われた。 「あぁ、そう……だよな。俺もお前が怪我をしたら、心配になるだろう」 「そ、そうですよ! 知らなくても、毎回無事を確認するまでは、心配なんです」 膝で立ったナマエは、俺の手を頬に当てて「お帰りなさい」とやっと笑ってくれた。 「本は……好きそうだなって思った物を買って来たけれど……」 見せられたのは、推理小説だった。どちらも読んだ事は無く、タイトルも面白そうだ。 「面白そうなタイトルだな、楽しみだ」 「良かった……あ、で、リンゴは……」 どうしたら良いのかと訊かれ、少し返答に困ったが、こんな時くらい甘えるものだと言われた通り、言ってみた。 「く、食わせてくれ」 一瞬、驚いた顔をしたナマエだが、「はい」と笑って立ち上がった。 「あ、でも……ナイフ持って来てない……」 リンゴを持って振り返ったナマエに、ベッドの棚を指差した。 「ナイフにお皿に、フォークまで……?」 そう言って椅子に座ったナマエは、リンゴを剥き始めた。 食わせて貰う気満々……そんな状態に俺はそっぽを向いた。 「はい、出来た! あーんして? ウサギさんですよー!」 「あ?」 「やっ、ご、ごめんなさい……つい」 小さな兄弟にしてやってるのか……と、俺に"ウサギさん"は似合わねぇだろうと思ったが、そっと口を開けると、ナマエが口許に寄せた。 ……だが、ウサギだと思うと、声を漏らして笑っちまった。 「えっ? リヴァイどうかしたの?」 「ウサギなんだろう?」 「あ、うん、そう……だけど?」 ウサギに見えないかと笑ったが、そうじゃねぇ。 「ケツ向けられて、食えと言われて笑っちまっただけだ」 「……!?」 そんな事考えた事も無かった……ナマエは愕然としてそう言ったが、俺もそうやって食わせて貰った事があれば、そんな風には思わなかっただろうと思った。 育った環境も、見て来たものも違う……それはこういうところで出るのだろう。 「ナマエ……」 呼んで、俺はまた口を開けてみた。すると、ふふっと笑ったナマエはウサギの耳を取り、小さく切って口に入れてくれた。 「お前も食え……」 「ダメです。今日はリヴァイの為に剥いてるんですから」 そこでまた、俺は考えた。ナマエに食わせてやっていたらどうだろうか……と。 「残りは、持って帰って食え」 「えっ? でも……」 「この状態じゃ剥くのも面倒だ」 どうせ持って帰っても、ガキ共に食わせてやるんだろうけどな。 ウサギのケツにかじりつく、その姿を想像してまた、俺は顔には出さずに笑った。 良かれと思って知らせなかったが、独り善がりじゃ駄目なんだな。 互いに相手を想うからこそ、どんな事でも話せなきゃいけねぇんだろう。 「遅くなる、もう……帰らねぇと……」 引き留めたいが、送ってやれる訳じゃねぇ。 「う、うん。でも……」 「俺も心配だが、家族も知らねぇだろう? 心配させる事はするな」 「また、来て良い……?」 「あぁ、嫌な訳がねぇだろうが」 「はい」 「違うな……そこは、また来て欲しい……だよな」 「大丈夫、気持ちは伝わってるから」 屈んで、届かねぇ俺に……ナマエから甘く切ないキスをして、「また来るね」と笑って、帰って行った。 足音が遠ざかり、聞こえなくなると……俺は「もっと傍に居ろよ」と、呟いた。だが、きっとナマエも同じ気持ちなのだろうと思う事で我慢した。 そろそろ、離れねぇで済む様にしてぇ、そう思った。 ナマエ……お前も、そう思ってくれるよ……な? End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |