俺が? 俺の? 俺は……
〜俺が自室に引きこもった訳〜


ある朝……俺は卵を生んだ。


正確には、生んだかどうかなんてわからねぇ。そもそも、仮に生んだのであれば、俺は人では無いという事になるだろう……しかも、男ではないということになっちまう。更に言えば、服は確り着ていた。

だいいち、どこから生むんだよ……

俺が思っている、俺という存在の認識すら揺らいじまう出来事だ。
だが、目覚めた俺の傍らには……小さな卵が一緒に寝ていた。いや、抱いていたと言うべきだろう。この事実は覆らねぇ。

冷えたらまずいんじゃねぇか?

咄嗟に俺は抱え直し、仄かに温かいそれを温めようと頑張った。

たまたま、今日は休日だ。1日温めていてやれるな……と、俺の卵の事ばかり考えているあたりで、やはり、俺が生んだんじゃないかとさえ思える。

俺の……卵……?

鶏の卵よりはでかい。
……他も考えたが、結論から言えば、知らねぇ。

人間が卵から生まれねぇ事くらいは俺だって知っている。では、これは何が生まれるのか……?

誰かの悪戯だろうかとも思ったが、そこまで悠長に寝ていられる俺ではない。

「……生まれりゃわかるだろう」

考えられる事は考え尽くしたと判断した俺は、早々に全てを放棄した。




翌日、寝ている間に卵を潰してしまったりしていないかと、そろりと体を起こした。

……無事だ!

訓練に行くために着替えようとして、俺は将と気が付いた。

俺が訓練に行っちまったら……誰が温めるんだ?

慌ててベッドに戻って卵を抱いた。だが、そうすると……訓練には出られねぇ。

これは、仮病ってヤツがいいかも知れねぇ……

誰かが起こしに来るまで、取り敢えずこうしていて、飯も……運んで貰えるかも知れねぇ。昨日はたまたまあった菓子で食い繋いだが、流石に腹が減ってきた俺は、そんな計画を練ってみた。

朝食の時間が終わり、訓練開始までもう少し……俺はただ、じっと誰かが来るのを待っていた。

……誰も来ねぇな。

訓練はとうに始まっているが、俺が居ない事に……誰も気付かねぇというのか?
だが、卵から離れるという選択肢はねぇ。俺はひたすら待っていた。

やることも無く、暇な俺は……卵に名前を付けてやる事にした。
だが、これはどうだと思う名前は、うろ覚えではあるが、殆どが娼婦や水商売の女と同じ名前だった。

何かねぇのか……?

俺は卵を撫でながら訊いてみた。卵が名前を気に入らなきゃ意味がねぇからな。

「お前はどんな名前がいいんだ?」

……答える訳が無い。
だが、不思議な事に全く思い付きもしねぇ様な名前が頭に浮かんだ。

ナマエ……? お前はそれがいいのか?

触れている卵が、喜んでいる気がした。

そうか……

「お前の名前はナマエだ」

俺も何だか嬉しくなった。
そこで、俺のデリカシーの無い腹が文句を言った。可愛いげの無い音に眉間に皺を寄せるも……昨日から飯を食ってねぇ。地下に居る頃はそんな事は日常茶飯事だった筈だが、規則的に食う様になったら、それが当たり前になっちまうもんなんだな。

「ナマエ……お前は腹は減らねぇのか?」

……相手は卵……だ。口もねぇ、腹が減る以前に食えねぇだろう。流石にそれには俺も恥ずかしくなった。

しかし、誰も来ねぇな……

段々と不安になってきた俺は、大事な事を思い出した。
昨日から、班員のうち半分が調査後の休暇を取っていて、残りは今日は訓練兵団に指導に行っている。

……来る訳がねぇじゃねぇか。

愕然とした俺は、危うくナマエを落としそうになり、慌てて抱き締めた。
忘れられた訳じゃなかったが、これはかなりの危機的状況とも言える。

だが、そこに救いとも言えるノックが聞こえた。しかし、顔を覗かせたのは……ハンジだった。

「リヴァイがどこにも居ないからさ、探しに来たんだけど……何してんのさ?」
「……サボリ……だ」
「へ?」

コイツにバレたらとんでもねぇ事になる。だが、いや待てよ……?

「なぁ、次の調査で巨人捕まえるの手伝ってやるから、俺の頼みを聞いてくれねぇか?」
「え? マジ? なんだって聞いちゃうよ!」
「何か……食い物持ってきてくれねぇか? 話はその後だ」
「オッケー! ちょーっと待っててねぇ!」

こんな時のハンジは素早い。書類を書けと言えば、時間の流れ方が違うかと思うくらいに遅いんだがな……

10分掛からずにハンジは戻って来た。変な物を持って来られるかも知れないとも思っていたが、予想は良い方に裏切られ、スープとパンに果物まで付いていた。

「豪華だな……」
「まぁね、巨人のためならねっ。んで、どんな事なんだい?」

俺は取り敢えず食事を腹に詰め込みながら、ハンジにナマエを見せた。

「卵……?」
「あぁ、俺が生んだ…………かも知れねぇ」
「え……それ、どんな冗談?」
「いや、事実だ。昨日起きたら抱いていた」

もっと身を乗り出すかと思ったが、意外にも冷静にナマエを見ている。

「因みに、名前はナマエだ」
「リヴァイ……救護室行こうか……」
「俺はまともだ」
「……」

困った顔をしたハンジに、俺もどうして良いかわからなくなった。
だが、「ちょっと見せて」と言われ、ナマエをハンジの手に乗せた。

「この卵……」
「ナマエだ」
「あ、ああ、ナマエちゃん……大きいよね……」
「そうか?」
「うん。鳥でも、この大きさは無いと思うんだ」

両手で包みきれない大きさはある。鶏の卵程であれば、ポケットに忍ばせて食事くらいは行けたのだが、そう出来ない理由でもあった。

「それで、私に何をして欲しいの?」
「ナマエが孵るまで、俺が部屋を出ないで済む様にしてもらいてぇんだが……」
「うえぇ?」
「変な声出すな、ナマエがビックリするだろうが……」
「あ……ははっ、そりゃ悪かったね。でもさ、それは私にどうしろって言うのさ……」
「書類を此処へ届けてくれ。訓練は……預かって貰うしかねぇだろうが……」
「んー、エルヴィンにも相談してみたらどうかな?」

それは思い付かなかった……そうか、調査には行かねぇぞと脅す位すれば、通るかも知れねぇな……

「……エルヴィンにも話してみよう」
「すぐに呼んで来るよ!」
「あぁ、頼む……」

だが、仕事に支障を来すのは……本意じゃねぇ。それでも俺は……ナマエを育ててやりたいと思った。




「……事情はわかった」
「あぁ、生んじまったんなら、俺は責任を果たしたいんだ」
「責任……か。調査も書類も……ちゃんとやるというなら、訓練はなんとかなるだろう」

最初は暫く言葉を失ったままだったエルヴィンだったが、人間性がどうとか、情がどうのとブツブツと呟いたかと思ったら、表情が和らいだ。

「ところで、そのたま……ナマエちゃんはいつ孵るんだろうか?」
「……俺が知るか」
「鶏で20日位で、黒鳥は40日位掛かるけど、参考になるのかなぁ?」
「そんなに掛かるのか……?」
「え? リヴァイはどれ位だと思ってたの?」
「10日あれば大丈夫じゃねえかと思ってたんだが……」
「何でそう思ったの?」
「ただの勘だ……」

何故、そう思ったんだろうか……?

呆れた様な二人から、俺は少し横を向いた。

「しっかし、何が生まれるんだろう?」
「見た事も無い大きさだな」
「……何でもいい、元気ならな」

俺はナマエを撫でながら、そう言った。

何でもいい、俺が大事にしてやる。
このままずっと、俺が温めてやれる許可も出た。今はただ……お前が卵から出て来るのを楽しみにしている。

「ナマエ……早く出て来い」

抱き締めて、そっとそっと俺は撫でた。

その姿を、エルヴィンとハンジが優しく微笑みながら見ていた事など……気付かぬ程、俺はナマエに夢中だった。




翌日から、仕事場を自室に移し……俺はナマエを抱いたまま書類を書き、食事をし、眠った。
風呂とトイレは流石に連れては行かなかったが、あとは離れる事も無く、抱いたままで出来る筋トレも忘れずにやった。

「兵長、書類を届けに参りました!」

ハンジが来れない時は、モブリットに頼むと言われていた。

「あぁ、すまねぇな……」
「いいえ、私もナマエさんを見せて頂きたいと思いまして」

モブリットは、本当に良くできた奴だと思う。ただの1度も、俺を怒らせる様な事は言った事がない。自分でもかなり……沸点は低いと自覚しているが、言葉の選び方から違うのだと感じる。

「あぁ……」

俺は羽織っていた毛布をめくり、腹に抱えたナマエをモブリットに持たせてやった。

「へ、兵長、いいんですか?」
「お前なら、間違っても落とさねぇだろうからな」

渡すと、優しい顔でナマエを見ている。何故か俺は嬉しくなった。

「ありがとうございます。うわ、温かい……白くてつやつやしていて……思ったよりも大きいんですね」
「あぁ、可愛いだろう?」
「はい、とても。兵長が離れたくない気持ちが少しわかります」
「そ、そうか?」
「ご心配でしょうから、お返しします。ありがとうございました」
「あぁ、また……来てくれ」

今すぐ俺の所に配置替えしてもらえ……と、言いたくなる。たが、モブリットが居るからハンジが分隊長で居られるのも理解している。

モブリットが出て行くと、俺はまた、落ち着いて書類を書いた。



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