〜俺のナマエは何なんだ?〜


毎日、寝起きはナマエを潰していないかと心配する事から始まる。寝相は悪くねぇと思うのだが、心配なもんは心配だ。こればっかりはどうにもならねぇ。

「お早う、ナマエ。今日も一緒に居ような」

……返事は無い。だが、喜んでいるのだと思う。そんな気がしてならない。

今日は書類が少ない。昨日やっちまったからな。だから、もう少し一緒に寝ていよう。

「お早う、リヴァイ!」
「なんだ、今日は早いじゃねぇか」
「これから報告会で出なきゃならないから、先に食事だけ持ってきたよ」
「あ、あぁ、そうだったか?」

ってことは、モブリットもいねぇのか?

「でね、モブリットは置いていくから、お昼とか心配要らないからね」
「お前は頭の中が読めるのか?」
「へ? そんな訳無いじゃん」
「……そうか。だが、モブリット無しで大丈夫か?」
「違う子連れて行くから大丈夫さ」
「ならいいが……」

話しながら、ハンジはちょいちょいと手で合図して、毛布を捲ってナマエを見せろと目を輝かせている。

仕方ねぇな……

そっと捲って見せてやったが、不思議そうな顔をした。

「オイ、何だ……その顔は」
「ナマエちゃん、大きくなってない?」
「あ?」
「ちょっと……いい?」
「あ、あぁ……」

ハンジがベッドの横にしゃがんで手を出したので、乗せてみたが……

「お、大きくなってる……よね?」
「……だな」

両手で包みきれないという感じだったのが、どう見ても両手で下から支えてる感じで、明らかにでかい。

「気付かなかったの?」
「あぁ……」

毎日ずっと見ていたが、わからねぇなんて……

「まぁ、子供の成長なんかも、毎日見てるとわかりにくいみたいで、たまに会うと、大きくなったなってわかるんだよね」
「……そういうものか?」
「みたいだね」

気付いてやれなかった……それはおかしくは無いと言ってくれているのか。

だが、卵は大きくなるものなのか?

思わず、俺はハンジを見た。

「普通は……大きくはならないと思う」
「そうか……」
「で、でもさ、元気に育ってるって事だと思うよ?」
「そうだな……」

そう思えば、嬉しい事だな。

「おっと、いけない……じゃぁ、行ってくるね」
「あぁ、気を付けろよ」
「はいよー!」

ハンジが走って去っていったあと、俺は食事を済ませてナマエと話していた。
と言っても、俺が話すだけなんだがな……

「お前はどんな姿なんだろうな……」

どんなだって、俺は驚かねぇぞ。

「卵から出ても、一緒だぞ」

俺を……置いて行くなよ……?

だが、一緒には居られねぇかも知れねぇ……と、覚悟ってやつもしなきゃならねぇだろうとも、頭の隅っこの方では考えている。

普通じゃねえ……俺のナマエ。何で俺は抱いていたんだろう。

あの日から、1週間経ったが……出て来る気配はまだまだねぇ様だ。




「昼食をお持ちしました」
「あぁ、すまねぇな。お前も心配だろうに……」
「分隊長の事ですね? でも、私以外でも出来ないと、私に何かあったら困りますからね、時々こうして他に任せているんですよ」
「そうか、本当に良くできた奴だな……」
「ありがとうございます」

フッと目元を緩ませたモブリットは、ナマエを見て、目を丸くした。

「お、大きく……?」
「あぁ、お前にもわかるか。俺はわからなかった」
「そうですか。極端に何かが変わる訳ではないので、目や感覚も少しずつ勝手に修正されてしまうのでしょうね」
「なるほどな。わかりやすいな」

モブリットがナマエを撫でている。

「ナマエさん、早く出て来てくださいね」
「お前も見たいか?」
「そうですね、私は……兵長の喜ぶお顔が見たいです」

……今すぐ俺の部下になれ!

「……どうかなさいましたか?」
「いや、何と言うか……悪くない」

卵の中を覗き見る方法のひとつとして、太陽の光に透かすというのがあるとモブリットが言った。
窓辺に寄って透かしてみる事にした。

持ち上げて、光に透かして見るが、よくわからねぇな……と、顔を近付けた瞬間、バキッという音と共に顔面に何かが当たった。

落とすまいと必死に持っているが……何だ? この暖かいものは……?

「へっ、兵長……あしっ、足が出てます!」
「足?」

そろりと下ろした卵からは、足が1本生えている……? いや、足が片方出てしまったといった方が正解か?

「お、おい……これは……」
「どう見ても、人間の足……ですよね?」

取り敢えず擽ってみると、引っ込めた。

「ナマエ……卵が壊れちまったぞ……オイ、大丈夫なのか?」

慌てて抱き締め、撫でる。

「モブリット……死んじまったらどうしよう……」
「兵長、落ち着いて、出ようとしているんじゃ無いでしょうか?」
「……?!」

中で動いている。

「私は一旦出ますね! また少ししたら来ます」
「な、何でだ……」
「鳥は卵から出て最初に見たものを親だと思うそうなんで、鳥ではないですが、兵長おひとりの方が良いと思いまして……」
「わ、わかった。また、来てくれ……」

出て行くモブリットに不安になったが、腕の中のナマエが動いている。

「ナマエ……出るのか? 出たいのか?」

中で暴れているのか、振動が伝わる……壊してやるべきかと考えていると、足で開けた穴から、今度は手が出て来た。

そっと指で突っつくと……きゅっと小さな手が俺の指を掴んだ。
その感触は、胸を満たし……暖かい想いが広がっていく様だった。

「ナマエ……」

『今出るから、待っててね』

声ではない、だが、確かにそう聞こえた。

「ま、待っててやる、ずっと待ってた」

何度か、中で何かが当たる様な音がして、意外とあっさり卵は割れた。

「ナマエ……?」

中から出たのは……人間の子供。妙なサイズだが……笑って、俺に向かって手を伸ばしている。

「良くできたな……」

殻を割れた事を、誉めてやった。
ゆっくりと抱き上げ、小さな顔に頬を寄せると、ナマエも、両手で俺の顔を掴んで擦り寄せた。

……なんて可愛いんだ。

そっと胸に抱えるが、卵から出たばかりだ……当然何も着ていない。
慌てて毛布でくるんでやったが、どうしていいかわからねぇ……抱いたまま見ていると、ナマエは寝ちまった。

まさか、人間が出て来るとは……俺も思ってはいなかった。俺は……恋愛というものもせずに、父親になっちまったということだろうか?
だが、髪の色も瞳の色も俺とは違う。俺が生んだ訳じゃねぇのか?




足が……見えた。間違いなく人間の足だった……

兵長の部屋を出た私は、一旦食堂へ戻り、調理をする女性達の所へ行った。

「あれ、どうしたのよ、もしかして食べ損ねたの?」

昼の時間は終わっていて、洗い物もほぼ終わっていた。

「大丈夫です、ちゃんと頂きました。実は、お願いがありまして……」

調理場の女性は皆、母親である。服の代わりになる物や、やり方などを教えてくれと頼んだ。

「一番簡単なのは、ほら、こうしてタオルでくるんで止めてやるといいよ」
「ああ、それは良いですね!」
「なんだい? 子供でも生まれたのかい?」
「いえ、私はまだ独身ですから……知り合いのところで生まれたので、参考までに……」

熱心だねえ……と、笑いながら、困ったらいつでもおいでと笑ってくれた。

「ありがとうございました」

私は早速、新しいタオルを数枚持って兵長のところへ向かった。




小さなノックに返事をすると、モブリットが戻って来た。

「遅かったな……あ、いや、戻って来てくれて助かる」
「すみません、ちょっと知恵をお借りしに行ってたので……」
「それは……タオルか?」
「はい。ナマエさんの着る物をと思いまして」
「あぁ、助かる……」

本当にどうしてこうも……痒いところに手が届くというのか、先の読める奴なんだろうか。

そっと寝ているナマエを毛布から出すと、モブリットは手早くタオルを着せて紐を結んだ。

「どうでしょう……?」
「あぁ、ちょうど良いみてぇだな」
「少しなら、大きさの調節も出来るでしょうし、きっと服を用意してもすぐに着れなくなってしまう気がして……」
「あぁ、それに、こんな小せぇのは無いだろう?」
「恐らく……」

赤ん坊よりも小せぇが、見た感じはもう少し育っている様にも見える。
本当に……どうなってるんだ?

だが、俺は約束したんだ。ずっと一緒だと……だから、俺はそれを実行するのみだ。

なぁ、ナマエ……ずっと一緒に居てくれるよな?

指で頬を撫でると、パチリと目を開け、俺の指を掴んだ。

『ずっと……一緒。約束』

また……聞こえた声に、俺も声を出さずに頷いた。
それに答える様にナマエは笑顔を見せたが、腹が減っているらしく、手を腹に当てて俺を見た。

「腹減ったのか……」

モブリットを見たが、やはり考えている様子だった。
普通に生まれたばかりならば、ミルクだろう。だが、大きさは別として、ナマエの見た目は赤ん坊というよりは、3歳くらいの感じであった。

「どうなんだろう……」
「困りましたね……」
「やはり、ミルクだろうか?」
「あっ!」
「な、なんだ?」
「兵長、ナマエさん、歯はありますか?」
「んなもん、有るだろう?」
「生まれたばかりは……まだ生えてないんですよ」
「……?!」

知らなかった……

俺は口を開けろとナマエに言うと、素直に口を開けて見せた。

「あるな……」
「ありますね……」
「それがどうしたんだ?」

歯が生える頃から、赤ん坊は食べ物を食べられる様になるのだと、モブリットは説明してくれた。

「なら、ナマエはもう食えるって事か?」
「理論上では……ですが……」

俺はそこで、持って来て貰った昼飯をまだ食ってねぇ事を思い出した。

「パン……食ってみるか……?」

ナマエはキョトンとした顔で、不思議そうに俺を見て……立ち上がった。

「た、立てるのか?」

足元の悪いベッドのせいか、ふらついたのを捕まえたが、平らな所なら立てそうな感じだ。
身長30センチくらいだが……小さいだけで、普通のガキに見えた。

「はら、へった」
「……俺の真似か?」
「話せるんですね……」

驚く事も忘れ、お前は女だと注意している俺を見て、モブリットが笑った。

小さくしたパンを口元に持って行くと、小さな口をこれでもかと開けて頬張った。

「ほら、溢すな……口は閉じるもんだ」

コクコクと頷いて、口を閉じたナマエの頭を撫でてやる。
そこで漸く俺は、少し気が抜けた。



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