〜俺はナマエの何になれるんだ〜


モブリットが書類をかき集めて戻って来ると、ハンジはナマエと楽しそうに紅茶を飲んでいた。
ナマエの件で何度か驚いた様な顔を見せたが、恐らく、今見ている顔が一番驚いている様に見える。

「ぶ、分隊長……?」
「モブリット、ただいまっ!」
「報告会は……」
「大丈夫だよ、ちゃんと報告はして来たからさ」
「それは……一体……」

青褪めた顔をしたモブリットに、ハンジは説明していたが、本来3回に分けて行うものを1回で済ませ、あとはこれを読めと資料を置いて帰って来た様だ。

「どこがちゃんとなんだ? 適当な事しやがって……」
「だってさ、資料読むだけなんだよ? たまには自分達で読んだっていいじゃないか!」
「そういう問題では無いと……」

あくまでも、ハンジの話ではあるが、出席者もそれでいいと笑っていたらしい。空いた時間で遊ぶ算段を始めたのだと聞くと、お気楽な奴等だと思った。

ぺたんと座り込んだモブリットを見たナマエが、俺の顔を見ている。

「行ってやれ」
「はい」

モブリットを心配しているのだろう……

そっと近寄ったナマエが、どうするのかを俺もハンジも黙って見ていると、ナマエはモブリットの頭を撫でてやった。
そして……丁度良い高さの頭を抱える様に抱き締めた。

「っ……」

思わず引き剥がしてやりたくなったが、ナマエの気持ちを無駄にしちまうのは、それはそれで嫌だった。

「ナマエさん、ありがとうございます。ナマエさんは優しいですね」

俺の気持ちを察する様に、モブリットがナマエの腕をそっとほどいて顔を見ている。

「もう、大丈夫ですよ」
「はい」

急いで戻ったナマエは、俺に向かって手を伸ばした。
抱き上げて、頭を撫でる。

「良く出来たな、モブリットはもう大丈夫だ。ナマエのお陰だ」
「はい!」
「ナマエちゃんはいい子だね」

ハンジにも誉められたナマエは、嬉しそうに笑っている。モブリットもそれを微笑んで見ている……

ナマエは皆を笑顔にした。俺だけで育てたらこうは行かねぇだろうと思ったが、何より、ナマエにそういう気持ちがある事が嬉しかった。

「リヴァイの優しさがナマエちゃんにもちゃんと伝わってるんだねぇ」
「……?!」

そんな訳ねぇだろうが……

「そうですね、大切にしているのがナマエさんにもわかっているんですね」

俺は……俺にはわからねぇよ……

「俺は、そんなもん知らねぇ」
「知らなくても、リヴァイにもちゃんとあるよ? 優しい気持ちが。ねっ! ナマエちゃん」
「はい!」

頬を擦り寄せるナマエは、温かくて柔らかくて……俺はゆっくりと目を閉じた。

「そろそろ、行きますよ……分隊長」
「そうだね、エルヴィンにも報告しなきゃだなぁ……」

目を開ければ、二人が部屋を出て行った。ナマエは「またね」と手を振って、そしてまた……俺に頬擦りした。




昼までは、書類を書いた。膝の上で見ているナマエは、昨日と同じ様に大人しく見ていた。

昼はハンジが持って来て、モブリットから聞いたナマエが卵から片足を出した時の話で爆笑している。

「何がそんなに面白いんだ?」
「だってさ、ナマエちゃん……生まれた瞬間にリヴァイの顔面踏んだんでしょう?」
「そうなの?」
「あぁ、そうなるのか?」
「まあ、意図的にやった訳じゃないにしてもさ、リヴァイが顔に足の裏付けられるなんて事は、後にも先にも無いんじゃ無いかと思ったら、可笑しくてさ」

また、ゲラゲラと下品な笑い声を披露したハンジだが、言われてみればそうかも知れねぇ。記憶には……

「確かにねぇな……」
「ナマエちゃんはリヴァイより強いかもね!」

ある意味そうかも知れねぇな。

食べ終わると、ハンジは訓練だと出て行った。




「モブリット、私はリヴァイよりも先に答えを見つけたみたいなんだ!」

訓練を終え、分隊長と執務室へ戻ると、いつもよりも鼻息の荒い様子に何かと思えば、まだそのままだった荷物の中から取り出した1冊の本を見せられた。

「絵本……ですか?」
「内容を見てみてよ! ビックリすると思うよ!」

本を開くと……
人付き合いが下手な男が、皆に避けられたり怖がられたりしていた。その男も、そんな自分が嫌だったがどうにも出来ずに寂しく暮らしていた。
ところが、ある朝男が目覚めると、大きな卵が横にあった。

「これって……」
「似てるなんてもんじゃ無いよね」

先を読みたいけれど、何故か読めずに本を閉じた。

「モブリット? 読まないの?」
「きっと、内容はとても似ているのだと思いますが、私は兵長とナマエさんを見守りたいと思います」
「ああ、そうだね。リヴァイにも見せようか悩んだんだけど、やめたんだ」
「私も、それは見せたくないです。物語はお二人で作って欲しいと思います」

物語は、同じなのかも知れないけれど、結末を先に知ってしまうのは勿体無い様な気さえしてくる。

「あ、分隊長、ナマエさんの事なんですが、このままだと明日には……」
「下着に困るって言うんじゃない?」
「はい。でも、何故……?」

分隊長は本を指で突っつくと、これがそうなら必要だろうと思ってさ……と、本を出した場所から紙袋を取り出した。

「リヴァイがどんなのが好みかわからなくてさ、選ぶの苦労したんだよね」
「ナマエさんの好みじゃ……」
「え? モブリットは好きじゃないの? 可愛いのどか、色っぽいのとかさ……」
「私は……って、そういう問題じゃ無いですよね?」

分隊長……貴女の下着にそれを求めても無駄な事くらいは知ってます。

無茶な事しかしていない様に見えて、不思議な人だと思う。この人に掛かれば……世界も明日もお見通しの様な気さえ……

「見て見て、こんなの喜びそうじゃない?」

私の思考を返して下さい……

「ほら、こんなとこに穴開いてんの!」
「……没収します」
「ええっ?」
「ナマエさんにこんなのあげたら、間違いなく死にますよ!」
「そうかなぁ……」
「ええ、間違いなく」

つまらなそうに口を尖らせている分隊長にと、私は紅茶を淹れる事にした。




夜になり、筋トレも風呂も終わり、夕食を待っていると、ハンジとモブリットが揃って来てくれた。
ハンジにじゃれているナマエに気付かれない様にか、そっとモブリットが持って来た袋を俺に渡して来た。

覗いた俺は驚いた。

「まさか……」
「ぶ、分隊長が用意して下さったんですよ。私には無理です」
「そうか、助かる」

急いで隠す様に仕舞った。

「よし、続きは食べてからにしよう!」
「はい!」

此方の様子を見ていたハンジが、俺に笑った。俺は小声で「すまねぇ」と言って、ナマエの横に座った。

「ん? あぁ、モブリット……昼寝したんだ……」
「そうでしたか。何となく、そんな気がしました」
「あぁ……」

また、少しだがでかくなった。このままだと、本当にあっという間に俺を追い抜いちまうだろう。それでも、俺はずっと傍に居てやると約束したのだ……と、先の事までは考えるのをやめた。

「ナマエ……ほら、口に付いてる」
「ありがとう!」
「あぁ、溢すなよ?」

このまま、ナマエは外には出してやれないかも知れねぇと思う。だが、約束したからな、もう少し大人になったら……俺の服でも着せて出してやろう。

次の調査までは1ヶ月……

考えまいとしても、嫌な計算を頭は勝手にしちまう。

「リヴァイ、食べないの?」
「いや、食うから心配するな」
「はい」

止まっていた手を動かし、食事を済ませた。

食後はまた、ハンジとナマエが遊んでいるのを、モブリットと見ていた。

「兵長、お顔に出てますよ?」
「あぁ、そうか……?」
「私が言う事じゃ無いかも知れませんが、心配は要らない様な気がします」
「そうかも知れねぇな……」

モブリットの言葉に、俺は大きく息を吐いて力を抜いた。

「なるようにしか、ならねぇよな?」
「はい。先は誰にもわかりません」
「そうだな、俺にはナマエと一緒に居る以外の選択はねぇ、それだけだ」
「はい、私もその方が嬉しく思います」

モブリットも参加して、3人で遊び始めた。俺はまた、それを見ているだけだったが、3人に呼ばれて俺も輪に入った。

暫く遊び、気付けば夜も更けていた。
二人を見送ったナマエが、通路に顔を出したがすぐに引っ込んだ。

「どうした?」
「もう居なかった」
「そうか、そろそろお前は寝る時間だぞ……」
「はい」

ベッドの壁際に寄って、俺を呼んでいるが……これも今夜で終わりかと思った。

抱き締めて……目を閉じる。

明日また、姿が変わっても……お前はお前だよな……?




その夜、俺はまた夢を見た。

ナマエが、あの女と話している。俺には気付かねぇ様だ。俺も少し近寄ったが、何を話しているのか全く聞こえなかった。
だが、それ以上近寄ろうとも、何を話しているのか知りたいとも思わなかった。
ただ、そこに居て、見ているだけだった。

俺は何故、此処に来たんだろう……

漠然とそう思った。すると、ザアッと風が吹き、辺りの景色が一変した。

「何なんだ?」

いつの間に建物に入ったんだ……?

辺りには、小さなベッドが幾つもあり、そのひとつひとつに卵が乗せられている。

「覚えていないかも知れないけれど、貴方はこの沢山の中から、ひとつを選んだの」
「俺が選んだのか?」
「そう、それも……迷わずに」

そうか。だが、それが何だと言うんだ?

「あの娘とずっと一緒に居てくれますか?」
「あぁ、最初からそのつもりだ」

女は優しい顔で微笑んだが、そのあと、厳しい顔で俺を見た。

「もしも、邪魔に思ったり、要らないと思ってしまったら、2度と会う事が出来なくなってしまいます。それでも……」

それでも、何だよ? 俺は……

「そんなつもりはねぇ……俺は約束した。ずっと一緒だと、ナマエと約束した。余計な心配はするな、俺は嘘は言わねぇ。例え何があろうと、俺に離れるという選択肢はねぇ!」

ふわりと、暖かいものが俺を包んだ。いや、俺は抱き締められているのだとわかった。

「お前は……」
「私は、あの娘の母……」

その言葉を最後に、俺は目を開けた。

母親……か。俺なんかに、娘をやるなんて……どうかしてるぞ?

ゆっくりとナマエを見れば、やはり、また大きくなっていた。
傍に居るとは、守るという事だろうか?



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