翌朝、どうしようと迷っているナマエは、ぼんやり歩いていて壁……ではなくミケにぶつかった。 「どうした……考え事か?」 「おはようございます……朝からすみません」 「いや、痛くなかったか?」 「大丈夫です」 鼻を撫でているナマエを見て苦笑していたミケが、少し屈んで匂いを嗅いでいる。 「明日は空いているか?」 「あ、明日は……」 そこで始業の鐘が鳴ってしまい、後でお返事します……と、ナマエは走り去った。 (何か……あるのだろうか?) 背中を見送るミケは、今までの様子から付き合っている奴が居ない事は知っている。だが、嫌な感じがする……と、足取りも重く執務室へと向かった。 午後は訓練で、想像通りのハードなメニューにバテたヴェラを連れ、ナマエは装備を片付けていた。 「つ、疲れた……ナマエはよく平気だね」 「んー、前の班もここまでじゃないけどハードだったからかな……」 「こりゃ、頑張らないと……」 「そうだね、頑張らなきゃね」 「頑張ると言えばさ、兵長に返事はしたの?」 サーっと顔色を変えたナマエに、ヴェラはまだかと微笑んだ。 「それがね……」 ナマエは今朝の出来事をヴェラに話し、どうしようと頭を抱えている。 「まさか、ミケ分隊長までとはね……」 「ど、どうしよう……先に誘ってもらったから、兵長と行くべき?」 「へ? それ違うと思うよ?」 「え……どうして?」 ダメだこりゃ……と、ヴェラはナマエに説明を始めた。 どちらもナマエに想いを寄せているとしたら、明日は誕生日だから……プレゼントと一緒に告白しようと考えているかも知れない。そこで、順番だからと兵長を選べば、当然ミケは振られたと思うだろう。逆も然りである。 「どちらが好きか……って言ってもまだわからないでしょう?」 「……わからない」 「じゃあさ、どっちが気になるかな?」 「ん〜」 そのまま考え込んでしまったナマエに、ヴェラはニヤニヤと笑って……周りには誰も居ないのに、ナマエの耳に顔を寄せて小さく囁いた。 「……?!」 真っ赤になって口元を押さえたナマエは、大きく開いたままの目でヴェラを見た。 「まあ……それで考えたら、何となくわからない?」 頷いたナマエは、そのまま少し考えている様だったけれど、「一緒に来て」と言って歩き出した。 ナマエはどちらの元へ行くのかと、ヴェラもドキドキしながら歩いた。先に向かったのは、ミケの執務室だった。 「失礼します……」 ヴェラを通路に残し、ナマエは中へと入った。 困った顔で見たナマエに、ミケも答えが想像出来たのだろう。引き出しから包みを出して手渡した。 「明日渡そうと思ったんだが、どうやらそれは無理みたいだな」 「す、すみません……あの……」 「ナマエの為に買った。要らないなら捨てるしかない。使う使わないはお前の勝手だ……こういう時は黙って貰っておけばいい」 頭を撫でている大きな手に、やはりミケは恋人というものよりも、兄みたいだとナマエは思った。 「……ありがとうございます」 パタパタと部屋を出たナマエは、そのままヴェラを引き摺り、今度はリヴァイの執務室を目指した。 「入れ!」 ノックに応えた声に、ナマエはドキドキした。入るのを躊躇した様子の背中をヴェラがトントンと叩くと……頷いてドアを開けた。 「失礼します……」 「あぁ、昨日の返事をしに来たのか?」 「はい」 ゆっくりと立ち上がったリヴァイを見て……ナマエはさっきのヴェラの言葉を思い出した。 『誰とキスしたり……最後までシたいと思う……?』 本人を目の前にして、想像してしまい……急に恥ずかしくなったナマエは下を向いてしまった。 それを見たリヴァイは……近寄るのをやめた。 「断りに……来たのか……?」 なんと、悲しそうな弱々しい声なのだろう。これが本当にリヴァイの声かと思う様な声を聞いて、ナマエは慌てて顔を上げて首を振った。 「ち、違います……」 「……それは何だ?」 ミケに貰ったプレゼントを持ったままだった左手を見て、ナマエは咄嗟に後ろに隠してしまった。 「あ、あの……」 「誰かに貰ったんだろう?」 「はい」 「もしかして、俺が先に誘ったからとか考えてるなら……断って構わねぇんだぞ」 諦めた様に薄く笑いを浮かべた顔に、ナマエの胸がズキンと痛んだ。 「違います。お断りしたけれど、これは受け取って欲しいと言われて……その……すみません」 「なら……明日は……」 「一緒にお食事に行きたいです」 一瞬、見開いたリヴァイの目が……ゆっくりと細められて、「あぁ、行こう」と穏やかな顔を見せた。 (兵長が……好き……) ヴェラや他の同期と一緒に見ていた。憧れていただけで、最初から諦めていて気付かなかった。ナマエは自分の想いの変化に戸惑ったけれど、速い鼓動が心地好くも感じた。 一夜明け、リヴァイは清々しい朝だとカーテンを開けた。朝の掃除も気分良くこなし、朝食も皆といつもより美味いと感じながら食べた。 それとは対照的に、沈んだ様子のミケはと言えば……「一体どいつが」と、食堂に居る男を見ていた。 もっと早く行動していたら違ったかも知れない。けれども、結果は変わらない。不毛だと鼻で笑ったミケは、ひとり寂しく食堂を後にした。 書類も滞り無く済ませたリヴァイは、昨日返事を聞いてから買いに行ったプレゼントの包みを眺めていた。 こんな事は初めてなリヴァイにとって、これは結構緊張する様で……何度も掌の汗を拭ったり、包みを仕舞ったり出したりと落ち着かない。 終業の鐘と共に執務室を飛び出したリヴァイは、自室に入り……そのまま浴室に駆け込んだ。 (上手く言えるだろうか……) シャワーを頭から浴びながら、落ち着けと繰り返す。 (誰かは知らねぇが、断ったからといって俺が好きだとは限らねぇ……そいつよりは興味があったというだけかも知れねぇしな……) 思ったよりも時間が掛かっちまった……と、リヴァイは慌てて将と気が付いた。 「時間も場所も決めてねぇ……」 更に焦ったリヴァイだが、そんな時に限ってなかなかボタンが掛けられない。舌打ちしながらも、なんとか掛け終えた。 (部屋に迎えに行けばいいのか……?) 部屋を出たリヴァイは、ナマエの部屋の方へと急いだ。 ナマエはといえば、同じく時間を聞いていなかったと部屋を出て……呆けていた。 (どこに行けばいいの……?) 親睦会で、気になると言っていた相手と飲みに行くためにヴェラがドアを開けると、何かにぶつかった。 「ナマエ……? 何やってるのよ」 「場所も時間も聞いてなかった……」 表情も無い顔で振り向いたナマエに思わず大笑いしたヴェラだったが、「此処に居ればきっと来てくれるよ……」そう言って歩いて行ってしまった。 通路の角を曲がろうとしたリヴァイは、ヴェラとぶつかりそうになったが、「待ってますよ」と笑ったのを見て、頷いて走った。 「ま、待たせたな……」 軽く息を弾ませたリヴァイに、ナマエは何を思ったのか……抱き着いた。驚いたリヴァイは小さく万歳した格好になったが、そろりと腕を背中に回した。 「悪かった、何も決めていなかったな……」 落ち着かせようとしているのか、リヴァイの手はナマエの背中を優しく撫でている。 漸く腕を緩めたナマエだったが、安心して抱き着いてしまった事が恥ずかしくて、今度は顔も上げられない。 「食事に……行こう、な?」 「はい……」 やっと離れたが、まだ下を向いたままのナマエの手をそっと掴んだリヴァイが歩き出した。 (今のは、期待してもいいのか……?) 初デートであるが、二人とも頭の中でアレコレ考えていて、周りが見えていない。まるで10代の様な初々しい姿を、微笑んで見ている兵士達にも気付かない。 門の近くに居たミケの姿も、二人には見えていなかった。 (……相手はリヴァイだったのか) 面白くない……と、ミケは足元の小石を蹴ったのだが、直後に「痛い」と声がした方を見ると、額を押さえて座り込む女性兵の姿があった。 (まさか……今の石か?) 慌てて駆け寄った。 「大丈夫か……?」 「何か飛んで来て……すみません」 「いや、悪いのは俺だ」 「み、ミケ分隊長?」 押さえていた手を外させて見ると、傷になっている。 これはまずいと思ったミケは、声を掛ける事も忘れて抱き上げた。 「きゃっ!」 驚いて声を上げても、ミケはそれどころじゃないと救護室へ走った。 腕の中で真っ赤になって見つめている事にも……気付かずに。 そして、傷心の彼を癒してくれる相手になるとは……まだ知らない。 一方のリヴァイとナマエは…… 門を出た辺りでリヴァイが立ち止まった。ナマエが不思議そうに顔を上げ、やっとお互いにまともに顔を見る事が出来た。 「何か……食いたいものはあるか?」 「な、何でも構いません……」 「……」 「どうかしましたか?」 「いや、訊き方を間違えたな。嫌いなものや食えないものはあるか?」 「特に無いです」 その答えに納得した様なリヴァイは、スッとナマエの前に手を出した。 (手を……繋げばいいのかしら……?) そっと触れたナマエの手の感触に、リヴァイはキュッと握った。 「行くか……」 ナマエのペースに合わせて歩くリヴァイは、とても嬉しそうだった。見た目は……変わらないのだが。 食事は、会話も思った程多くは無かったが、それでも、二人は満足そうだ。 「誕生日なんだろう?」 「はい……」 「……プレゼントだ」 そっと差し出した包みを、ナマエは両手て受け取り……嬉しそうに笑った。 「誕生日……おめでとう」 「あ、ありがとうございます!」 更に綻ばせたナマエの笑顔に、リヴァイは見惚れていた。 (喜んでくれたみたいだな……) ホッとしている場合では無い。この後は……告白だ。だが、なかなか言葉が出ない。間が持たなくなり、取り敢えず店を出た二人は、ゆっくりと歩いていた。 「ナマエ……」 「はい、何でしょう?」 「……」 「……?」 呼ばれたけれど、何も言わないリヴァイの言葉を……ナマエは待った。何か言いたそうではあるけれど言葉を発しないリヴァイが気になって見ていて、ヴェラが言っていた事を思い出した。 『プレゼントと一緒に告白』 (ま、まさか、本当に……?) そう思いながら、ナマエは繋いでいた手をぎゅっと握って立ち止まった。 「私っ……ずっと憧れて、素敵だなって見ていたんです。でも、絶対にこんな事無いだろう……って、最初から諦めていました」 「……?」 「でも、言っても良いですか?」 「っ、待て、俺に先に言わせろ」 「……?」 「お前が好きだ……俺と……」 「狡いです、わ、私も兵長が好きです!」 互いに言葉を遮って…… 顔を見合わせて笑った。 (……先に好きだと言ったら、狡いのか?) クッと笑いを溢したリヴァイは、お前は可愛い過ぎる、と……抱き締めた。 次の争奪戦では、きっと離れてしまう……けれども、想いは離してやらねぇと誓ったリヴァイは、髪にそっと口付けた。 腕の中のナマエは、言ってから恥ずかしくなり、真っ赤になっていた。 (このあと……どうしたら良いのかな……) 「離れねぇと……このまま持って帰るぞ」 見透かされた様な言葉に、ナマエはバッと……背中に回していた手を離した。 「なんだ……残念だな」 「えっ?」 離しちゃいけなかったのかと慌てるナマエを見て、リヴァイはまた、笑いを溢した。 「……?」 「明日は訓練だ、部屋まで送る」 「はい」 無言で歩いたが、手は確りと繋いでいた。 部屋の前で、リヴァイがそっと頬にキスをした。 驚きと喜び……愛しさと嬉しさ…… 今日だけでどれだけの想いが溢れたか…… 誰かが、悔しい思いをしているかも知れない。だからといって、譲れる訳もない。ならば……幸せにする事が俺の責任なんだろうと……リヴァイは叶わなかった想いに対して、一度だけ胸の中で頭を下げた。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |