Levi's holiday


朝からせっせと掃除をするリヴァイは、朝食の後から……かれこれ3時間掃除を続けていたのだが、ゆっくりと部屋に視線を巡らせていく。

(……やるところが無くなっちまった)

本来ならば、満足の行く掃除が出来た事に口角を上げる場面である筈だが……?

「休暇ったってなぁ、俺だけじゃ意味がねぇだろうが、エルヴィンのヤツ……」

不満そうに舌打ちしたリヴァイは時計を見て、そろそろ昼かと口に当てていた布を取り、丁寧に手を洗い始めた。




「そろそろ……来るんじゃない?」

食堂でそう言ったナマエは、恋人であるリヴァイの登場を予想した。けれども、少し急いだ様子で食事を済ませると席を立った。

「待っててあげないの?」

見上げたハンジに柔らかく笑ったナマエは「今日はね」と、ウインクを残して中庭へと続くドアから出て行った。

「ああ、そうか……」

ニヤニヤと笑ったハンジも席を立ったが、ナマエと入れ替わる様に食堂に現れたリヴァイと目が合ってしまった。

「ハンジ、アイツは居ねぇのか?」
「ああ、急いで食べて戻って行ったよ?」
「……そうか」
「じゃあ、私も行くわ」
「何だ、珍しいじゃねぇか……」

少し寂しそうにも聞こえる声に、ハンジは笑いを堪えている。

「ああ、可愛い子達の様子をまだ見てないんだ」
「チッ、どこが可愛いんだ……」

あからさまに顔をしかめたリヴァイに、ヒラヒラと手を振ったハンジは楽しそうに食堂を出て行った。

「仕方ねぇ……」

ひとりポツンと食事をするリヴァイだが、そのうち誰か来るだろう……と、食事を始めた。

その頃、食堂の外では、揃ってやって来たエルヴィンとミケにハンジが何やら話している。

「なるほど、そうか……」
「今入るのは得策じゃないな」

食事をしに来た筈の二人も、ハンジと一緒に食堂から遠ざかって行く。

そんな事など知る由も無いリヴァイはと言えば、誰も来ない事に不満そうな顔をしながらも、黙々と食べていた。




午後、やる事の無いリヴァイは厩舎にやって来た。
当番や、同じ様に休暇を持て余した兵士が居るのだが……今日に限って誰も居ない。

(今日に限って……何で誰も居ねぇんだ……?)

見回して溜め息を吐いたリヴァイに不満な愛馬は、「私に会いに来たんじゃ無いの?」と、鼻息を荒くするも、よしよし……と、なんとも気持ちの入らないリヴァイに撫でられて、諦めた様である。

またしても黙々と掃除をしているリヴァイは、愛馬の心配そうな目にも気付かない。




「ねえ、ナマエ……何で一緒に休んであげなかったのさ」
「え? 特に理由は無いけど……?」

食堂でのリヴァイの様子を話していたハンジに、ナマエは書類をハラハラと捲りながら答えた。

徐に顔を上げたナマエは少し遠くを見る様な目をしたあと、ハンジを見た。

「そんなこと言ってるけど、リヴァイのこと……全然、可哀想って思ってないでしょう?」
「まあ、そうなんだけどね」
「もうそろそろ動き回るかもね」
「んじゃ、私も戻るとするかな」

ハンジがナマエの執務室を出て暫くすると、控え目なノックが聞こえた。

「どうぞ、開いてるわよ」

普段ならば、ノックすらしないで入って来るのだが、そろりと開けたのはリヴァイだった。

「……忙しいのか?」
「リヴァイ……」

机に積まれた書類を見て、眉間の皺を深くする恋人に、ナマエは思わず笑いそうになったけれど、そこは慣れたものでスッと仕事の顔に戻る。

「そうなのよ、これ全部今日中なんて……終わるかどうかすら怪しいわ」
「だろうな……手伝うか?」
「だぁめ、今日はリヴァイはお休みでしょう?」
「だが……」
「のんびりしていて頂戴ね」

立ち上がったナマエがリヴァイの頬にチュとキスをして、部屋から出る様に促すと、リヴァイは困った顔をしながらも、抱き締めてキスをした。

「頑張れよ……」

しゅんとした感じのリヴァイはチラチラと「引き留めてくれないのかよ」といった目で見ながらも、パタンとドアを閉めた。

(可哀想だけど……か、可愛いっっ!)

ドアが閉まった瞬間、ぎゅっと自分を抱き締める様にしたナマエは、リヴァイの姿を思い出しては悶えていた。




(暇だ……)

ナマエの部屋を出たリヴァイは、団長室へ向かった。

(誰かしら油売ってやがるだろう……)

特にこれといった用も無い……ノックをしたリヴァイは、返事を聞いてからドアを開けた。

「リヴァイ、どうかしたのか?」

部屋の中には、エルヴィンしか居ない。

「いや、特にねぇんだが……何か手伝うか?」
「いや、これといって頼む様な事は無い。たまの休日だ、ゆっくり休んだらどうだ?」
「あ、あぁ……そうさせてもらうさ」

落ち着かない様子のリヴァイが「コーヒー淹れるか?」と、普段は催促する側なのだが、エルヴィンを見るも、まだ湯気の立つカップを見せられ……諦めた様だ。
とぼとぼといった足取りでドアに向かったリヴァイが、チラッと目だけでエルヴィンを見て「じゃあな」と出て行った。

何をしに来たんだ……などとは、エルヴィンも思わない。最後に見た顔を思い出しながら、ナマエ同様にエルヴィンもまた、眉尻を下げてドアの方を見ていた。




「ったく、どいつもこいつも……」

団長室を出たリヴァイは、中庭を歩いていたが、揃って休暇を取っただろう恋人同士に出くわして……気分は最悪だ。
遠くに暇そうなミケを見つけ、思わず近寄ろうとしたが、他の兵士に呼ばれて行ってしまった。

(……暇だ)

本日何度目だろうか、溜め息を吐いたリヴァイはまた歩き出した。

(ハンジは実験場だよ、な……)

別に用は無い。だが、暇だから……そう考えながら向かった先では、巨人を前に楽しそうに叫んでいるハンジと、それを止める様に羽交い締めにしているモブリットの姿が見えた。

「楽しそうだな……」

普段よりも抑揚の無い声は微かに届いた様で、羽交い締めにしたままモブリットがリヴァイへと振り返った。

「あ、兵長……ど、どうなさったんですか?」

モブリットの隙を突いて逃れようとしていたハンジも、抵抗をやめてリヴァイを見た。

「いや、特にはねぇが……」

視線を泳がせるリヴァイに、モブリットは目を丸くして、ハンジはまたしても笑いを堪えている。

「えっ? リヴァイもしかして……」
「……?」
「今やってる実験の話が聞きたいのかい?」

いやぁ、嬉しいなぁ……と、近寄ったハンジに咄嗟の蹴りを食らわせたリヴァイは、ハンジの巨人話はごめんだと後退った。

「遠慮は要らないよ、リヴァイ」
「……遠慮じゃねぇ、拒否だ!」

ここもダメだったか……そんな雰囲気を纏ったリヴァイは、肩を落として出て行った。

「ぶっ、分隊長……?」

リヴァイが立ち去り少しすると、ハンジは腹を抱えて転げ回っている。

「モブリット……見たかい?」
「えっ、な、何をでしょう?」
「リヴァイだよ……あんなリヴァイはなかなか見れないんだよね」

モブリットは首を傾げてハンジを見ると、「内緒だよ」と、笑った。

そう……こんな日のリヴァイは、俗に言う"構ってちゃん"になるのだと、ハンジは優しい笑みを見せた。

「兵長が……ですか?」
「そう、見たよね? 耳も尻尾もだらりと垂らした猫みたいな……しょんぼりしたリヴァイ……」
「ええ、何かとても寂しそうに見えましたが……」
「本人はあれで普通なつもりなんだよね。それがまた、面白いんだけどね」

きっと今頃はナマエの所へ向かっているだろう……思い出しては笑うハンジに、いまひとつ理解出来ないモブリットはまた首を傾げた。

「来たばかりの頃には、見れなかったんだ。だけどね、人と触れ合ううちに、寂しいという思いが生まれたんだろうね。でも、まだ……コントロールどころか、それが何だかもわかっていないのさ」
「だから、暇も気持ちも持て余して……?」
「そう、それで最後にはナマエにベタベタに甘えるんだ」

ニヤニヤとした笑いに変わったハンジが、更にそんな時のリヴァイを目撃した話を続けていたけれど、モブリットは遠い目をして、リヴァイを想った。

(兵長は皆さんに愛されてるんです……)

フッと笑ったモブリットに、ハンジも気付いて笑った。




リヴァイが最後に向かう場所……ナマエの執務室へ着く少し前に、終業を報せる鐘が鳴り響いた。

(そろそろまた……)

柔らかな微笑みをドアに向けたナマエがゆっくりとドアを開けると、そこにはまるで捨て猫の様な目をしたリヴァイが居た。

「仕事は……終わったのか……?」
「ええ、お陰さまで全部片付いたわよ」
「そうか……」

すぐにでも飛び付いて押し倒すだろうと思うくらいに、1日寂しい思いをしたリヴァイだが、ナマエを前に固まって動けない……

「部屋に帰りましょう?」

それっきり黙ったリヴァイの手を引いて、ナマエはリヴァイの自室へと向かった。
そんな様子を、柱の陰から見ている皆には、勿論気付かない。

「見た見た?」
「ああ、何度見てもあれは……」
「照れて固まるリヴァイとか、レアすぎるよね」
「人間らしくなったな」
「エルヴィンって……リヴァイの父親か何かなの?」
「そこまで年寄りにしないでくれ……」

角を曲がるまで見送った面々は、皆穏やかに笑っている。

「明日はナマエも休みだから、こりゃ大変だね」

ハンジの言葉に、想像を働かせ……一様に苦笑に変わったのは言うまでもない。




「リヴァイ……寂しかったの?」
「寂しい……?」
「そんな顔してるよ」

更に眉を寄せ、目を細めたリヴァイは、わからない……と、言いながらナマエの胸に顔を寄せた。
抱き締めるナマエに散々頬を擦り付けたあと、抱き上げてベッドに急ぐ。

そのまま事に及ぶのかと思いきや、覆い被さってもまだ、頬を擦り付ける。
ナマエもそんなリヴァイの頭を撫でたり、背中を優しく撫でたりしている。

(普段からもっと甘えてくれると嬉しいんだけどね……)

こうまでならないと、プライドなのか……リヴァイが甘えるという事は無い。それも、本人は全く無自覚だというのも問題なのだが。

「リヴァイ、明日は私も休みだから……一緒に買い物でも行こうね」

つい、口を滑らせたナマエの言葉にピクッと耳の立ったリヴァイ……

(しまった……)

ナマエに擦り付けていた頬を離したかと思ったら、リヴァイはナマエに食らい付いた。

「休みか……」

息を乱したナマエを見下ろすリヴァイは、色気全開の目でペロリと舌舐めずりをした。

こうなったリヴァイを止める術は無い。

(買い物は……無理だわ……)

観念したナマエが色っぽく名前を呼べば、リヴァイはゆっくりと首筋に吸い付いた。

「たっぷり可愛がってやるからな……」

熱い吐息混じりの声に、ナマエは頷いた。




翌日、姿の見えないナマエの分まで、楽しそうに食事を運ぶリヴァイを見た面々は、ナマエに労いの言葉を思い浮かべた。

動けないナマエを独り占めしたリヴァイは、大満足である。

「休暇は……こうあるべきだ」

ナマエを愛で、撫でて、可愛がる……寂しさの反動で、愛情表現もかなり激しいリヴァイであるが、そこも無自覚……

(そこはどうにかして欲しい……)

困った様に笑うナマエにまた、リヴァイは覆い被さる。



「これなら、毎日休暇でも……悪くない」

End



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