運命の出逢い……俺はそんなもんにゃ一生縁はねぇだろうと思っていた。 だが、最近そう思いたい女に出会った。 それは…… 「きゃぁっ!」 街へと向かって歩いていた俺は、声のする方を見上げると、窓から何かが飛び出して来た。 咄嗟に受け止めたのだが、ほぼ同時に水も降って来た。 ついてねぇ…… 受け止めたのは花瓶の様で、上から覗いた女は、両手で口を押さえたまま固まっていた。 「……此処に置いておく」 そのまま引き返そうと歩き出せば、慌てて追って来た。 「すみません、お怪我はありませんか?」 タオルを差し出され、取り敢えず拭いてはみたものの……そのまま出掛けられる状態じゃねえ。 「何であんなもんが降って来るんだ?」 「躓いて、手を離してしまったのを掴もうとして、逆に押してしまう感じになって……窓の外に……」 ……有り得ねぇ。 だが、何故だろう? 不思議と怒りの感情は無く、穏やかだ。 「転ばなかったのか?」 「はい、大丈夫です。私よりも……」 「濡れただけで済んだ、気にするな」 「あの……お詫びに……」 「気にする事はねぇ。降りて来てちゃんと謝っただろう? それで良い」 申し訳なさそうにしているのを見て、大した事じゃねぇ……と、立ち去った。 普段しない事をしたから、それがいけなかったのか……たまには部屋に花でも飾ろうと花瓶に水を入れ、窓際の机に置こうとして躓いた。 宙に浮いた花瓶を掴もうとして伸ばした手は、勢い良く前に押し出す格好になり、花瓶は窓から外へと飛び出した。 うそ……っ…… でも、花瓶が割れる音がしなかった。恐る恐る外を覗いた私は、目の前の光景に動けなかった。 水も滴る……イイ男……? 「此処に置いておく」 声までイイ…… 一瞬、そんな事を考えていたけれど、私はタオルを掴んで走った。 謝ってタオルを差し出せば、怒りもせずにどうしてこんな事が起きたのかと訊いてくれた。 なんて、イイ人なんだろう…… おまけに、謝ったからそれで良い……って、当たってたら大変な事になっていたかも知れないのに、お詫びに父とやっている店に来て貰おうと思ったけれど、あっさりと遮られてしまった上に……彼は立ち去ってしまった。 また、会えるかな…… お詫びを口実に、また会いたいと思ったのがバレちゃったのかと思ったけれど、よくよく考えてみれば、頭から水を浴びせる様な女に……また会いたいと思う人は居ないと思った。 「あれ? 随分早いお帰りで……って、何? 水浴びでもして来たの?」 「そんな訳があるか!」 本部に戻ると、運悪くハンジに会っちまった。返事と同時に足を見舞って黙らせたのだが、転がって腹を抱えているのを見れば……笑っているのだとわかる。 ったく、コイツは…… 何がそんなに楽しいんだと思いながら、俺は自室に戻った。 流石に今日はもう、出るのも億劫だな。 だが、シャワーを浴び、部屋着を着てソファーに座って思い出した。 「酒が……無かったんじゃねぇか」 今日は休みだからと昨夜飲み過ぎて、買い置きが無くなっちまった。今夜飲む分がねぇから出掛けたのを、忘れていた。ついてねぇと思ったが、また明日仕事が終わってから出直すか……と、ソファーに寝転んだ。 晴れの日が続くと……埃っぽくなる。店の前に水を撒きながら、人が切れたのを確認して、少しずつ撒いていたのを一気に全部撒こうと入れ物を持ち上げた。 「そーれっ!」 「うわっ!」 豪快に撒くとスッキリする筈が……店の横の道から人が出て来て、思いっきり浴びせてしまった。 えっ? うそ……? 「何か……恨みでも、あるのか……?」 「そ、そそ、そんな事、ありません! すみません!」 水も滴る……イイ男…… 「ちょ、ちょっと待ってて下さい」 見とれてる場合じゃない。私は急いで店に入ってタオルを持って出た。 「すみません!」 頭を下げながらタオルを渡し、まさか横から出て来るとは思わなかったと……言い訳をしてしまった。 「あぁ、俺もまさか……2日続けて水を浴びるとは思わなかった」 「すみません……」 「態とじゃねぇのは、わかっている。だが……」 「はい、これからは気を付けます!」 「いや、こんな事もあるんだなと思ってな……」 少し、笑った様に見えた。出来ればまた会いたいと思ったけれど、こんなのってない……神様は意地悪だと思う。 でも……チャンスかも知れない。 「こ、今度こそ……お詫びを……」 「んなもん……」 「この店は父とやっているので、あ、明日……来て頂けませんか?」 いい……と言うつもりだったのだろうけど、今度は私が遮った。 「明日……?」 「はい、お酒とお食事を用意しておきますので、是非」 流石に、昨日よりも派手に濡れている状態で、寄って行って下さいとは言えなかった。 「あぁ、なら……そうさせて貰おう」 考える素振りを見せた彼は断るだろうと思ったけれど、控え目にそう答えた。 「ありがとうございます」 「名は……?」 「はい?」 「お前の名前は何ていうんだ?」 「ナマエ……です」 「ナマエか。俺はリヴァイだ」 リヴァイ……? どこかで聞いた様な…… そう思っていると、彼はまた足早に去ってしまった。少し残念に思ったけれど、明日の約束が出来たのだと思うと、また水を掛けてしまったのは申し訳無いけれど……嬉しかった。 明日は、頑張らなくちゃ。 酒を買い、食って帰るか買って帰るかと考えながら角を曲がると、水を浴びせられた。 オイ…… 「何か……恨みでも、あるのか……?」 見れば、昨日の女だった。そんなつもりはねぇだろうが、思わずそう言うと酷く焦っている。 これは、どういう事なのだろうか? 確かにまた会いたいとは思ったが、こんな形でしか会えねぇのかと苦笑した。 だが…… 「この店は父とやっているので、あ、明日……来て頂けませんか?」 俺は明日の約束を手に入れ、名前も知る事が出来た。またずぶ濡れではあるが、やはり……何故か悪い気はしなかった。 酒は無事に買えたしな。 帰って着替えた俺は、食堂で飯を食っているとハンジが横に座った。 「また、どっかで水浴びして来たんだって?」 「あぁ、何故知っている……」 「噂になってるよ」 「そんな事でか?」 「噂なんて、そんなしょうもない事ばっかじゃん」 それで、何があったのか知りたいと言われ、俺も訊きてぇ事があったから話してやった。 「凄い偶然だね。運命的なものを感じるよね」 「そんなんじゃ……ねぇだろうよ」 「でもさ、約束したんでしょ?」 「あぁ、それでなんだが、こういう場合は何か持って行くべきだろうか?」 「へ?」 目を丸くしたハンジが俺を見ているが、その口は歪に歪んでいる。 「おかしい事を言ったか?」 「いや、おかしいかどうかはわからないけどさ、単なる招待っていうんじゃ無くてお詫びに……って事なら、特に何も持って行く必要は無いと思うよ?」 「そうか……」 考え過ぎってやつか。 「あ、でもさ、リヴァイが何かをあげたいと思ったんなら、それはそれで良いと思うんだよね」 「……どっちなんだ」 「お詫びに、お礼は要らないと思うんだ。でもさ、プレゼントしたいなら別だって事だよ。そっから口説くという手もあるでしょ?」 「……」 「気になるなら、良いと思うよ」 背中を押す様な言葉に、俺は『そうだよな』と胸の奥で呟いた。 そのまま、笑顔で立ち去るハンジを見送り、俺は部屋に戻って考えた。 兵団内であんな事が起これば、俺は間違いなく怒っていただろう。だが、何故あの女には怒る気もしなかったのか……? ましてや、二度もやられりゃあんな風には思えなかった筈だ。 なら、どうしてだろうか……? 思い出す顔はどれも、困った顔ばかりだ。とびきり美人という訳でもねぇが、印象に残っている。 プレゼントでもやれば、喜んでくれるだろうか? 疑問ばかりが浮かんだが、そこで将と気付いた。 俺は、笑顔が見てぇのか。 そんな事を考えた自分に驚いたが、そういう事か? と、妙に納得して恥ずかしくなっちまった。たかが、あの程度の事で惚れちまったとでもいうのか? だが、そう考えると、この訳のわからねぇ感情や思考はあっさりと片付いちまった。 明日……また会える。 俺はそれが嬉しいんだと思うと、早く寝たらすぐに明日にならねぇかとすら思って、ゆっくりと目を閉じた。 [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |