共に願う結末 2


あの男だ……

忘れる筈の無い、その姿に私は殺意を催した。

訓練の視察に来た、調査兵団の兵士長……?
リヴァイ……あの男は……人殺しだ。

でも、生きていた。
私はその事に一瞬だけ喜んだ。死んでいたならば、手間が省けたと喜ぶのはわかるけれど、生きていた事を喜んだ事には驚いて、 腹が立った。

対人格闘は退屈だった。地下街の皆の方が全然強い。得る物はあるけれど、強くなれたかは疑問でしかなかった。

手本を見せるという事で、私はこの男がどれくらい強いのかと、真剣に見ていた。

相手が女性だから、手加減して見れないかとも思ったけれど、相手の女性もとても強いのがわかった。それでも、あの男の敵にはならないくらい弱く見えた。

今の私でも、あの分隊長すら倒せないだろう……

動きの速さも、私には見えなかった。教官の「そこまで」という声が、何故にあのタイミングだったのか……それすら、止まった足を見て気付いた。教官には、あの男の動きが見えて……いや、読めていたという事だ。

悔しいと思った。何年も頑張って来た筈なのに……実力では足許にも及ばない事は明白で、でも、それよりも何よりも、地下街に居た頃からそうだったけれど、あの男は私を見ようとしない。気付いてもいない、もう、お兄ちゃんの事など……私の事など、覚えている筈も無いのだろうと思うと、胸が苦しくなった。

いつか……この手で……

帰ろうとする背中に、ありったけの思いを突き刺してやった。でも、気付く事もないのだろう。本当は、ナイフを突き刺してやりたい。でも、反撃されて終わりだろう……私はまた訓練に励みながら、でも、見失った筈のその背中を見つけたからには、逃がさないと再度誓った。

「お兄ちゃん……」

私は、地下街(あんな場所)でも幸せだった日々の夢を……久し振りに見た。




視察を終えて戻った俺は、ベッドに横になって……思い出していた。

生きて……いてくれたんだな……

漠然としか無かったものが、確信にかわると、気持ちも凪いだ。そして、欲も沸き上がる。

"その時"を思う俺は、異常な興奮を覚える事が度々あった。特に、今日の様にあの視線に貫かれ、気配に包まれた夜には……

躊躇いも戸惑いもなく、昂るそこへ手を持っていく。

俺は……狂っているのだろう……

まるで痛め付ける様に、嬲る様に動く……サディスティックな手の動きに反して、てめぇの最期を想像して興奮している俺は、どれだけマゾヒストなんだろうと自嘲する。

「っは……っ、ナマエ……」

まるで、届かねぇ想いを打ち明けるかの様に……思いっきり吐き出し、恍惚感を味わった。
だが、その後には逃れ様の無い孤独感に襲われるのだ。

だが、きっともうじき……終わる。

目を閉じると、底無しの闇を覗き込んだ様な恐怖にも似た感覚が包む。二度と光を見る事は無いのかも知れねぇと思うが、必ず目覚める事も知っている。

ゆっくりと呑み込まれていく……沈んでいく……それが俺の眠り。




目覚めた俺は、まだ生きている……と、安堵する様になった。
ナマエと出会う前までは、また目覚めたのかと溜め息を吐いていたのだ。

訓練兵団の視察から半年、新兵がそれぞれの兵団へと入った。
名簿を見た俺は、やはり来たなと胸が高鳴った。

すぐ傍に……ナマエが居る。

今まで生きて来た中で、最高に気分が良いのではないかと思う。
敢えて、顔を知りたいとは思わなかった。知ってしまえば、要らぬ期待をする事がわかっていたからだ。見かける度に……「まだか」と訊きたくなっちまうだろう。

だが、そんな俺の思惑など知らねぇ運命とやらは……薄情なもんで、予想よりも早くナマエの顔を知る事となった。

「オイ、クソ眼鏡……てめぇの出したこの書類は何だ!」
「えー? ちゃんと書いたよ」
「誤字に計算ミス……新兵の方がまだまともだ」

蹴りを食らわしてやろうと思ったが、奥の部屋から出て来た新兵に気を取られた俺は、タイミングを外した。

美しい獣……そんなイメージだろうか、大人しそうに見えて、とても強い瞳に言葉が出無かった。

「リヴァイにしちゃ珍しいね、ナマエちゃん綺麗だから惚れちゃった〜?」

ナマエ……? お前が……

「……かも知れねぇな」

フッと笑った俺を見て、ハンジは持っていたカップを落とした。
ナマエはといえば、俺に知られていないと思っているのだろう……柔らかい微笑みを向けていた。

「リヴァイが……?」
「冗談に乗ってやっただけだ、ったく汚ねぇな……」
「あ、はは、そうだよね……でも、悪くないと思うけどね」

ハンジの言葉のあと、部屋の温度が変わるくらいの殺気が俺を包んだ。視界の隅のナマエは、輪郭が揺らぐ程の殺気を発している。俺は……それだけでイっちまいそうな程の感覚に抗いながらも、顔には出さずにハンジを見た。

気付かねぇ訳はねぇよな……?

だが、俺の視線に気付いたのか、ハンジは『全く気付いていません』といった風に、ナマエに箒と塵取りを持って来てくれと頼んだ。

表情はずっと優しく微笑んだままだったナマエだが、「はい」と笑顔で取りに行った。

「リヴァイ……」
「何も訊くな」

俺にも、ナマエにも、何も訊くな。知らなくていい……

そのまま俺は、黙って部屋を出た。ナマエはきっと俺もハンジも気付いてるとは……思ってもいないだろう。だが、それでいい。
俺はずっと……気付かない振りをしてきた。
油断していると、忘れちまっていると思わせておけば、襲いやすいだろう。

その夜も、俺はひとりで被虐の快楽に酔っていた。だが、今までシルエットでしか無かったナマエの姿は、昼間見たものになっていて、至近距離で向けられた感情も相俟って更なる快楽へと導いた。




調査兵団に来て3ヶ月、初めての壁外調査も生き残った。あまり馴れ合いはしなかったけれど、同期が減った。けれども……あの男は傷ひとつ無く生きている。
何年も調査に出ている筈なのに、生きている。

私は敵を討っても、あの男と同じ犯罪者になる。地下街のゴロツキじゃない……兵団の幹部を殺したとなれば、私の命も無いだろう。その前に、刺し違える事すら出来ないかも知れない。

あまり時間を掛けても良くないよね……

壁外調査の後に貰った休暇で、私は久し振りに地下街の……兄の仲間の所へ顔を出した。
どちらに転んでも、もう……会う事も出来ないだろう。

帰った私は、あの男の部屋にドアの隙間から手紙を入れた。




自室に戻って来た俺は部屋に入ろうとして、何かを踏みそうになった。

手紙……?

手を伸ばしながら、見てもいないそれはナマエからだろうと思った。

『今夜12時、この建物の屋上に来て下さい』

名前も無い……だが、間違い無い。
時計を見れば、10時を指している。

最後の風呂でも入るか……

落ち着いている。怖い事は無い……寧ろ嬉しくて手が震える。何年待ったかすら定かじゃない。だが、それすら意味を持たなくなる……あと2時間弱、そこで俺という人間の一生は終わる。

風呂から出た俺は、ゆっくりと紅茶を飲み、机の引き出しから1通の手紙を取り出し、机の上に置いた。

「少し早いが……行くか……」

部屋の鍵は閉めずに置いてきた。階段を昇りながら……絞首台へと向かう様な気分になったが、こんなに晴れやかな気分で昇った奴はきっと居ないだろうと笑った。

屋上のドアを出ると、意外と広いそこの、一番遠いところに人影があった。
遠いからだろうが、小さなその影はまるで……あの日の少女の様にも見えた。

屋上の何も無い……真ん中辺りまで進んで、俺は止まった。逃げも隠れも出来ない場所だ。

「呼び出したのはお前か? こんな時間に何の用だ」

……返事は無い。だが、俺が丸腰である事は伝わっただろうか。
ゆらり……影が動いた。近付いて来るその姿はまだよく見えない。

少し先で動きが止まった。その時……カーテンを引く様に、月明かりが地上を撫でて行き、光に浮かび上がった姿はナマエで間違いなかった。

間合いを詰める様に1歩ずつ近寄る。一瞬放たれた殺気と視線に……俺は咄嗟に身構えちまった。
だが、それらはすぐに俺を解放して隠された。

何故だ……?

だが、走り出したナマエに、俺は腕を下ろし……早く来いと目を閉じた。

まるで……スローモーションだった。近付く姿が上から見えなくなっていき、すべてが閉ざされた直後に……

俺は……抱き締められた。

「嘘つきっ!」

最期に聞くのはどんな言葉だろうと想像していたが、まさか「嘘つき」とはな……

と、考えている自分に疑問を持った。
痛みは無く、自分の足で立っている。
ぶつかった感触もあるが、胸や腹、背中にある温もりは何だろうか?

目を開け……やや下を見ると、ナマエの泣き顔が見えた。

「間違って……こ、殺しちゃうとこだったじゃない……」

いや、俺は……そのつもりだったんだが……

嘘つき……間違って……?
そこで漸く、俺がナマエの兄を殺した訳じゃ無い事を思い出した。

「……すまねぇ」
「な……んで……」
「俺にも……わからねぇんだ」

あの日から、ずっと……俺は何故お前に背中を向け続けていたのか……

「全部……聞いた。ただ、通り掛かっただけで、お兄ちゃんを受け止めてくれただけ……だったって……」
「あぁ……そうだったかも知れねぇな……」
「敵対していたグループも、次々と壊滅したって……」
「……」
「ずっと……守ってくれてたのに」

あぁ……そうだ。敵を討つ前に、死なれちゃたまんねぇからな。

「お兄ちゃんの敵を討つんだって……ずっと思ってた」
「なら、そうすればいいだけだ」
「人違いなのに?」
「何で……知っちまったんだ……」

生きている意味すら……もう無くなっちまった。俺はどうすればいいのだろうか?

ナマエの腕をほどき、俺はふらりと……出て来たドアへと向かった。

どこをどう通って戻ったかもわからねぇまま、ベッドに倒れ込んだ俺は……そのまま……もう、目覚めたくないと願いながら沈んでいった。



[ *前 ]|[ 次# ]

[ main ]|[ TOP ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -