叶う想いと叶わぬ想い 1


(今日の会議は……気合い入れねぇとな)

リヴァイが珍しく乗り気になっている。それもその筈で、今日行われるのは……なんと、班員争奪戦と呼ばれる会議だからだ。

(何としても……ナマエは俺が貰う)

特殊な技術を持っている者や、専門職に就いている者、戦闘能力の高い者などは適材適所で割り振られるが、班長よりも下の中間層……技術的にも安定して生き残っている者達は、色々な班に所属する事で技術向上などを図っているのだ。

ナマエはその中間層に居る兵士だが、特に際立ってリヴァイの目に留まる程の何かがある訳ではない。では、何かと言えば……全くの私情である。

それも……完璧なまでの片想い。会議の結果次第で大きく変わるであろう未来のために、リヴァイは会議室へと向かっている。




(ナマエはまた、俺の所へ入れたい……)

こちらにもひとり、密かにナマエを狙う男が居る。鼻を鳴らし、今日はまだナマエの匂いにありつけていない……と、少々寂しそうだがそうは見えない巨漢、ミケである。
彼もまた、ナマエに想いを寄せているのであるが、前回運良く手元に置いたのだが……奥手な彼は、想いを告げるまでは至っていないのだった。




そして、二人の強者が狙うその人……ナマエはと言えば……

「今日って新しい班が決まる日だっけ?」

などと、暢気に同期と草むしりをしていた。

「ナマエは誰の班に行きたい?」
「選べる訳じゃないからね……期待はしてないけど……ハンジ分隊長の班とか楽しそうだよね。ヴェラは……?」
「え……やっぱりリヴァイ兵長のとこかな」
「私達じゃ……死亡率高いよ」
「じゃあ……ミケ分隊長あたり……?」
「私今そこ。でも、結構ハードだよ……」
「じゃぁ、やっぱりナマエと同じでハンジ分隊長のとこかな」
「選べないけどね……」
「だよね……」

いくら希望を述べても、選べる訳ではない。不毛とも言える会話ではあるが、彼女達もまた、落ち着かないのである。




さて……会議はと言えば、これがまた……意外と単純に取り合いで、兵士の名前を読み上げ、欲しい班が挙手するという仕組みで、複数上がれば三竦み……所謂ジャンケンで決める。
幹部から班長まで条件は変わらず、熾烈な戦いが繰り広げられる。

リヴァイの観点が他と違うのか……それまでの数名は誰とも被らずにすんなりと決まっていた。
そこで漸く……ナマエの名前が読み上げられ、手を挙げたのは……リヴァイとミケと、ハンジだった。

(何でコイツ等まで……)

リヴァイは眉間の皺を深くした。
同様に、ミケも考え込む素振りを見せた。

幹部三名が希望する兵士という事で、班長達は資料を捲り出した。チェックミスかと焦ったが、特記事項も無い平凡な兵士である。

3人でのバトルは、早々にハンジが脱落して、ナマエの希望は叶わぬ事となった。
ここから、互いに知らない事だが……恋のライバル対決は、なかなか決着がつかずに、見ている方は飽きてしまう程の長い戦いとなった。
両者譲らず……見かねたエルヴィンの判断により、前回はミケの班であった為、リヴァイの班に所属させると決まった。

顔には出ないが、リヴァイは大満足である。対するミケは、納得いかない顔でエルヴィンを見ていたが、時折、こういった采配もあるために……文句は言えない。




会議が無事? 終了となり、リヴァイはご機嫌で執務室へと戻り……集まっていた班員に、次はどこだと書かれた紙を配りながら、ひとりずつ声を掛けた。

「今言ったところは……次の班で直せよ」

珍しく上機嫌なリヴァイに激励された面々は、晴れやかな顔で新しい班へと向かった。




「ナマエ……お前はリヴァイのところだ」
「は、はい……」

受け取った者から出て行ったミケの執務室には、最後に渡したナマエとミケの二人きりだった。
リヴァイの所だと告げられたナマエはあからさまに嫌な顔をしたのを見て、ミケは少しホッとした顔を見せた。

「今夜、食事でもどうだ?」
「二人で……ですか?」
「ああ、お前が居なくなると寂しくなる」
「送別会みたいなものですね」
「……そうだな」
「わかりました。お世話になったので……行きます」

ミケにしてみれば、告白紛いの誘いだったのだが……それでも、いい返事に微笑んでいた。

「では……また夜に」

にっこりと笑ったナマエが出て行くと、大きな体をソファーからはみ出させて……ミケは横になった。

(これを逃したら……無理かも知れない)

大きな溜め息を吐いたところで、ドアをノックされた。

「開いてるぞ……」

入れ替わり……次の班員が挨拶に来た。
ミケは、挨拶がわりに匂いを嗅いだ。




「失礼します」

リヴァイの執務室に、一番最後にやって来たのはナマエだった。

「全員揃った様だな……俺の所へ来て、嫌だと思う奴も中には居るだろうが、その分生き残るための術を……出来る限り教えてやる。俺からは、それだけだ」

あとは適当に自己紹介でも雑談でもしていてくれ……と、リヴァイは新しい班員を観察している。
だが、どうしても一点に気を取られてしまうのは仕方がないだろう。

「ナマエっ……一緒だったね……」
「ヴェラは希望通りじゃない」
「そ、そうなんだけど……周りとうちら浮いてない?」

他は全員男だ。それも、皆討伐数は二人よりも全然上……というか、二人は補佐しか数字はなかったのだ。そう思っても……当然と言ったら当然の顔ぶれである。

「兵長! 今夜親睦会どうでしょうか!」
「あぁ、悪くねぇな。皆行けるか?」

ナマエを除いた全員が、バッと手を上げた。ひとりだけ上がらないのを見て、リヴァイは眉間に皺を寄せる……

(これ、行かない訳には……)

おずおずと後から手を上げたナマエは、ミケには解散になったら謝りに行こうと考えた。

「よし、7時に門の外に集まれ」

リヴァイはすぐに手を上げなかったナマエに不安を覚えたが、取り敢えず手が上がった事に安堵した。

(だが、何か予定があったに違いない……)

部屋を出るナマエの背中に投げ掛けたリヴァイの視線は……どこか寂し気だった。




「すみません……」
「いや、俺のところもそうなった。誘っておいて悪かったな」

ミケの所へ謝りに来たナマエは、とんでもないと言いながらも、内心ホッとしていた。
そんな様子を見ていたミケであったが……ミケの班の親睦会は今日はどこも混むだろうと言って、明日にしてあったのだ。
部屋を出て行くのを見ていたミケもまた、寂し気であった。




「野郎共は勝手にやらせとけ……」

酒場に着いたリヴァイは、自分と同じテーブルにナマエとヴェラも呼び寄せた。

「兵長ずるいです!」
「何か文句あるのか?」

女性二人を独占した様になったリヴァイに、果敢にも挑んだ兵士が居たが、軽く睨まれただけで姿が消えた。

「そう……固くならないでくれ」

何で呼ばれたのかと、二人はリヴァイを見ていた。

「二人とも、何故俺の班にと思ったんだろう?」
「「……はい」」
「討伐の技術を教えてやろうと思ってな……」

驚いた様な顔をした二人に、リヴァイはフッと笑みを見せた。

今までは、補佐だけで何とかなっただろうが、生き残っていけば必然的に自分よりも若い者を守りながら戦う様になる。だから、これから必要になるだろうとリヴァイは語った。

「私にも出来ますか……?」

真剣な顔で訊いたヴェラに、リヴァイは頷いた。
そして、その隣のナマエも見た。

「俺は、出来ねぇと思う奴に……無理はさせねぇ。そこまで優しくはねぇよ」
「頑張ります」

拳を握って答えたナマエを見たリヴァイを見て、ヴェラは何かに気付いた様だった。

暫く色々と話していたけれど、ナマエが席を外すと……ヴェラがリヴァイに微笑んだ。

「兵長……私は席を外しましょうか?」
「……?!」
「二人の方が良いかと思って……」
「……いや、それは」
「あ、明後日は……あの娘の誕生日ですよ」

そこまで言って、リヴァイの表情に確信したヴェラは、戻って来たナマエに耳打ちして他の席へ行ってしまった。

「何を……言われたんだ?」
「え? あの……」
「言いにくいなら別にいい」
「気になる人がいるから、ここは任せた……って、すみません私ひとりではつまらないかも知れませんが……」

困って俯いたナマエよりも、表情も変えずに焦っていたのはリヴァイの方だった。

「俺は……嬉しいが……」
「えっ?」

少し顔を背けたリヴァイから、らしくないとも思える言葉が聞こえ、ナマエが思わず声を出した。

「変か……?」
「いえ、そんな事は……」
「俺はお前が気になるんだ……明後日、今度は二人で食事でもしねぇか?」
「……?!」
「他に予定があれば、断っていい。これは別に上司からの命令じゃねぇ……」
「予定は無いですが……」
「返事は明日の夕方までにくれればいい。無理をする事もねぇよ」
「は……い……」

誕生日に予定が無い……それは付き合っている奴が居ないと言っている様なもので、リヴァイは気付かれない様にそっと息を吐いた。

少々気まずい雰囲気にもなったが、そこは酒の席という事で……そのあとは他愛も無い会話をして、お開きとなった。




自室に戻ったナマエは、同室のヴェラに突っつかれていた。

「……で、何て返事したのさ」
「え……まだしてないよ……」
「ええっ? 兵長絶対ナマエに気があるよ! 勿体ない……」
「ま、まだ断るとは言ってないでしょう?」

今日は1日に2回も食事に誘われた。ミケの誘いはどうかはわからないが、人生初のモテ期到来かとナマエは困った笑いを浮かべていた。

「もしかして、誰か他に好きな人が居るとか?」
「居たらその場でお断りしてるわよ……」
「それもそうか……ってことはさ、もしかして……?」
「うん、好きになった事が無いのよ」

(ああ、そんな気がしてた…… )

ヴェラは額を押さえて天井を見て、リヴァイを想った。これは手強いかも知れませんね……と。

「で、どうしようと思うの?」
「兵長は……尊敬してるし、憧れが無いと言ったら嘘になるけど、そういう対象として見た事は無かったし……」
「それなら、今から見なさいよ! すぐ! 今すぐよっ!」
「……わ、わかったから落ち着いて」

鼻息の荒くなったヴェラに、顔を引きつらせたナマエは……取り敢えず今夜は寝ようと言って、ベッドに潜った。



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