〜俺のナマエは普通じゃねぇ〜


流石にもう……驚かねぇぞと思った。

まさか卵から出て来たナマエが、人間だとは思いもしなかったが、それは、驚くというよりも嬉しかった。
俺に向かって伸ばされたあの手が、俺を必要としてくれているのかと思うと……何とも言えない気持ちになった。

そして、声では無い言葉……

『ずっと……一緒。約束』

それは何よりも確かに、俺の中に染み込んだ。

何度か口元にパンを運ぶと、口を開けなくなった。満足そうに笑う顔を見て、もう要らねぇのかと訊けば、ナマエは笑った。残りを俺が食うと、モブリットは片付ける為に部屋を出て行った。

「しかし……小せぇな」

これじゃ……誰かに預ける事も出来ねぇ。どんな好奇の目に晒されるかなど、言わずと知れた事だ。

「ん? どうした?」

服を引っ張るナマエを見ると、俺をじっと見ている。

「これ、ナマエ……」

自分を指差してそう言ったあと、俺を指差し……首を捻った。

「あぁ、お前の名前はナマエだ。俺はリヴァイ……」
「ぃばい……?」
「リヴァイだが……言えねぇか?」
「ぃばい……」

言えてねぇのがわかるのか、顔をしかめて何度も繰り返すが、それすらも可愛く見えた。

「そのうち言える様になる、気にするな」
「ぃばい……」
「なんだ?」

ふにゃっと笑って、小さな手が俺の指を掴む……

『大好き』
「あぁ、俺もだ」

指から流れ込んで来た言葉に、俺はきっと笑っていたのだろうと思う。更に顔を綻ばせたナマエは、あれは何だ……これは何だと興味を示し、部屋の中の物を一通り巡った後、大きな欠伸をして、また眠った。




ナマエが寝てる間に少しでも書類を片付けちまおうと……ナマエをソファーの俺から見える位置に寝かせ、ペンを走らせる音だけが聞こえていた。

ナマエが身動ぎをする度に……手が止まる。起きたか? 落ちねぇか? 俺の心配を余所に、ナマエはスヤスヤと寝ている。

俺にしてみれば、信じられねぇ事だ。煩わしいとしか思った事がねぇ……他人と一緒に居る事が、これ程穏やかで暖かいものかと思っている自分に、口角が上がる。

「兵長、すみません……」
「どうした?」
「ハンジ分隊長が止めていた書類がありまして、それから、団長からも預かって来ました」
「クソ眼鏡……まぁ、仕方ねぇ」

今日の俺は、寛大だ。

受け取った書類を横に積んで、ナマエに近寄ったモブリットを見ていた。

「寝ちゃったんですね……」
「あぁ、腹が一杯になれば、眠くなるもんだろう?」
「そうですね……」

そう言ったモブリットが、少し首を傾げた様に見えた。

「どうか……したか?」
「気のせいかも知れませんが、ナマエさん、大きくなっていませんか?」
「……」

まさかとは思うが、何が起きても不思議じゃねぇ……

俺も近付いて、毛布を少し捲って見た。

「こりゃ……どう見ても」
「はい、タオルが小さくなっていますね。いえ、ナマエさんが大きく……」

俺達は、顔を見合わせてから、また、ナマエを見た。
全体的に、二回りくらい大きくなっている感じがする。モブリットが着せてくれたタオルの服が縮んだ様にも見えるが、そうじゃない事はわかる。

「やはり、普通じゃねぇよな……?」
「いえ、卵から生まれた場合の、普通……なのかも知れませんよ?」

モブリット、そこまでいい奴にならなくてもいいぞ……

思わずクッと笑いを漏らせば、考えを察したのか……モブリットは少し照れた様な顔をした。

「もう少し大きいタオルを着せましょうか?」
「あぁ、そうだな」

だが、バスタオルはでか過ぎる。

「兵長……タオルを切っても宜しいですか?」
「あぁ、構わねぇが……」

モブリットは顎に手を当てて考えた後、ハサミでバスタオルを切った。
豪快にど真ん中に穴を開け、そこにナマエの頭を通し、腹の辺りを緩く紐で止めた。

「すげぇな……」
「これならば、少し大きくなっても大丈夫でしょう!」
「あぁ、そうだな」

着せ替えられても、ナマエはスヤスヤと眠ったままだ。
そこでふと、このまま大きくなれば、普通の人間の大きさになるのだろうかと考えた。
そうなれば、調査の間だけでも誰かに預かって貰う事は可能だろう。逆に……大人になっても小さいままだと、俺は調査にすら行く事が出来ねぇ気がしてきた。

考え込む俺の横で、モブリットも何やら思案顔だ。

「どうした?」
「このまま、タオルという訳にも行きませんよね?」
「だろうな……」
「様子を見て、少し服を集めておいたらどうかと思いまして……」
「だが、どうやって……? 買うのは可能だが、すぐ着れなくなるなら意味がねぇよな?」
「古着……でも、大丈夫でしょうか?」
「あぁ、着れるなら文句は言わねぇ」

モブリットは、俺が潔癖症だからと……そう訊いたのかも知れねぇが、俺は綺麗に洗ってさえあれば、問題はねぇと思っている。買い与えても、数回着たら着れなくなるなら、他のものに金を掛ける方が利口だろう。

「だが、まだまだ小せぇよな」
「はい。服はまだもう少しこのままでしょうが……」

ナマエが蹴った毛布を直しながら、俺は頷いた。

「お前が居なきゃ……ナマエは毛布にくるんだままだっただろうな」

少し様子を見ていてくれと頼み、座ったままだった体をほぐしながら、俺は二人分の紅茶を淹れた。

「ところで、アイツはいつまで居ねぇんだ?」
「早ければ明後日の夜には帰ると思います。でも、疲れたの何のと……泊まれば1日延びますが、たぶん急いで帰って来ると思います」
「何故だ?」
「ナマエさんがとても気になっていた様ですので……」

卵じゃなくなっているのを見たら、さぞかし驚くでしょうね……と、モブリットは楽しそうに笑った。

そして、話題は振り出しに戻った。
何故、俺が卵を抱いていたのか……二人で考えたが、やはり答えなど見つかりはしなかった。

本当に……何故だとしか言い様がねぇ。

だが、どうでもいいとさえ思えるのは、俺が今、今までで一番、穏やかな気持ちで居るからなんだろう。

「いばい?」

起き上がったナマエが、キョロキョロと辺りを見回して探している……

「此所に居る」
「いた」
「あぁ、ずっと居たぞ?」

にばっと笑ったナマエは、次にモブリットを見た。
だが、呼ぼうと思ったが名前がわからない様だった。

「ナマエさん、私はモブリットです」
「もぶいっと?」
「はい、そうです」

にっこりと笑うモブリットだが……どうやらナマエは「り」の発音が出来ねぇらしい。面白いもんだと思った。

それでも、気にせずに話しているのを見ていて、ナマエがモゾモゾと落ち着かなくなった。

これは……まさか……?

モブリットを見ると、目で合図する様にトイレの方へと目線を動かした。

……だよな。

そっと持ち上げて連れて行き、教えたのだが……小さ過ぎて、これはひとりでやらせたら落ちるなと思った。

やはり、目を離す訳には行かねぇな……

「今度からは……トイレに行きたいと言えよ?」
「うん」
「返事は……はい、だ」
「はい」
「あぁ、良く出来たな」

頭を撫でてやると、笑う。まっすぐに見るその目が綺麗で、俺は逸らしたくなった。

それをモブリットが見ていて、余計に恥ずかしくなった。

「兵長、出来ている書類はありますか?」
「あぁ……これを頼む。もう行くのか?」
「はい、また夕食をお持ちします」
「あぁ、宜しく頼む」

会話を聞いていたのか、ナマエが俺とモブリットを交互に見た。
俺はナマエの片手を持って横に振る。

「こういう時は、手を振って……『またね』と言えばいい」
「また……ね?」
「はい、ナマエさん、また後で来ますからね」

出来た? そんな感じだろうか。不安そうに俺を見るナマエの頭を、また、撫でてやった。

育てるというのは、思ったよりも大変なんだろうな……

「仕事がしたいんだが……」

すると、ぎゅっと服を掴んでしがみ付いた。

「仕方ねぇな」
「いぱい……いっしょ」
「あぁ、少し大人しくしてろ」

抱いたまま机に向かい、足の上に座らせた。机と俺の隙間から顔を出して見ているナマエは、ペンの動きをじっと見ている様だった。

1時間程経った頃、最後の1枚を書き終わった書類に乗せると、終わったのがわかったのか……ナマエがそろりと振り向いた。

「いい子に出来たな。終わったぞ」

頭を撫でてから、柔らかな頬を摘まむと、驚いた顔をした。

「柔らけぇな……」

ナマエもやろうとしたのか、手を伸ばした。

「俺にやるのか?」

コクコクと頷いたナマエを届く高さまで持ち上げると、小さな手が頬を撫でて掴んだ。そのあと、自分の頬を同じ様に掴んだりしている。
そしてまた、俺の頬に触れた。

「どうした? 柔らかくは無かったか?」

不思議そうな顔をしたナマエに笑えば、不満そうに俺を見たが、それは俺のせいじゃねぇよ……

どうしたら、ナマエは喜ぶのだろうか?
記憶にねぇ記憶を辿るのは馬鹿らしい……街で見た事を思い出し、両手で腹を持ち、頭の上まで持ち上げてみた。

ただ、これだけの事が楽しいのか?

きゃっきゃと笑う……ナマエを見ていて、俺は立ち上がって上げたり下げたりを繰り返した。

まさか、俺がこんな事をするとはな……

「仕事は終わりだ、トレーニングに付き合え」

掴んでろよ……と、背中に乗せて腕立て伏せをした。ウエイトにもならねぇが……落とさねぇ様にとゆっくりやるのは意外といいかも知れねぇと思った。

腹筋は俺の腹の上で真似をしていたが、ベッドの上に転げ落ちて笑っていた。

「お前は見てて飽きねぇな……面白かったのか?」
「…………はい!」

こんな時は違う返事でもいいかと思ったが、覚えていた事が嬉しいと思った俺は、誉めてやった。
笑い声の響く部屋……此処が本当に俺の部屋なのかと思うくらいに、暖かい。

そのまま、モブリットが夕食を運んで来るまで、トレーニングをしながらナマエと過ごした。



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