俺に女が居ない訳


「なってない、すべてやり直せ」

ったく、どいつもこいつも掃除をなめてやがる。

「委員長、それ酷すぎます!」
「……誰だ? お前」
「そ、それも酷いですよ……委員長とペアになったのに……」
「あ? 俺はひとりで良いと言った筈だが?」
「あ、余っちゃったんですから、仕方ないじゃないですか」

あぁ、そうだったかも知れねぇな……

清掃、美化を担当する校内委員。その委員長に俺はなった。何かひとつやらなきゃならねぇ決まりで、俺はこの委員会を選び、3年目だ。

「俺のペアと言ったよな?」
「はいっ!」
「なら、此処をもっとマシにしておけ。また後で見に来る」
「えーっ?」

俺はそのまま、別な場所の見回りを続けた。

「……終わったのか?」
「頑張りました!」
「……やり直しだ」
「ど、どこが?」

……全部だ。

俺は大きな溜め息を吐いた。




リヴァイ先輩は潔癖症だと、他の先輩から聞かされた。厄介だけど頼むとまで言われて、私は張り切っていたのだけど、初仕事でこれとは。
しかも、名前どころか、顔すら覚えられていないとは……

あぁ……やる気出ないな……

それでもなんとか、さっきよりは綺麗になっただろうと思う。
でも、まさかのやり直し……?

これ以上、何処をやればいいの?

「先輩……」
「仕方ねぇな、先ずはコレだ!」

叩きを持たされ、口に頭に布を巻かれ、横を見れば……同じ格好の先輩が居た。

おお……何か凄いです。

上から下へやるもんだと、口だけじゃなくて自ら手本を見せてくれた。

何ここ、さっきと同じ部屋ですか?

「だから、なってねぇって言っただろうが……」
「はい……」

それから1週間、みっちりと鍛えられたのは、言うまでもない。




「まだまだだが、何とかなってはいるな」
「ありがとうございます」

すぐに音を上げて、他の奴と組むと言い出すだろうと思ったのだが、ナマエは逃げ出さなかった。
名前も覚えた、ひとりの方が気楽なのは変わらねぇが、見てて飽きねぇ奴だと思った俺は、認めてやった。

「ナマエ、あそこにゴミが落ちてるぞ」
「はいっ!」
「なぁ、腹が減ったんだが……」
「はいっ! ん? 私は使い走りじゃないです」
「チッ、プリンも買ってきて良いと言おうと思ったんだが……」
「行ってきます」

って、オイ……俺はまだ頼んでねぇ。

走って行っちまったのを見送って、果たして何を買ってくるのかと、俺は掃除をしながら待った。

「買ってきました!」
「……!」
「はい、どうぞ。で、これがお釣りで、これ、頂きますっ!」

俺の手には、焼きそばパンが2つ入った袋と、釣りが渡された。

「何も言ってねぇが……」
「いつも食べてますよね?」
「あぁ……」

美味そうにプリンを食いながら、ナマエは答えた。よく見てるなと言おうとしたが、和んだ空気に俺も黙って食った。




1ヶ月も経てば、ナマエもそれなりに様にはなってきた。

「ナマエ、今日は少し遅れる。先に出来る事をやっておいてくれ」
「わかりました」

昼休み、あまり行きたくはねぇが、ナマエの教室まで伝えに行き、不愉快な視線に晒されながらも用件は済ませた。

進路指導なんて、俺はもう決まってる。取り敢えず担任の所に顔を出して……変わらねぇと伝えるだけだ。

今日は校庭の清掃だったな……

担任の話を聞きながら、窓の外を見た。

「先生、話は終わりで良いか?」
「ああ、問題ないが、どうかしたのか?」

黙って指差した先には、数人に絡まれるナマエの姿が見えた。

教室を飛び出した俺は、ナマエの元へ急いだ。




「何だ、今日はひとりか?」
「は? あの、先輩に何かご用でしたか?」

何となく、関わったらいけないだろうな……という感じの先輩数人が、私の方に寄って来た。

まずいマズイ不味いと思うの、これ。

「用があるのはお前だ」
「あの、私にどの様な……?」

知りません、わかりませんといった感じで遣り過ごそうと思ったけれど、無理そう。

「俺達に付き合えよ、遊ぼうぜ」
「すみません……まだ委員会の仕事中で……」
「煩ぇ奴が居ねぇんだ、良いじゃねぇか」

大人しくしといた方が良いぞ……と、嫌な笑いをされ、逃げられそうにも無いと、私は引き摺られて行く。

何で私が……?

そう思った時、ピタリと動きが止まった。

「何をしている?」

聞き慣れた声に顔を上げると、先輩が立っていた。む、無理です……こんなに沢山居るんですから……そう思ったけれど、掴まれてた手が離されて、先輩の方へ押しやられた。

「道案内してやってただけだ」
「……」
「もう、迷子になるんじゃねぇぞ」
「二度とこいつに絡むんじゃねぇぞ」

……な、なんか、負けて無い。というか、先輩の勝ち?

「無事か……?」
「はい」
「すまねぇな」
「え? 先輩は助けてくれたじゃないですか」

何で謝るんだろう……?

「お前……」
「……?」
「俺の女だと、思われちまったみてぇだ」
「は?」




面倒な事になった。やはり俺はひとりの方が良かったなと思いつつも、今更だと溜め息を吐いた。

「ナマエ?」

驚いた声を上げたまま、固まっちまったナマエを呼んだが、思考が停止しちまってるのか何なのか、返事が無かった。

仕方無く手を引いて、委員会の部屋へと戻った。歩いている間も、黙ったままだったナマエが口を開いた。

「すみません、私なんかがそんな相手と思われてしまって……」
「……?」
「ど、どうしましょう! 彼女さんとか、凄い迷惑ですよね。私、あ、謝りますから……」
「オイ……」
「学校にいます? 他の学校とか、も、もしかしたらお仕事されてるとか……」
「オイ!」

何をどう考えているのかは、何となくわかったが、有りもしねぇ事を言われてもな……

「落ち着け、俺に女は居ねぇ。わかるか? 聞こえてるか?」
「い、居ない……ですか?」
「あぁ」

気が抜けたのか、ペタンと床に座り込んじまったナマエは、「良かった……」と何度も言った。だが、良くはねぇんだな、これが……

「ナマエ、悪いが、良くはねぇんだ」
「す、すみません、そうですよね、先輩にご迷惑を……」
「っだから、そうじゃねえ、頼むから落ち着いてくれ」

半べそ状態のナマエを椅子に座らせ、ハンカチを持たせ、買っておいた缶コーヒーを前に置いた。

「取り敢えず、飲め」
「頂きます……」

少しだけ飲んだが、また、俯いたナマエを見て、申し訳無くなった。

「落ち着いたか?」
「はい」
「良くねぇのは、お前だ。俺の相手と思ったのは、あいつ等だけとは限らねぇんだ」

帰りに駅まで一緒に歩いたりしただろう? と言うと、何となく察した様だ。

「ま、また、あんな風に……?」
「あぁ、有り得るという事だ」
「……」

怯えた目が俺を見たが、数回瞬きをして、笑って見せた。

「だ、大丈夫ですよ……きっと。間違いだって言えば、信じてもらえますって。もっと綺麗な人なら別かも知れないけど、私ですから」

だが、手が震えている。

「無理するな……俺が何とかする」

家まで送り、これからどうするかと考えながら俺も家に帰った。




どうしよう……

家まで送って貰ったり、学校でもひとりにはなるなと言われた。委員会の無い日も、送るから部屋で待てとも言われた。

帰りに先輩が話してくれたのは、高校に入るまでは、喧嘩ばかりしていたという事で……敵が多いらしい。
想像が出来なかったけれど、先輩が来たらすぐに離してくれたという事は、あの人達よりも先輩は強いって事だ。

「ああぁ……明日からどうしよう」

枕を抱えて、悶絶するしかなかった。

先輩に憧れて、委員会に入ったのは間違いだったかなぁ……

迷惑掛けちゃうなんて……と、出るのは溜め息ばかりだった。

そんな日も、朝は来る。

「ナマエ、外に誰か来てるわよ」
「えっ?」

急いで窓から見れば、先輩が立っていた。

「い、行ってきます!」

バタバタと支度をして、外へ出ると、「早いな」と頭を叩かれた。

な、何ですか? このVIP待遇……




そんな日が、1ヶ月も続いたある日、結婚した姉が遊びにおいでと言ってくれたので、私は浮かれて家を出てしまった。

「見つけたぞ」
「えっ?」
「ちょっと来て貰おうか」

しまったと思うには、遅かった。私はどうなってしまうのだろうと思うと、怖くて泣きたくなった。でも、その前に……先輩が色々してくれてたのに、無駄にしちゃったな……と、申し訳無くなってしまった。

……何だろう、この状況は。

「オイ、てめぇ等……もう少しマシな菓子はねぇのか! ねぇなら買って来やがれ!」
「いえ、あの、結構ですから……」
「なら、酒はどうだ?」
「未成年ですから……」
「なら、何が良いんだ?」
「何も……帰して貰えませんか? お願いします」
「すまねぇが、それは出来ねぇ。オイ! リヴァイはまだ捕まらねぇのか?」

どうやら、私は先輩を捕まえるための餌らしい……ガックリと項垂れた私に、次から次からお菓子や飲み物を出してくれている、この人達は何なんだろう?




っ、クソッ……やられた。

買い物から戻ると、部屋の前に男が居た。

「女は預かっている、すぐに来いと……」
「チッ、あの野郎」
「一緒に来て貰います」
「あぁ……」

俺は急いでナマエが捕まっている場所へ向かった。

蹴破る勢いでドアと開けると、部屋にはプリンを食っているナマエが居た。

「てめぇ! 何しやがる!」
「こうでもしねぇと来ねぇじゃねぇか!」
「んだと! オイ、帰るぞ……」
「待て、リヴァイ……来週は……」
「そのくらい覚えてる。人様に迷惑掛けてんじゃねぇよ! 親父」

食べ掛けのプリンを持ったままのナマエを引き摺り、俺は部屋を出た。

ったく……

「勝手に出歩くなと言っただろうが……」
「す、すみません……」
「相手が親父だったから良いが」
「お父さん……?」
「あぁ」
「だから優しかったのですね」

笑った顔に力が抜けた。実家が裏稼業とは、知られたくなかったんだがな……

だが、ナマエの件はこのままじゃどうしようもねぇと思った俺は……「俺の女に何かあったら、全力で叩き潰す」と触れ回った。




「先輩、もう、大丈夫ですよね?」
「あぁ、多分……な」
「送り迎えはもう……」

そう言われちまうと、何とも言えねぇが……

「俺がやりたくてやっている」
「……?」

朝の迎えも、委員会も……そして、こうして送るのも……

「お前に惚れちまったからだ」
「え……っ?」
「掃除の腕も悪くねぇしな、このまま……俺と付き合えよ」
「判断基準……そこですか?」
「か……可愛いと思うぞ」
「すみません、無理矢理言わなくてもいいです……」
「ったく……思ってもねぇ事は言えねぇよ……」
「えっ?」

いちいち驚く、その顔は……悪くねぇ。

ずっと……俺の横に居てくれよ。

End



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