〜俺はナマエを離さねぇ〜


モブリットが夕飯を運んで来ると、ナマエは目を輝かせた。

「お待たせしました」

俺とナマエの前に置いて、帰ろうとするのを引き留めた。

「モブリット、一緒に食っていかねぇのか?」
「私の分は持って来ていないので、食堂に戻ります」
「ナマエには俺の分からやるから、問題ねぇ、ナマエもその方が嬉しいだろう?」
「もぶいっと……いっしょ」

ナマエの笑顔にモフリットも微笑んだ。少しでもナマエが楽しい方がいいだろう。
だが、これが他の野郎なら、追い返したんだろうと思うが、モブリットならと思う。

「ほら、口を開けろ」

小さくしたパンを口に入れてやり、スプーンにほんの少し掬ったスープを飲ませた。
楽しそうに、美味そうに食う。見ているモブリットの表情もとても優しい。

俺も、そんな顔が出来ているだろうか?

今まで、そんな事など考えた事もねぇなと思ったが、ナマエには、出来るだけ優しくしてやりたいと思っている。

ん……? 何だ?

ナマエが俺を見ているが、何を考えているんだろうと見ていると、俺の持っていたパンを千切り……立ち上がって俺の足に乗った。

「くち、あけろ」
「あ?」

声を出す為に開けた口に、ナマエがパンを入れた。

「うまい?」

どうやら、俺の真似らしいが……モブリットも笑いを堪えている。

「あぁ、ナマエ……美味しい……だ」
「おいしい?」
「あぁ、美味しかった」

俺がまたナマエに食わせると、ナマエも俺に食わせる。これじゃなかなか終わらねぇなと思いながらも、モブリットの「楽しそうですね」という言葉で、パンが無くなるまでそうしていた。

そこへ、ノックが聞こえた。

「誰だ?」
「私だ、リヴァイ」

エルヴィンか……

珍しいなと思いながらもドアを開けてやると、何やら箱を抱えていた。

「それは……何だ?」
「モブリットに聞いてな、服が要るんだろう?」
「あぁ、そうだが……」

エルヴィンは辺りを見回している。

「ナマエちゃんは何処だ?」
「……此処だ」

俺はエルヴィンに背中を向けた。立ち上がってドアを開けに行こうとしたら、引っ付いたのだ。

「ナマエ、コイツは怖くねぇよ」

エルヴィンが見えた瞬間、ぎゅっと力を入れたのがわかった。エルヴィンは声も出せずに固まった様に見えるが……どうやら、ナマエの姿や大きさに頭がついていってねぇみたいだな。

「ナマエ、コイツはエルヴィンだ」
「えるびん!」
「……!」
「話せるし、歩けるぞ」
「そ、そうか……」

取り敢えず座れと言えば、モブリットの隣に座ったが、エルヴィンの頭はモブリット程柔軟には出来てねぇらしく、まだ不思議そうにナマエを見ていた。

「服と言ったか? 何でそんなもんがあるんだ?」
「ああ、それはな、貴族から時々頂いている物だ。慈善事業の一環なんだろう……」
「子供を預かる施設に、時々届けている物ですね?」
「そんなのがあるのか。だが、貰っちまって良いのか?」
「ああ、全部は要らないだろうから、要る物を選んで、残りを持って行けばいい」

ナマエもじっとエルヴィンを見ている。まさか、エルヴィンがいいとか言い出すんじゃねぇだろうな……と、俺は心配になったが、どうやらそうではないらしい。

「えるびん……」
「何だい? ナマエちゃん」
「あー……」

顔を寄せたエルヴィンの前髪をグシャッと散らして……ナマエは引っ張った。

「こ、こら、どうしたんだ一体……?」
「ヅラだと思って、取ろうとしたんじゃねぇのか? それか、その髪型が気に入らねぇか……」

ナマエは難しい顔をして、グシャグシャになったエルヴィンの前髪を見ていた。

「髪型かも知れませんね、私も兵長も前髪は下ろしてますから、違うのが変だと思ったのかと。小さい子は眼鏡を嫌がったりもしますから」
「そうなのかな?」

エルヴィンが手で前髪を下ろしてみると、ナマエの表情が和らいだ。

「だが、ナマエ……今のは良くない。急にやったら驚くだろうが」
「はい」
「悪い事をしたら『ごめんなさい』と言うんだ」
「ごめんなさい……?」
「俺にじゃねぇよ、エルヴィンに、だ」

ナマエは困った顔をしながら、エルヴィンに言った。うまく説明出来ねぇから仕方が無いと言ってしまえばそれまでだろうが、まだ生まれたばかりだとはいえ、思ったよりも覚えも早い。なら、教えてやるまでだ。

「リヴァイが立派な父親に見えるな」
「そんなんじゃねぇよ……」

俺は父親になろうとしてるのか?

そんな事は考えても居なかった。だが、何故か父親という響きを否定する気持ちがある。ならば、俺はナマエにとってどんな存在になりたいのか?

気持ちが定まらねぇ……ナマエは俺にとって何なんだろう?

ナマエと話すエルヴィンとモブリットを見ているが、会話も何も入って来ないくらいに、俺は思考の中に埋まっていた。

「沢山食べて、早く大きくなるんだぞ」
「はい!」

ふと、そんな言葉が流れ込み、思考は中断された。だが、大きくなったら……大人になっちまったら、俺はどうなるのだろうかと、胸の奥が急激に冷える様な感覚に襲われた。

「そんな簡単にでかくはならねぇだろう……?」

溢す様に発した言葉に、皆が俺を見た。

「どうした? リヴァイ」
「兵長、きっと……心配する事は無いと思いますよ?」

不思議そうにするエルヴィンと、察してくれているモブリット。

そうだな、なるようにしかならねぇが、俺は一緒に居ると約束したんだ。

「すまねぇ、何でもねぇよ」

ナマエも俺に触れてくる。指先を握られると、流れ込んでくる……

『ずっと一緒』
『あぁ、一緒だ』

言葉にしないで答えてみた。それは伝わるみたいで、ナマエの顔が晴れやかな笑みに変わった。
どんな関係だろうが……一緒に居たいと思う気持ちがあれば良いのだと、そう思う事にする。

「さて、じゃあ私は戻るよ。服はすぐでなくても構わない、決まったら戻してくれ」
「あぁ、助かる」
「それじゃぁ、私も今日は戻ります。また明日朝食をお持ちしますね」

二人が立ち上がったが、ナマエは寂しそうには見えなかった。
教えた通り手を振って、「またね!」と元気に笑った。

「ナマエさん、また明日」

パタンとドアが閉まると、ナマエは俺に飛び付いた。
怒っている様な……少し悲しそうな顔で俺を見ている。

「……悪かった」

頭を撫でながらそう言えば、ナマエは「いっしょ」と繰り返した。

「あぁ、そうだな、ずっと一緒に居てくれるんだよな?」
「はい」

今度はまた笑った。
俺の言葉ひとつで、表情が変わる事が……可愛くて、嬉しい。

「風呂にでも入るか!」
「はい!」

何とか答えの出たところで、俺はナマエを抱いて立ち上がった。




風呂もトイレも済ませ、歯磨きも教えた。歯ブラシはでか過ぎたが……まぁ、何とか出来た様で笑っちまった。
する事もねぇし、目を擦るナマエはもう寝る時間なんだろう。

「ぃばい……」
「眠くなったか?」
「はい……」
「トイレに行きたくなったら起こせよ?」
「は……い……」

もう、半分夢の中なんだろう……俺の胸に顔を擦り付けるナマエが愛しいと思う。

明日も……一緒に……

俺も、何だかとても眠くなった。心地好い眠気など、ナマエが来る前は無かった筈だが……温かいナマエを抱える様に、俺もゆっくりと目を閉じた。




此処は……何処だ? いや、俺は知っている。

「無事に生まれたみたいね」

あぁ、思い出した。
俺は……此処でコイツに卵を貰ったんだ。

「返さねぇぞ……」
「そんな事は言っていないでしょう?」

クスクスと笑いながら、女は俺を見た。

「大事にしてくれたから、生まれたのよ。思ってたよりも早かったし……とても大事にしてくれたのね」
「忘れていたが、約束しただろうが」
「そうね。でも、忘れる様にしてあったから、覚えてなくていいのよ」
「訳がわからねぇ……」
「それでも、忘れていても大事にしてくれた。一緒に居たいと願ってくれたから、望みを叶えてあげる。大切に思えば思う程……貴方の理想通りになるわよ」
「望み? 理想……? ナマエは……アイツは何なんだ? 俺にどうしろと言うんだ?」
「あの卵は…………の、卵よ」

何て言ったんだ……?

肝心な部分が聞こえなかったじゃねぇかと思ったら、目が覚めちまった。今度は確りと覚えている。

俺は……夢の中で卵を貰ったんだ。

だが、何故そうなったのか、どんな理由で貰ったのかすら、何も思い出せなかった。

ナマエは……誰にも渡さない。

そう思って抱き締めたつもりが、何かが違う。俺は、ぼんやりと開けた目でナマエを見た。



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