共に願う未来


あの日、俺はひとりの少女に命を預けた。少女に与えられる最期を待ち望み生きて来たのだ。そして、俺は……心という物まで預けていたのだと知った。

兄の敵(かたき)だと思い、俺を殺すことを目標に生きて来たナマエもまた、憎しみ以外の心を持っていた。

俺が敵では無いと知ったナマエは、困惑して俺に問うた。だが、俺は答え様が無かった。俺ですら忘れていたものを、どうして答えられようか?
ただ、お前の笑顔が欲しかっただけだったなどと……

生きる理由も望みも失った俺は、生きる事を放棄した。過去の記憶の中に埋もれ、朽ち果てるのも悪くないと思った。
だが、そこから呼び戻したのは、他の誰でも無いナマエだった。

生きる希望も既に無い……俺に何故死ぬなと言ったのか?
ナマエもまた、目標を失い、生きる希望も無いと言った。

『一緒に居て欲しい。生きるのが嫌なら、一緒に……死のうよ』

ナマエの言葉に、死ぬも生きるも供にと言うのであれば、もう少しだけ生きても良いのだろうかと欲が出た。

ナマエに笑い掛けて貰いてぇ……

それが、真の望みだった。
ナマエは、抱き締めてくれる兄を亡くして、寂しかったのだろう。俺に抱き締めて欲しいと言った。

互いに頷き、共に生きると決めた。




事情を考慮した……と、エルヴィンは俺とナマエに5日間の休暇をくれた。
随分と気前がいいなと言えば、新たな希望を見つけて来いと、肩を叩かれた。

早速支度をした俺とナマエは、どちらも何も言わず、地下街へと向かった。

「行きたい所がある。一緒に来てくれるか?」
「私も行きたい場所だと思う」

地上の花屋に寄り、俺は小さな花束を買った。
ナマエは菓子を山程買い、俺に向かって笑った。そんなナマエを、俺は黙って抱き締めた。

地下街への階段を降りると、真っ直ぐに向かったのは……共同墓地と言うには粗末な場所だが、金も無い地下の人間の辿り着く場所なんざ、そんなもんだ。そんな場所が、あるだけましだとも思う。

「お兄ちゃん……」

ナマエが菓子を台に置き、目を閉じた。その横に花を置いた俺も、目を閉じた。
助けてやる事は出来なかったが、妹は守って来た。今度は、代わりじゃなく、望んでも良いだろうかと問い掛けた。

柄じゃねぇが……と、思っていると、ナマエが俺の手を握った。

「集まってきてるよ……」

小声で言ったナマエに、俺は頷いた。先程から、沢山の気配が集まっている。

「そろそろ、いいか?」
「もう、充分」
「じゃぁ、行くか」

集まった気配は、腹を空かせたガキ共だ。俺達が離れるとすぐに、台にある菓子に群がった。

普通に与えても、次を期待させちまうから、それは出来ねぇ。だが、此処で育った俺もナマエも、ガキ共が生き延びる大変さは知っている。

「次は何処に行くの?」
「お前の仲間の所へ行く」
「え?」
「お前にバラした奴をだな……」
「それは……」
「冗談だ、挨拶くらいはしとかねぇとな」

今度は、少しだけいい酒と食い物を持って、俺が初めてナマエを見た……あの場所へと向かった。




楽しそうに笑って過ごすナマエを見ながら、その輪に混ざっている自分など、想像もしなかったと思った。
記憶の中では、味わえなかった暖かさだ。

俺は一旦ナマエをそこに残し、以前暮らしていた部屋を見に行った。
荒らされた形跡もなく、中は埃だらけではあったが、当時のままだった。

「やるか……」

誰も住んでねぇなら問題はねぇなと、そうなればやる事は決まっている。

「リヴァイ……何してるの?」
「見りゃわかるだろうが……」

戸口から、ナマエと仲間のリーダーが覗いていた。

「居なくなったから、連れて来て貰ったんだけど……」
「あぁ、すまねぇな」
「じゃ、俺はこれで……」
「うん、ありがとう」

粗方片付いた頃だったが、ナマエも手伝うと言って手を動かし始めた。

「戻って来るって聞いたのに……」
「あぁ、空いたままだとは思わなかったからな、様子を見て戻るつもりだったんだが、使えると思ってな」
「綺麗だよね……」
「そうか?」

食料やタオル、シーツ等の必要最低限の物を買いに出た俺達は、久し振りの地下街を歩き回った。
だが、やはりと言うか、俺を見て放っておけねぇ奴等も居る様だ。

「お前は実戦向きじゃねぇ……やるなら殺す気でやらねぇと怪我するぞ」
「わかった」
「まぁ、俺がしくじったらだがな」

適当に相手してやる訳にも行かねぇな……と、背中にナマエを感じながら、襲って来た奴等は動けねぇ様にしてやった。

「やっぱり、リヴァイは強いね」
「相手が弱かっただけだろう?」

そうじゃないと思うと笑ったナマエを、それを合図という様に抱き締める。それはとても心地好かった。

「他に要るものはねぇか?」
「無いと思う」
「なら、戻るか。下手に彷徨くとまた、面倒な事になり兼ねねぇからな」

店が並ぶ辺りから、少し離れた場所で俺は足を止めた。

此処から始まったんだな……

ナマエを見れば、思い出している様で、チラッと俺を見た。

「何か言いた気だな」
「……ごめんなさい。間違いだったのに……」
「俺も悪かった。弁解もしなかった」

そっと肩を抱き寄せ、歩き出した。
ナマエにとっての俺との出会いは、最悪としか言い様もないだろう。だが、こうして横を歩いている。

不思議な事だな……

以前の俺から見れば、有り得ねぇ光景だろう。未だに……目が覚めたら夢だったと言われそうな、どこか現実味の無い感覚がある。

エルヴィンのくれたこの休暇は、それを少しでも現実として受け入れる為の時間だと、わかっている。
だから、俺もナマエも迷わず此処へ足が向いたのだろう。
出来れば……この先、こんなに長い休暇など無いだろうから、旅というものもしてみたかった。だが、俺は知っている様で、地上を知らない事に気付いちまった。

「思ったよりも沢山買ったね」
「そうだな」

部屋に戻ると、ナマエはすぐに荷物を分け始めた。
食料は調理する場所へ、タオルは浴室へ、そして……シーツを持って固まった。

「どうした?」
「え、あの、ひとつしかないな……って」
「……だな」

困った顔で笑うナマエを抱き締めた。

「こうして寝れば良いだけだ」
「うん。そうだね」

ナマエからシーツを取り上げ、ベッドを整えた。
皺を伸ばし、まっさらな布は……どうせ皺が寄るのにと思いながらも、気持ちを落ち着かせる。

そろそろ、夕食の時間だろうかと思いながらも、俺は振り返ってナマエへと両手を伸ばした。

「ナマエ……」

その手にナマエが収まると、そのままベッドに倒れ込んだ。少々埃が舞ったが……それは見なかった事にして、ただ、黙ってナマエを抱き締めていた。

「こんな日が、来るとは思わなかった」
「私も、思った事も無かった」
「だが、これは現実なんだよな?」
「うん、リヴァイの胸は、生きてる音がする」
「お前はとても、温かい」

何年もの間、殺しに来いと待った俺と、殺してやると思い続けたナマエ。
裏を返せば、俺のそれは恋だったのだとハンジは言った。そして、追い求める様に過ごしたナマエのそれもまた、同じだったのだろう……と。

先日、ナマエは18歳になったと言った。あれから何年経ったのかと驚くが、互いに生き延び、こうして居られる事が嬉しいと思える。

「なぁ、ナマエ……」
「なあに? リヴァイ」
「少し眠ってもいいか?」
「いいよ。私も何だか凄く眠い……」
「あぁ、このまま……少し眠ろう」

それは、温かいからだったのか、俺にはわからねぇ。だが、腕の中で寝息を立てるナマエにつられる様に、俺もゆっくりと目を閉じた。




目覚めたのは、翌日の朝だった。
こんなに眠ったのは初めてだろうと互いに驚いたが、それはきっと"安心した"からだろうと後にハンジに教えられた。

二人で食事をして、のんびりと話をして、夜はまた抱き締めて眠った。

3日目の昼、俺は部屋を閉ざし、手を握ったナマエと共に地上へ出た。

「何処に行くの?」
「俺達の事を、誰も知らねぇところへ行こう」

馬車で3時間程度だが、知らねぇ町に着いた。観光地らしく、人も多かったが、誰も俺達を気にしねぇ。
宿を取り、荷物を置いて見て歩いた。

「地下じゃなく、此処から始めよう」

小高い丘の上で、壁に吸い込まれていく様な夕陽を見た。

「みんなあそこ(地下)に置いて来たの」
「あぁ、そうだな」
「だからね……言ってもいい?」
「なんだ?」
「……好き」

首に手を回したナマエが、耳元でそう囁いた。
言葉の出なかった俺は、ナマエの頬を押さえてキスをした。

「これからは、その目で俺を見てくれ」
「うん、ずっと見てる」
「俺も、お前を愛してる」

翌日、周りの恋人同士を真似ながら、楽しく過ごした俺達は、その翌日、新たな想いと希望を胸に、兵団本部へと戻った。

End



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