〜躾は甘く囁いて〜 壁外調査の後は、書類との戦いだ。 「兵長、報告書出来ました!」 「あぁ……そこへ置いてくれ……いや、お前で最後だったと思う、枚数確認してくれ」 「はい!」 他の書類に目を通し、サインをしていた俺の横で、パラパラと紙を捲る音がしているが、止まったかと思うと、また数えている。今度は1枚ずつ置いて、何かを確認している。 「兵長……1枚足りないです」 「……ナマエ……か?」 「はい……」 「悪いが、書いて持って来いと伝えてくれ」 わかりましたと言って班員が出て行くと、俺は大きく溜め息を吐いた。 また、アイツか…… 訓練や調査に関しては、まぁ、真面目な方だろうが、それ以外……特に書類に関してはやる気が無いのか何なのか、遅れる事が増えた。 普通は班長が纏めてエルヴィンに持って行くのだが、俺の班は……俺が班長を兼任しているから人任せに出来ねぇ。 結局、業務終了時間まで待ったが、ナマエが現れる事は無かった。 仕方ねぇな…… 執務室を出た俺は、他の書類を持ってエルヴィンのところへ向かった。ナマエが出していれば、二度手間にはならずに済んだと思うと腹が立つが、無い物は出せねぇ…… 「なぁ、エルヴィン……なかなか書類を出さねぇ奴に、毎回まともに出させる方法はねぇか?」 「注意しても直らないのか?」 「あぁ、他は真面目な方だろうが……書類だけはどうにもならねぇ」 「いくら言っても、何をしても……変わらない奴もいるがな……」 少し遠い目をしながら、エルヴィンが溜め息を吐いた。思い浮かべたのは、間違いなく同じ奴……ハンジだろう。 「アイツの場合は、巨人に脳ミソかっ拐われちまって忘れちまうんだろう?」 「ああ、そうだろうな」 「だが、そいつにそんな事はねぇと思うんだがな……」 何故、出さなきゃならねぇ物が出せねぇのか、俺には理解出来なかった。 「ある程度指導しても変わらなければ、罰則を与えるのが一般的だが、それが悪い事だと思っているかどうかも問題だな」 取り敢えずきちんと話をした上で、今後その様な事になった場合の罰則を決めてはどうかとエルヴィンは言った。 それが妥当だろう…… 集団生活での規律など、俺は此処に来てから学んだ。訓練兵を経て兵団に来た奴の方が、その辺りはわかっていると思うのだがな。 ……そんな事を考えながら、俺は食堂へと向かった。 食堂へ行くと、他の班員が集まっていたが、ナマエの姿は無かった。居たら少し話をしてみようと思っていたが、空振りだった。 だが、食事をしていると……入り口から覗いたナマエが見え、辺りを見回す様にしたナマエと目が合った。しかし、バッと目を逸らし、逃げる様に立ち去った。 どうやら、悪いという事は……わかっている様だな。 食事が終わっても俺は部屋へは戻らずに、食堂の入口に近い席に座って待ったのだが……ナマエが再び食堂に顔を出す事は無かった。 翌日、待っても持って来そうに無いと判断した俺は、連れて来る様に頼み、今、目の前には俯いて黙ったままのナマエが居る。 「提出期限は昨日だったはずだが?」 「……」 「お前は何故、それが守れないんだ? 何かしら理由があるなら言ってみろ」 「……」 「返事も出来ねぇのか?」 最初は穏やかに話せとエルヴィンにも言われていたし、俺は別に怒りたい訳じゃ無い。 理由があるなら聞いてやろうと考えていたのだが、一言も話さない奴を相手にしていて苛つかねぇ奴が居るなら、代わってくれと思う状況になってきた。 「何か言え……」 それでも極力穏やかにと思ってはいるが、間違いなく顔に出ているだろう。 「すみません」 「それは何度も聞いた。言ったところで反省しないなら、言っても無意味だろうが」 「理由は……ありません」 「……そうか」 俺は、返す言葉に困った。 だが、これはもう……罰則を与えるしかねぇだろう。 「理由も無く遅れて、何度も注意しても変わらねぇんじゃ……躾るしかねぇよなぁ?」 「……?!」 「今更何をビビってやがる……言ってわからねぇ奴にはそれしかねぇだろうが」 そうは言ったものの、ナマエには以前、トイレ掃除や居残り訓練等の罰は与えている。それでも変わらねぇなら、同じ事をさせても無意味だろう。 なら、何をさせるか…… ずっと俯いたままのナマエの頭を見ていたのだが、よく見ると髪の間から少しだけ見えている耳が赤い様な気がした。 「いいかげん、顔を上げろ」 顎を持って顔を上げさせると、真っ赤になってまた、手から逃れて俯いた。今度は両手で顔を押さえるというオプション付きだ。 見ていないのをいいことに、俺はそっと耳の横に顔を寄せて囁いた。 「どんな躾がいいだろう……」 大袈裟に体を跳ねさせたナマエに口角が上がる。 「なぁ、どんな事ならお前には効果があるんだ……?」 「ふ……うっ……」 小刻みに体を震わせていたナマエだが、突然視界から消えた。いや、違う……ペタンと床に座り込んでしまったのだ。 「もっ、や……めて、く……ださい……」 妙な反応をするなと思いながら、俺が怖いのかと思ったが、単に怖いだけなら書類も真面目に出した方が得策だろう。 「何をやめろと? 今はお前の罰則を何にしようかと訊いているだけだろう?」 しゃがんで、尚も耳の傍で話してやると、小さく丸まった。 「声……嫌っ……」 「はぁ?」 思わずでかい声がでた。 声、だと? 俺の声が嫌なのか? 「ほう……俺の声がそんなに嫌いなら、たっぷり聞かせてやろうか」 首を横に振って……遣り過ごそうとしているのか、嫌だと首を振っているのかわからねぇ。 「元はといえば、期限を守らなかったお前が悪いんだ……」 そのまま、俺は説教を続けていたのだが、ナマエの様子がおかしい……? 「オイ、どうした?」 顔を上げさせようとしただけなんだが、床にくたりと倒れた。 その顔は……なんだ……? 頬を染め、目を潤ませて……浅い息をしながら力無く俺を見た。 こりゃ……まるで俺が襲ったみてぇな反応じゃねぇか。 だが、そんな事はしてねぇ……じゃあ何だと考えてもわからねぇ。 「具合でも悪いのか? 救護室に連れて行くか?」 声をかけても、泣く……ではなく、どう聞いても、手で押さえてはいるが、啼かせている様な声が聞こえている。 その時、いきなりドアが開いた。 こんな状況を人に見られたら、間違い無く疑われる。俺は何もしちゃいねぇ、だが、この状況を説明する術もねぇ……と、焦る俺の目に映ったのは、ハンジだった。咄嗟に、コイツなら話を聞いてくれるだろうと思ったのだが…… 「あーっ! 遅かったか!」 「俺は何もしちゃいねぇ!」 飛び込んできたハンジが叫んだのを聞いて、無駄だろうが、俺も弁解すべく叫んだ。 すると、ナマエが大きく身を捩った。 「ナマエ……大丈夫かい?」 「急にこうなった、本当だ、俺は説教していただけなんだ……」 ハンジを見ると、ポロポロと涙を溢したナマエを見て、困った顔で俺を見るハンジに弁解の余地は無いのかと……俺は項垂れた。 ナマエを抱き上げて撫でているハンジがまた、俺の方を見た。「何もしていない」と、もう一度だけ言おうとしたが、それよりも早くハンジの声が響いた。 「リヴァイ、もう喋らないで!」 あぁ、そうだな……信じてなど貰えると思った俺が間違いだった。やはり、信用に値する人間にはなれなかったか。 「喋っちゃダメなんだよ」 「……?」 慌てて顔を上げて見たハンジの目は、責めている様には見えない。俺はハンジの言葉を反芻した。 『喋っちゃダメ……』 それはどういう意味なんだ? 首を傾げて見れば、フッと笑いを溢した。 「大丈夫、リヴァイが襲ったとは思って無いから……落ち着いて」 俺は頷いた。疑われていないのは助かるが、じゃぁ、何故こんな事になっているのか……ハンジは知っているのだろうか? 「ナマエ、これはちゃんと話さないとダメだと思うよ? 私から説明してもいいかな?」 ハンジに抱きついているナマエが、少しだけ間を置いて頷いた。 「ちょっと、仮眠室借りるね……」 ナマエをよいしょと持ち上げて、ハンジが連れて行った。 寝かせてやって戻って来たハンジが仮眠室のドアを閉め、俺を見た。 「念のため、小さめの声で話してね」 「あぁ……だが、何でだ?」 「それをこれから説明するのさ」 仮眠室に近いソファーではなく、執務机の方に椅子を寄せて座った。 「何て説明したらいいかなぁ、リヴァイの声が原因なんだよ」 「俺の声……? そういやぁ、嫌だとか言いやがったな」 「でも、嫌というのとはまた違うんだよ……」 少し言いにくそうにしていたのを、黙って聞いていたのだが……その内容は驚く様なものだった。 ナマエは元々耳がいいらしいが、声の種類によっては、背中がぞわぞわする事があったそうだ。 だが、問題はそこからで……俺の声がナマエには辛いと言うのだ。ハンジも言い辛そうにしていたが、俺の声は『刺激が強すぎる』らしく、近くで話されると『愛撫されている』のと同じ様な状態になると言うのだ。 「それは……オイ、あの状態は……」 「ああ、まさに思っている通りだと思うよ……」 「それはつまり……」 「リヴァイの声に犯されていたといった状態だね」 ニヤニヤと笑うハンジを見ながら、俺の声だけであんな風に感じちまうって事か? と……俺は困惑を通り越して愕然としていた。 「訓練なんかは平気そうだったが……」 「そういった時は、集中してるから平気なんだってさ、あと、他に人が居たり……音の沢山ある食堂とかは、気を逸らせるみたいだね」 「さっきみたいに、二人にならなきゃ大丈夫ということか?」 「……だね」 その日は、話している間に落ち着いたナマエを、ハンジが連れて帰ったが、その後は筆談や訓練の合間などに話をした。 あああ……やってしまった…… 兵長と話をして、今度から書類の提出が遅れたら……兵長の声による躾をされる事になったのに、私は提出を忘れてしまった…… 毎回、兵長の執務室に本人が出しに行かなきゃならない……それが嫌というか、あの声に耐えられなくてなかなか行けなかったのだけど、それはもう癖というか習慣になってしまったみたいで、ついつい後回しにしてしまった。 どうしよう……どうしよう……よし、逃げよう! そう思った瞬間、部屋のドアをノックする音がして、鍵を掛け忘れたドアが開いた。 「へ、兵長……」 「そんなに躾されたかったのか?」 「あ……そ、そんな事は……」 「無いと言うのか?」 「っ……」 壁の方へ押し遣られ、もう後が無い。ゆっくりと近付く顔に、思わず顔を背けてしまった私は、失敗したと思った。そのまま顔を押さえられ、兵長の方へ耳を向けたままにされてしまった。 「兵長……お、お願いです、トイレ掃除1ヶ月やりますから……」 「駄目だ……」 「っ……あっ」 「この間約束して、最初からこれじゃ……見逃せねぇよなぁ?」 「んんっ……や……あっ」 「ほら、ちゃんと耐えろ……躾にならねぇ」 「むっ……無理……っ」 足の力が……抜けちゃう…… 「ひゃ、あっ……」 力の抜けた足は役目を放棄したけれど、体が落ちずに……下肢に刺激が走った。 「逃がさねぇよ……」 聞いた事も無い、甘い声に……体が跳ねた。 ナマエの体が滑り落ちるのを、膝で止めた。足の代わりに、ナマエを支えている場所を刺激する様に膝を上げて囁けば、思った以上の反応をした。 「あ……っは……っ」 「ナマエ……もう遅れねぇか?」 正面に顔を向けると、涙を溜めた目で俺を見た。 「……」 「返事出来ねぇのか?」 これ以上やったら俺がヤバい。 先日の一件から、俺はナマエのこの顔が頭から離れなくなっていた。 そっと寄り掛からせて抱き上げ、ベッドに寝かせてやった。 「少しは懲りろよ……」 聞こえる程度に小さな声で言って、俺は部屋から出た。 次の書類の提出日、私は業務終了間際になって兵長の所へ出しに行った。 『遅い』 兵長は約束を守ってくれている。差し出された紙は、前以て書かれた物の様で、小声で「すみません」と答えると、兵長はもう一枚紙を出した。 『躾してやれねぇじゃねぇか』 そう書いた紙から顔を上げると、兵長が穏やかに微笑んでいる様に見えた。 声が……聞きたい。 私は咄嗟に、書類を机から取って逃げた。 何を思ったのか、ナマエが書類を持って走り去った。 呆気に取られた俺は、少し遅れてナマエを追った。 ナマエは自室へ逃げた様で、鍵を開けるのに手間取っていたところで捕まえた。 「これは……躾が必要だよな?」 「……はい」 中へ……と、言われて入ると、口を押さえられた。何がしたいのかと思ったが、俯いていたナマエがそろりと俺を見た。 「兵長は……ただの躾かも知れませんが、私は兵長が好きです。だから……な、何とも思って無いなら、違う躾に……」 俺は口を押さえていた手をペロッと舐め……驚いて離したナマエを抱き締めた。 「好きなら……変えなくてもいいんだな?」 わざと耳元で、少し大きな声で言ってやった。 ガクンと膝から崩れたナマエを抱えたまま、これでもかと焦らしてやった。 だが、それ以前に散々焦らされていた俺も……限界だった。 「躾は……まだまだこれからだ」 俺好みに躾てやるからな……と、ナマエに初めて口付けた。 End [ *前 ]|[ 次# ] [ request ]|[ main ]|[ TOP ] |