後悔するなら後でしてやる


3年振り……だな……

俺は日本から離れ、海外に飛ばされていたのだが……やっと本社に戻る事が出来た。

大学を卒業して、就職してすぐに飛ばされた。いつ戻って来れるか……いや、戻って来れるかすら怪しい状態で、俺は想いを寄せていたナマエには、何も告げずに日本を離れた。
この選択に、後悔が無かったかと言えば……そんなものは……大アリだ。

お陰で俺は……他の誰にも興味は持てずに向こうでは、振った女に不能かゲイだとまで言われていたのだ。

新居の手配や引っ越しの手配など、粗方片付いたところで、親の所へ顔を出した。

「リヴァイさん、転送でかなり届いていますよ……」
「あぁ、悪かったな……」

箱に纏められた手紙などを受け取り、新しい住所と連絡先を書いたものを渡した。

「もう……?」

そのまま玄関へと向かえば、食事くらいして行けと言われたが、断った。

「気を遣わなくていい、親父を頼む……」

最後に「義母(かあ)さん」と言えば、顔を押さえて泣き出した。

「また、近いうちに顔を出す」

恥ずかしくなった俺は、急いで外へ出た。

親父が再婚して10年、やっと言えた。
一緒に暮らした事は無いが、海外で苦労したせいか、俺も少しは大人になったのだろう。

レンタカーに乗り込もうとすると、呼び止められた。

「ごめんなさい、まだ残っていて……」
「あぁ、ありがとう」

受け取ったのは、高校の同窓会のハガキだった。日付は明後日になっていた。

あいつも……来るだろうか……

じゃあ……と、走り出し、俺は取り敢えずの宿であるホテルへと向かうつもりだったが、何の気なしに回り道をして、高校の前に停まった。

懐かしいな……

記憶の中の風景には、どれもナマエの笑顔があって……俺は悔しさが込み上げた。

「今頃あいつは、誰かと……」

この3年、何度同じ言葉を口にしたか……だが、それは自業自得だ。
同窓会も、それを考えると気が重くなった。




翌日は、会社で栄転となった俺を迎えてくれた。新しいオフィスに新しい部下、この歳では凄い出世だと口々に言われたが、仕事以外にする事が無かった3年間のオマケみたいなもんで、嬉しいとは思えなかった。

その翌日はもう、通常業務だったが、思ったよりも業務の引き継ぎ等に手間を食い、終業時間を大幅に過ぎてやっと終わった。

「お疲れ様でした」
「あぁ……お疲れ、気を付けて帰れよ」

同期だった筈の女が頭を下げる……不思議な気分を味わいながら、俺は鞄の中のハガキを手に取った。

今からじゃ……始まっちまうな。

そうは思いながらも、俺は立ち上がり駅へと向かった。




会場となる居酒屋へ着いたものの、遅れた俺は入れずに外に居た。

「リヴァイじゃねぇか?」

振り返ると、懐かしい顔があった。

「あぁ、久し振りだな」
「遅れたから入り辛いんだろう?」
「あぁ、そんなとこだ」

俺もだと言って、背中を押されて一緒に入った。

「うわぁ、久し振りだねー」
「二人とも座って座って」

幹事だと言った奴に会費を払い、俺は部屋を見回した。
端の方に座っているナマエを見つけ、隣が空いているのを見た俺は、迷わずそこへ座った。

「相変わらず、ボーッとしてやがるのか?」

隣に座った俺に驚いたのか、ナマエが間抜けな面して俺を見た。

「相変わらず……失礼な人ね」

言葉の割には、顔はそれほど嫌そうには見えなかった。

「同窓会とか、嫌いだって言ってなかった?」
「あぁ、好きじゃねぇな」
「……」
「……」

会話が続かねぇ……

今すぐ確かめたい、だが、いきなりそんな事も訊ける訳がねぇ……

「卒業してから……連絡がつかなかった」
「あぁ、ずっと仕事で海外に居た」
「……そうなんだ。たまたま帰って来たとか?」
「いや、戻って来た」
「そ、そうなのね……」

お互いに顔も見ずに話していた。




3年前、私は……仕事が落ち着いたらリヴァイに告白しようと思っていた。でも、漸く決心が着いた時には……連絡が取れなくなっていた。

高校から、ずっと好きだった。大学も同じところへ行ったのは、そんな気持ちからだとは、リヴァイは思わないだろう。

「ちゃんと飲んでる〜?」
「あぁ、大丈夫だ」
「リヴァイ君ってばまた、一段といい男になっちゃって〜」

幹事の……この娘も昔リヴァイが好きだった……

「んなことねぇよ、お前こそ、なんだ……結婚したのか?」
「あ、バレた?」
「指輪見せびらかして、バレたも何もねぇだろうが」
「あははっ、そうよね……私ね、お母さんになったんだよっ!」
「そうか、良かったな」

お母さん……そうか、もうそんな歳なんだな……と、その娘を見ると、リヴァイから私に目線が移った。

「ナマエも綺麗になっちゃって〜」
「そ、そんな事無いって……」
「で、二人は結婚しないの?」
「えっ? 何で?」
「……付き合ってるんじゃないの?」
「な、ないない、今3年振りに会ったばかりよ」
「うそっ! みんな二人は付き合ってるもんだと思ってるよ……」

仲良かったもんね……と言いながら、彼女はまた次の場所へと行ってしまった。
残された私とリヴァイは顔を見合わせたけれど、上手く言葉が出ずに俯いてしまった。

「リヴァイは……その、結婚しないの?」
「相手も居ねぇのにか?」
「え……?」
「お前こそ、しねぇのかよ……」
「相手も居ないのに?」
「ぁあ?」

私に相手が居ないのは、まあ、当たり前だとしても、リヴァイに彼女が居ないなんて……驚きだった。
海外とか言ってたから、金髪でグラマーな彼女が居るのだろうと想像してしまったのだけれど……

「リヴァイはどこへ行ってもモテたでしょう?」

何でそんな事訊いてるのか……自分でもわからなかった。

「……興味ねぇ。 お前こそ、どうなんだ」
「……同じかな、興味を持てる人には会わなかったな」
「そうか……」
「折角来たんだから、みんなと話して来たら?」
「それも……どうでもいい」
「……?」
「お前はもう話したのか?」
「もしかしたら、リヴァイが来るかと思って……来ただけだから」
「それは……」
「文句言ってやろうと思ってたのよ」

そう、就職して落ち着いたら、お祝いしようって言ってた……なのに……

「……悪かったな、就職祝……だろ?」
「覚えて……」
「ほら、手ぇ出せ。遅くなっちまったが……な」

出せと言いながら、私の手を取ったリヴァイは、鞄の中から小さな包みを出して……私の手に乗せた。
少し汚れた包装紙と、少し崩れてしまったリボンが、私はとても嬉しかった。

「なんか……汚ねぇな」

取り返そうとしたのを、咄嗟に後ろに隠した。

「も、貰った物は返さないからねっ」
「やっぱり返せ……」
「やだよっ」
「っ、この……」

後ろへ手を伸ばして、取り返そうとするリヴァイから包みを遠避けたりしていて、バランスを崩した私は後ろに倒れてしまった。
一緒になってバランスを崩したのか、リヴァイも私の両側に手をついて……上から見ている。

「ご、ごめ……」
「あーっ! そこ、押し倒すなら他でやってね〜!」
「そんなんじゃねぇよ」

周りが爆笑している間に、引き起こされた。
凄く、ドキドキした。

やっぱり、私はリヴァイが……

「さ、さっきの……代わりにコレあげる」
「あ、あぁ……」

私の物も、何だか汚れて見えた。

「やっぱり……要らないだろうから、返して」
「なら、さっきのと交換だ」
「それは……ダメ……」
「なら、コレも返せない」

気まずくなった私は、慌ててテーブルのお酒を取って飲んだ。




俺は、あの時渡せなかった物を持って来ていた。約束……だった。
だが、渡してから恥ずかしくなった。

……新しく用意するくらいしても良かった筈だ。

取り返そうとして、倒れたナマエを見下ろして、からかわれ、笑われたが、こんな場所じゃ無ければ……と、やはり俺の想いは変わってなかったのだと確信した。

ナマエも、俺に代わりだと言って何かをくれた。そのあとは、何を話したのかよく覚えていない。

解散となり、二次会へと流れて行く奴等に手を振っているナマエを見ていた。

「お前……連絡先教えろ」
「えっ?」
「いや……携帯どんなの使ってるんだ?」
「え? スマホ……」

こんなの……と、バッグから取り出したのを取り上げた。

「ちょっ……なに……」
「……黙ってろ」

2台のスマホを操作して、勝手に連絡先を登録した。
そのまま返して、ナマエを地下鉄の駅まで送った。

「じゃぁ……ね」
「あぁ……」

改札を通るのを見届けて、俺は降りて来た階段をまた昇った。




ホテルの部屋に入った俺は、ベッドの端に座ると、すぐに貰った包みを開けてみた。
中にはブランド物のハンカチとタイピンが入っていた。

お前……も?

就職祝を持っていてくれたというのか?

急いで取り出したスマホには、丁度ナマエからのメールが届いたところだった。
開くのを一瞬躊躇ったが、目を閉じてタップした。深呼吸して、ゆっくりと画面に目を向ける……

『逢えて嬉しかった。就職祝ありがとう、大切にするね』

絵文字が苦手な俺に……文字だけのシンプルなメール。そんな事も覚えていてくれたのかと嬉しくなった。

『また……会ってくれるか……?』

俺も貰った礼を書こうとしたが、送ったのは、そんな言葉だった。

スマホを握ったまま、俺はベッドに倒れ込んだ。貰った包みが跳ね、1枚のカードが見えた。手を伸ばして取れば、少し丸い懐かしい文字……

『お仕事頑張ってね』

あぁ、頑張った……お前は誉めてくれるだろうか?

その下には『リヴァイへ』と書いてあったが、指で押さえた部分から文字がはみ出していた。

『……な、リヴァイへ』

その前に……どんな文字があるのか、俺は祈る気持ちで指をずらした。

『大好きな、リヴァイへ』

……っ、くそっ!

二度も後悔なんざしたくねぇ!

ナマエは、住所も電話番号も……メールアドレスも、何も変わっていなかった。
俺はカードと財布とスマホ、レンタカーのキーを持って部屋を飛び出した。

間に合え、そう願いながら向かう途中に、ナマエからの返事が来ていたが、そんな事には気付ける余裕など無かった。

『カードの気持ちが、迷惑じゃ無かったら……』

そう書かれたメールを見たのは、ナマエの部屋のドアを叩き、出て来たナマエを抱き締め、好きだと言った……翌日だった。




2年後にまた、俺とナマエは同窓会の会場の前に立っていた。

「や、やっぱり恥ずかしいよ」
「なら、外しとけ」
「それは絶対に嫌!」
「だったら、お前だけ入れ……」
「そ、それも嫌……」
「……観念しやがれ」

フッと笑った俺に諦めた顔のナマエ……左手には揃いの指輪。

「ずっと、一緒がいい」
「あぁ、そうだな……もう、離れたくねぇよ」

あんな想いは御免だと、俺はナマエの肩を抱いて店に入った。



もう、絶対に離さねぇ……

End



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