星に願うな


自室を通り過ぎ、その先の階段を昇りきると、「ついてねぇ」とぼやきながら、俺は屋上へ出るドアを開けた。

「すげぇな……」

思わず、そう溢す程の星に目を奪われた。
月の無い夜空は、星の数も多い気がするが、月の明るさに負けちまって普段は見えないだけなのだろうと考えた。

まぁ、俺にはどうでも良い事だ。

さっさと此処へ来た目的を果たそうと、屋上の一角へと歩いて行くと、僅かな風で揺れているシーツが1枚だけ見えた。天気が良いと聞き、朝から洗って干したのだが、そんな日に限って急に夕方からの会議が入り、今はもう夜中だ。

近付くと、急に大きな風が吹いてシーツが派手に捲れ上がった。

「兵長……?」
「あぁ、そうだ……」

風が過ぎると隠れちまったが、シーツの向こう側には女が居た。

こんな時間に、何を……? それに、何故俺だとわかったんだろうか?

灯りは無いが、暗闇という程は暗くは無い。だが、目が慣れていても瞬時に顔が判別出来る明るさでは無いだろう。

兵士の消灯時間はとうに過ぎている。注意をするべきかと、俺はシーツを避けて向こう側へ顔を覗かせた。
そこで、座って見上げ……星空を眺めていたのは、ミケのところのナマエだった。

「何が見えるんだ?」
「今夜は、流れ星が沢山見れるんです」
「流れ……星?」

星空など、まともに見た事も無かった俺は、それは何だと見上げた。

「何もわからねぇぞ?」
「沢山と言っても、そんなにすぐには……」
「そうか」
「もう少し見ていて下さい」

そのまま暫く黙って見ていると、スッと光の筋が空を滑っていった。

落ちた……?

「み、見れましたか?」
「あれが……そうか?」
「そうです! スーって尾を引いて流れて行きましたよね?」
「流れると言うよりは、落ちたという感じだが……」

それを見て、何が良いんだかさっぱりわからねぇ。

「落ちた……ですか……」
「俺にはそう見えただけだが、あれを見て何が楽しいんだ?」

その時また、今度は続けて流れた。

「流れ星は、願い事を叶えてくれるんです」
「願い事?」
「はい」
「あんなもんが……か?」

呆れた様に言えば、ナマエが空から俺に視線を移した。

「叶うんです! ……叶ったんです!」
「そりゃ、悪かった」
「いえ、あの……すみません。嬉しくてつい……」

折角俺の方を見たと思ったが、ナマエはまた、空の方を向いちまった。

何を願って、叶ったというのだろう?

だが、俺が思うに……あれは星が流れたと言うならば、空に踏ん張っている星に願う方が効果はありそうだがな。

「お前は、何を願ったんだ?」
「それは……」
「無理にとは言わねぇよ、ただ、どんな事が叶ったのか知りたかっただけだ」
「兵長が、来てくれます様に……」
「……?」
「そう、お願いしたんです」

ナマエは俺の自室に手紙を入れたと話しているが、会議中も洗濯物が頭から離れなかった俺は、部屋には寄らずに此処へ来た。

ただの、偶然だ……

干してある、これが俺のシーツだとナマエが知る訳もねぇだろう……と、訊いた事を少し後悔した。

正直に、話すべきだろうか。

ナマエに呼び出されたなら、間違いなく俺は来ただろう。手紙は知らねぇが、俺もそんな機会を狙っていた。

「あんな風に書いたから、心配だったんですけど、嬉しいです」

俺が黙っちまって、間をもて余したのか……ナマエが俯いてそう言った。だが、手紙を見ていない俺には、「あんな風に」と言われてもわからねぇ。

俺が来た事が嬉しいと言うならば、自惚れても良いだろうか?

「残念だが、ナマエ……お前の願いは星に届いちゃいねぇ様だ」
「え……?」
「俺が此処に来たのは、洗濯物を取りに来ただけだ。会議室から直接来たから、手紙も知らねぇ」
「そんな……」
「だが、こんな偶然を俺は嬉しいと思っている」

顔を両手で覆っちまったナマエは、最後の言葉に顔を上げた。

「本当に……?」
「あぁ、俺は嘘は上手くねぇ」
「待ってて……良かった」

何度も帰ろうとして、それでも後少し、もう少しだけ……と、会議が入ったのを知らなかったナマエは待っていたのだと笑った。

「笑ってる場合じゃねぇ……だろう?」

ナマエの頭から頬へと撫でれば、思ったよりも冷たい。急いでシーツをロープから外した俺は、ナマエの腕を掴んで立たせようとしたが、上手く力が入らねぇのか立てなかった。

「す、少ししたら帰りますから……」
「こんな所に、置いて行ける訳がねぇだろうが……」

膝を抱える格好のナマエにシーツを持たせると、俺は掬い上げる様にナマエを持ち上げた。

「兵長、あの……」
「持って帰っても……良いか?」

返事を聞く前に歩き出したが、小さく「はい」と答えた。




持って帰って良いかと兵長に訊かれて、断れる女性は居ないと思う……

私は「はい」と答えた。

すると、兵長は最初よりも強く私を抱え直した。

「少し、立っていられるか?」
「はい」

兵長の自室の前で、鍵を出す為か……立たせてもらったけれど、今度は緊張で体がカチンと固まってしまっているみたいだった。
カチッと音がして、兵長がドアを開けた。

あっ! 手紙が……

押し込んだつもりが、まだドアの間に挟まっていたらしく、封筒がひらりと床に落ちた。

あんなの見せられない!

咄嗟にシーツを兵長に押し付け、私は手紙を拾った。自分でも、ここまで機敏に動けるものかと思う程、素早い動きだったと思う。

はぁ……良かった。

手紙を胸に抱えてホッと息を吐くと、頭上をシーツが飛び越えて行った。ソファーに着地するシーツを目で追っていた私は、後ろから伸びて来た手に気付かなかった。

「それは、俺のだろう……?」

兵長の手が、胸に抱えた手紙を取ろうとしているのか、私の胸を撫で、耳に触れそうな程近くで囁かれ、思わず膝から崩れそうになった。

「だ、ダメ……です」
「なぁ、何て書いてあるか、俺には見る権利があるよなぁ? ……ナマエ」
「っ、だ……めっ……」

取られまいともがく私を、兵長の腕がぎゅっと締め付けて、今度は耳の端を何かが撫で……違う、舐められた?

ぞくぞくしたものが背中を走り、手紙を守らなくてはと思う気持ちで、刺激を欲する体を誤魔化そうとしていると、また、兵長の声が聞こえた。

「なら、どちらか選べ」
「……?」
「手紙を渡すか、このまま俺に恥ずかしい事をさせられるか、どっちだ?」

え? は、恥ずかしい事って……

あんな事やこんな事……? と、腰に響く様な声で囁かれて、頭の中は"恥ずかしい事"でいっぱいになってしまった。

「なぁ、早く答えねぇと……」

こ、答えないと……?

「罰は、両方……だな」
「そ……んな……」

耳に唇が触れている様な状態で喋られては、耐えるのに必死だった。

「恥ずかしい……事……」

……って何ですか? と続く筈だったのに、言った途端に首に吸い付かれた。

あ……やめ……

ほぼ同時に胸を掴まれて、体がビクッと跳ねて声も出ない。

「期待……してるのか……?」

違うと言いたいのに、でも、服の上から胸の先を探し当てられてしまっては、言い逃れも出来ない。

抵抗出来ない、違う……もっと……

私の頭は、あっさりと流されてしまった。




手紙の内容が知りたかった俺は、ナマエに訊いた。どちらが良いか……と。だが、ナマエが「恥ずかしい事」と言ったのを聞いた瞬間、我慢出来ずに食らいついた。

流石にヤバいと思ったのだが、抵抗しないどころか、期待している様にも思えた。

俺が考えた恥ずかしい事と、ナマエの考えたものは違う。俺は、見せて貰えないなら口頭で伝えろと言うつもりでいたのだ。しかし、これは……ナマエの様子から考えても、恥ずかしい事とは、厭らしい事をと考えたのだろうと結論を出した。

「どう……してやろうか。なぁ……?」

抱き上げても、抵抗はしなかった。そのままベッドに運んでも……だ。

俺にしてみても、こんな展開になるとは思いもしなかったが、冷えちまったから暖めてやるだの何だのと言いながら、煽られちまって昂ったモノはどうしようもなく、焦って脱がせれば、ナマエも自分でも驚く程に熱く潤っていた。

肌寒い外も、冷えた身体も忘れる程に、互いの熱を擦り合わせた。

心地好い疲労感に、ナマエを抱えて眠ったが、早朝、ナマエが帰ると言い出した。

「兵長……あの……」
「プライベートでは、名前で呼んで欲しい。そういう関係で……良いんだよな?」
「はい」

不安そうに見た顔が、恥じらう様に柔らかく微笑んだ。

「これからは、あんな……宛になるのかわからねぇもんに願うなら、俺に言え」
「はい、そうします」

俺に出来る事は、俺が叶えてやる。

「ま、先ずは……あの、兵長のお気持ちを、聞かせて貰いたいです」

……言ってなかった……な。

「お前が、好きだ」

End



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