……何だ? これは……? いい加減、驚く事には慣れたつもりでいたが、それでも驚いたとしか言い様がねぇ。 髪の色も着ているタオルも変わらねぇが、どう見ても……ナマエは"幼児"から"少女"という形容詞に変わっていた。 昼寝をしただけで、大きさが変わった。それよりも長く寝たからこうなったのだろうか? 寝起きの割には冴えた頭だったが、結局俺の出せた答えはその程度だった。 だが、どんな姿になろうが、ナマエはナマエだ。俺が貰った、俺が育てる。俺は……変わらず傍に居るだけだ。 抱えて、その温もりを感じた。 「リヴァイ……?」 「起きたのか?」 「はい」 その返事に、安堵した。 「お前、またでっかくなりやがったぞ」 「……?」 「座ってみればわかるだろう……」 起き上がって座ったナマエの前に俺も座った。 「リヴァイがちいさく……」 「ならねぇよ、なってたまるか! お前がでかくなったと言っただろうが」 キョトンとした顔で見るナマエから目を逸らし、頭を撫でた。 引き摺る程の長さがあったバスタオルの服は、尻を隠すのがやっとな状態だ。 このままって訳には行かねぇよな? モブリットが来たらと考えたのだが、流石にこの姿は見せたくねぇ……だが、俺の下着を履かせる訳にも行かねぇ…… 俺はベッドから降りると、昨日エルヴィンが持って来た箱を開けた。 「リヴァイ……」 不安そうな顔でナマエが俺を呼ぶ。 「今行くから、そこに居ろ」 箱の中から、着れそうな服を出すと、その下から下着も出て来た。 これは……新品だ…… 流石に下着は着古しとは行かねぇという事だろうか? だが、一番必要な物だろう。貴族もただの豚じゃねぇんだな……と、俺は少しだけ感謝した。 「ナマエ、これを着ろ」 「はい」 「待て、その前に脱がねぇと……」 タオルを着たまま着ようとしたのを止めて、脱がせてやった。 下着と服は、丁度良い大きさだった。 「似合うな、可愛いぞ」 頭を撫でてやれば、笑う。それは変わらねぇ。 顔を洗って掃除をした。掃除をしてるのか汚してるのかわからねぇが、ナマエも真剣な顔をしてやっている。 「ナマエ、もう良いぞ……後は俺がやるからお前は手を洗って来い」 「はい」 掃除を済ませると、もうやる事が無くなっちまった。 「腹減ったのか?」 「はい」 考えてみれば、昨日はパン半分も食ってねぇ。それで大きくなっちまったんだ、相当腹が減ってるに違いねぇ…… だが、いきなりこんなにでかくなるとはモブリットも思わねぇだろう。とすると……俺と半分じゃ足りねぇか? 暇な俺とナマエは、モブリットが来ねぇかと……揃ってドアの方を見ていた。 「おはようございます!」 モブリットは、ドアを開けてやると一瞬目を丸くしたが、すぐに穏やかな微笑みを見せた。俺と同様に、もう驚かねぇといった感じだろうか。 「ナマエさん、大きくなりましたね」 「はい!」 「今日も元気そうで良かった……」 そう言って、モブリットが置いた俺のトレーには、パンとスープが二人分乗せられていた。 もうひとつはモブリットの分なのだろうが…… 「モブリット、これは……?」 「はい、お二人の分です」 昨日、寝たら大きくなっていたので、そうなっていても大丈夫な様にと考えてくれたというのだ。 「お前は……未来が見えるのか?」 「いえ、それは無いですし、まさかここまで大きくなられるとも思っていませんでした。10歳位で、体の大きさも普通になってますね……」 「そうか、あぁ、起きたらこうなっていた」 卵から出たばかりは、3歳位に見えると思った。昼寝をしたら5歳位じゃねぇかとモブリットが言って、今は……10歳だと? 明日は15歳で、明後日には……もう大人になっちまうとでも? 「兵長、冷めないうちにどうぞ?」 「あ、あぁ……ナマエも食っちまおう」 「はい!」 嬉しそうに食べているナマエは、自分ではどう思っているのだろうか? 昨日は言えなかった俺の名前も……言える様になっている事に、お前は気付いているのだろうか? なぁ、それでも……一緒だよな? 結局、心配なのはそこなんだな……と、俺は肩の力を抜いた。朝から落ち着かなかったが、それは腹が減っていたからだと思う事にして、食事をした。 「早くて、明日だったよな?」 「あ、はい、分隊長ですよね?」 「あぁ、このままだと……困った事になりそうな気がするんだが、どう思う?」 「着る物ですよね……」 「そうだ。お前にも頼めねぇだろう?」 「流石にそれはちょっと……私でも……」 「だよな」 困った顔をしたモブリットを見て、俺も苦笑するしかなかった。 流石に、女物の下着は無理だろうな。 「リヴァイ、どうしたの?」 「あぁ、何でもねぇ。お前は食っちまえ……ってもうねぇのか!」 「はい……」 「食べ盛りですかね。私の分も良かったらどうぞ」 「モブリット、それは駄目だ。決まった分で終わりにしねぇと……だな……」 「はい。おなかいっぱい」 ナマエは会話の意味がわかったのか、腹を撫でて笑った。 「あぁ、ナマエは利口だな。あるもので満足出来ねぇと、どれだけ食っても足りなくなるからな」 「はい」 いつでも腹一杯食えるなら、そうしてやりたいが……食料難と言われている現状でそれは出来るとも限らねぇ。ならば、1回分はこれだけだと覚えた方が良いだろう。 ナマエの頭を撫でてやると、嬉しそうに笑う。それはずっと変わらねぇと、そう思いたい。 「モブリット、今日の予定はどうなってるんだ?」 「今日は午後から訓練がありますが、後は特に予定は無いですので、分隊長からは兵長の補佐をと言われています」 「そうか、なら午前中に書類を集めて貰えるか?」 「はい、わかりました」 食器を集めて立ち上がったモブリットを見て、ナマエは「またね?」と、首を傾げた。 「あぁ、またすぐ来るから心配するな」 「モブリット、またね!」 「はい、書類を持ってまた来ますね」 出て行くのを見ていたナマエは、そのまま暫くドアを見ていた。 もしかして…… ナマエは生まれてから部屋を出た事がねぇから、気になってるのかも知れねぇな。だが、普通にガキの姿になったとはいえ、無闇に出歩く訳には行かねぇだろう。 「ナマエ、ちょっと来てみろ」 「はい!」 「部屋の外はこんな風になっている」 「そと……?」 窓の側へ呼び、抱き上げた。 窓に両手を着いて顔を寄せるナマエの目は、忙しなく動いていた。窓ガラスに指紋が残るだろうと、普段なら気にする俺も、ナマエの目は何を見ているのだろうと外を見た。 「そのうち、連れて行ってやる」 「はい」 陽の光を映しているからか、キラキラと輝く瞳は綺麗だった。 早く……大きくなれ。 考えるとも無しに、そう思った。だが、大きく……大人になったらどうするんだ? と、己の考えに疑問を投げる。 俺は、何を期待しているのだろう? 相手はガキだ。だが、胸の内に育つ想いは何なのだろうかと、期待と不安が綯い交ぜになった俺は、いつの間にかナマエの手を掴んでいた。 『お前は俺だけのものだ……』 それに応える様に、ナマエは俺に向き直って抱き着いた。 「リヴァイといっしょがいい」 「あぁ、そうだな。お前が居ればいい」 暫くそうしていたナマエを、俺も黙って抱き締めていた。 ノックの音で腕を緩めると、ナマエがまるで大丈夫とでも言う様に俺の頬を撫でた。 「開いてるぞ」 言った瞬間、バタンとドアが大きな音を立てて開いた。 「ただいまっ! リヴァイ!」 「っ、てめぇ、報告会はどうした?」 「え? ソッコー終わらせて来たに決まってるじゃないか! ああ、ねぇ、ナマエちゃんは何処?」 キョロキョロと探している。抱いてなくて平気なのかと驚いていたが……そうか、知らねぇんだなと思うと、どんな反応をするのかと見たくもなる。 勢い良く開いたドアに驚いたナマエは、机の下に隠れていた。 「ナマエ、大丈夫だから出て来い」 「はい!」 机の下から出て来たナマエに手を出すと、飛び付いて来た。 ハンジはポカンと口を開けてその様子を見ていたが、徐々に興奮しているのだろう顔に変わっていくのがわかった。 「わ、私はハンジだよ!」 「ハンジ……?」 「そう。宜しくねっ」 俺から取り上げて、抱き締めたり振り回したりしたいという目で見ているが、そこは睨んでいる事で察しているのだろう…… 「リヴァイ……ちょっとだけ……」 「ナマエ次第だな」 ほら、と、ハンジの方へナマエを出すと、両手を出したハンジの方へナマエも手を出した。 「おいで!」 ナマエは俺を見たが、頷いてやると、ハンジの方へ移った。 「まっすぐここへ来たのか……?」 開けっ放しだったドアの外には、大きな荷物が放り出されていた。 「当たり前じゃないか! その為に早く帰って来たんだからさっ!」 「そうか……」 「ああ、やる事はきちんとやってるから大丈夫だよ」 「そんな事は当たり前だろうが……」 ナマエを抱いている様子を見ていて、俺は少し違和感を覚えた。ハンジは、卵から出て来たのが人間であるという事に、それ程驚いてねぇ様にも見える。 「お前は驚かねぇのか?」 「え? 何が?」 ナマエちゃんは可愛いねぇ! と、楽しそうにしているのも少し腹が立った。 「ナマエを見て……だ」 「あ、そこ? 私も色々考えたりしていたから、驚くより嬉しいかな」 ナマエを渡されて受け取ると、ハンジは荷物の中から何かを取り出した。 「ほら見て! お土産だよ!」 ハンジの手にあったのは、髪留めだった。 「何でそんな物にしたんだ?」 「さあ、私にもわからないんだけどね、これを見たらお土産にしようと思ったんだ」 「そうか……」 「はい、ナマエちゃん……どうぞ」 「……?」 「『ありがとう』と言って、貰っておけばいい」 困った様に俺を見たが、そっと手を出し、「ありがとう」と言って受け取った。角度を変えては、髪留めを嬉しそうに見ている。 それくらい……いくらでも買ってやる。 少々不機嫌になりかけたが、ナマエの顔を見ていると、不思議と気持ちは凪いでいく。 「ところでさ、ナマエちゃんはいつ卵から……?」 「あ? 昨日の午後だ。詳しい話はモブリットに聞いたらわかるだろうよ」 「そっか……私も見たかったなぁ……」 「そんなもん、仕方ねぇだろうが」 悔しがるハンジに、今度は口角が上がるが、誤魔化す様に、俺はナマエをソファーに下ろして髪留めを着けてやった。 見えなくなった事に不満そうにするナマエが面白かったが、鏡で見せてやれば、暫く眺めていた。 「ちょっと見ててやってくれ」 「え?」 「……用を足してくるだけだ」 「ぶはっ! 了解。我慢してたとか?」 「そうじゃねぇよ……巨人の話は無しだぞ」 「いくら私でも、それはしないって」 蹴り飛ばしてやりたいが、ナマエの前だと我慢して、俺はその場を離れた。 リヴァイがトイレに行ったあと、私はナマエちゃんの傍に寄った。 「凄く似合ってるよ。ナマエちゃんが可愛くなって、リヴァイも喜んでたね」 「かわいくなるとうれしい?」 「そりゃそうさ、リヴァイはナマエちゃんがとっても大事だからね」 嬉しそうに笑うナマエちゃんを見て、私の中の仮説が現実なのだろうと確信に変わって行った。 二人で少し話していると、ドアの開く音がした。 「リヴァイ! かわいい?」 鏡越しに見えたリヴァイに振り返ったナマエちゃんが、リヴァイに問い掛けた。私は見ない振りをしながらも、その光景を鏡越しに見ていた。 優しい顔をしたリヴァイは「あぁ」と返して頭を撫でると、持って来たトレーをテーブルに置いた。 「飲め」 見ると、ティーカップは3客。今までならば、催促してもなかなか淹れてはくれなかったなと思うと、リヴァイの変化に私も嬉しくなった。 「やった! 私の分もあるの?」 「……序(つい)でだ」 このまま、穏やかであって欲しい…… [ *前 ]|[ 次# ] [ main ]|[ TOP ] |