Anxiety and relief


俺は今、王都へ向かう馬車に揺られている……

「今日の予定はどうなっている?」
「昼食で顔合わせをして、そのあとすぐに会議になります。そのあとは翌日の会議まで特に予定は入っていません」
「エルヴィンだったら晩餐会も入ってくるんだろうな……」
「そうですね、他にも合間に会食等も入りますから、休む暇もありません」

普段ならば、エルヴィンが出る会議に俺が出る事になった。そういう事にはあまり出ない俺が出る羽目になったのは……横で淡々と話すナマエのせいでもあるのだが、俺の機嫌はどちらかと言えば良い方だろう。

「なぁ、夜は何が食いたい?」
「兵長……リヴァイの食べたい物で……」
「俺は特にねぇから訊いてるんだが」
「それなら、飲めるところでゆっくりしましょう?」
「あぁ、それがいいな」

エルヴィンの補佐、ナマエは俺の恋人だ。
今回のこの会議も……ナマエが同行すると言われれば、俺が必ず動くと読んだエルヴィンの策略に嵌まってやった訳なんだが、本部を離れて共に過ごすのが楽しみで来たようなもんだ。

「着く迄は……仕事は休みだ」

そう言えば、コツンと肩に頭を乗せて凭れて来る。まっすぐで長い黒髪が俺の胸に掛かるのを、指に絡めてスルッとほどけるのを楽しんだ。

「リヴァイ……会議嫌いでしょう?」
「好きな奴が居るとは思えねぇが……」
「だったら何で……来るなんて……」
「ただの気紛れだ」

知的でクールで美人……おまけにとんでもなく腕も立つ。ハンジの下らねぇ集計によれば、『恋人にしたい女性』とやらで断トツ1位だったらしい。
その発表に待ったを掛けて、俺はナマエに告白した。

「でも……」
「お前が行くと聞いたからだ……と言えば納得するか?」
「……?」

不思議そうに俺を見たナマエの頭を撫でながら、コイツは鈍すぎる……と、何度目かわからねぇ溜め息を吐いた。
恋人が居た事があるらしいが、それはこれだけの容姿で当たり前だとは思うのだが……最後は振られたのだそうだ。

「ったくお前は……」
「……?」
「一緒に過ごせるのは嬉しくねぇのか?」
「えっ? すごく嬉しいに決まってるじゃない!」
「なら、俺もそうだとは思わなかったのか?」
「…………そうなの?」
「でなきゃわざわざ来ねぇ」
「そ、そうなのね……」

申し訳なさそうに眉を寄せる……俺は別に責めたい訳じゃねぇが、そういった事を察するという部分がどうも機能してねぇらしい。

「俺はお前が好きだと言った筈だが……」
「確かに……私もリヴァイが好きです」
「なら、お前が俺と居て嬉しかったり楽しかったりするのと、俺も同じだと思ってくれればいい」

頬にキスすれば、それじゃ足りないと言う様に、唇へとキスをくれた。

「続きをしたいところだが、そろそろ着く様だな……残念だが」
「そう……ね」

恋愛感情や思惑、水面下での駆け引きといった部分は全くと言ってもいい程わかっちゃいねぇ……俺も人の事を言える程じゃねぇがな。




普通ならば、ドレスコードも正装だろうと思われる店で、昼食会は行われた。兵士の正装は……兵服なんだろうが、この格好で食うのも何か落ち着かねぇ……

「兵長、どうかされましたか?」
「いや、昼から豪勢だと思っただけだ」

小声で訊いてきたが、そんなに顔に出ていたのかと思うと、気を遣わせただろうと力を抜いた。

貴族の豚共と憲兵が殆どで、駐屯兵も数人居たが……俺もそうだが、話す相手も無く茅の外だ。

まぁ、俺はその方が楽でいいんだがな。

だが、時折俺の横へと視線を寄越しては、ヒソヒソと話している様子を見ると、折角抜いたはずの力が眉間の辺りに集まるのがわかる。

嫌な面して見てやがる……

隣を見れば、顔には出さねぇが……好物のデザートを少しずつ楽しんでいる。残り僅かとなったところで、素早く皿を換えてやった。
一瞬、何すんのよといった目をしたが、俺の分の新しいデザートを置いてやれば、小さく「ありがとう」と言ってまた食べている。

お前の楽しみを取り上げる筈が無いだろうが……

俺は僅かに残されていたデザートを口に放り込んでまた、回りを見ていた。
幸せそうに食べているナマエに色の付いた視線が集まっている……が、デザートに執心な本人は気付く素振りも無い。

食事が終わると、移動するのかと思っていたが、そのままそこで会議だった。
たかだか歩いて10分も掛からないだろう場所まで移動するのも億劫だと……豚共が笑っている。

歩くより、転がれば早いと思うがな……

それぞれの兵団の報告や質疑応答……これは補佐の役目で、俺は特に何もする事が無い。
休憩だと言ってはコーヒーと菓子を出されるが、そんなもんが無ければ2時間も掛からねぇ会議は4時間続いた。




「なぁ、毎回会議はあんな感じか?」
「そうですね……酷い時はほぼ歓談で終わりますが……」
「意味があるのか?」
「さあ、私が考える事では無いでしょうから……」
「まぁ……そうだな。そんなもんだな」

主だった連中が席を立ち、出て行くのを見送ってから立ち上がった。真っ先に出て行くだろうと予想していたナマエは意外そうな顔をしたが、下手に立てば、ナマエに視線を寄越していた奴等に捕まる可能性が高い。

誰が面倒事にわざわざ向かうか……

遣り過ごしてしまう方が早い。
そう思ったのだが、諦めの悪い奴は居るもんだ。
通路の先で待ち伏せか……

「ナマエさん、このあと予定が無ければ、ディナーでもいかがですか?」
「お誘いありがとうございます。このあとは資料を纏めたりしなくてはならないので、申し訳御座いませんが失礼させて頂きます」

考える素振りも無く、断る姿に口角が僅かに上がる。
そこで引き下がる程度ならまだ良かったが、少しくらい大丈夫だろうと俺に振って来やがった。

「俺は自分の女を差し出す趣味はねぇ……諦めろ」

もう、仕事は終いだとナマエに言って腰を抱き、呆けた男を置いて歩き出した。

「あ、あんな事言って……」
「嘘は言ってねぇ、問題があるなら人の女に懸想した奴の方じゃねぇか?」
「そ、そうかもしれない……でも……」
「何だ、行きたかったのか?」
「そんな訳無いでしょう? リヴァイと居るのに……」
「なら、問題ねぇだろうが」

困った様に……だが、少し照れた様に笑うのを見て、俺は安心する。俺も得意じゃねぇが、ナマエは更に口に出したりしねぇ分、たまにこうして聞こえる気持ちは嬉しい。

そのまま、店を探しながら歩いていたが、ナマエの容姿は目立つ。長い黒髪が目を引き、その顔に振り返り……スタイルも舐める様に見ていく奴等が後を絶たない。

「オイ、離れるな……」
「ん? どうかしたの?」

自覚もねぇ……

俺の心配などどこ吹く風といった様子に、少々腹が立ったが……

「いや、迷子になるなよ?」
「子供じゃありません……あっ、あれ可愛い……」

パタパタと飾ってあるアクセサリーの方へと走った。ガラス越しに見つめる姿は普通の女だなと苦笑した。

「気に入ったなら……買ってやるぞ」
「えっ、そ、そんなつもりじゃないし、見たかっただけだから……」

俺の背中を押して歩き出したが、暫くして、俺もふと目に留まったスカーフがあった。

「ちょっと待ってて……」

ナマエがその店に入り、店員と話していると……俺が見ていたスカーフを店員が持って行った。

「お待たせ……はい、リヴァイ」
「あぁ……」

受け取った袋の中身はスカーフだ。

「嬉しい?」
「あぁ、凄く嬉しいが……お前はどうしてこれを買った?」
「欲しそうに見えたし、似合うと思ったから……」
「そうか、俺もさっきそう思ったんだが……」

ハッとした様に俺を見たナマエは、同じ気持ちだったのだと理解した様だ。

「戻るぞ」

先程の店へと連れて行き、ナマエが見惚れていた物を買った。

「何か……申し訳なくて……」
「それも同じだ、お前は良くて俺はダメなのか?」
「そうじゃない……」
「お前も俺も、そんなつもりもなく見ていただけ……だが、互いに買ってやりたいと思った。そうだろう?」
「はい」

滅多に見せない満面の笑みに、俺も満足だった……のだが……

他の奴等に見せたくねぇな……

急いで手を引いてその場を去った。
適当な店を見つけて入ったが、飲んでいても、チラチラと見ている視線が絶えない。俺の不安は積もるばかりだ。

「そろそろ行くか……」
「もう……?」

早く二人だけになって、この不快な不安をどうにかしたいと思った。

「ゆっくり部屋で飲みたい気分だ……」
「そうね、疲れたでしょう?」
「あぁ……」

そうじゃねぇんだがな……とは思っても、説明するのも億劫だ。
残っていたものを平らげて、店を出た。

すっかり夜の町と化した辺りは、今夜の相手を探す男や客を探す女が彷徨く。

この辺りはまだましだった筈なんだがな……

目付きの良くない奴らから隠す様に歩いたが、どうしたってナマエは目立つ。
小柄な俺からなら奪えると思ったのだろう輩が、間合いを詰めて来ている……

「走れるか?」
「えっ?」
「厄介事は避けたいんでな……」
「……はい、大丈夫です」

良くない雰囲気は感じた様で、繋いでいる手をグッと握った瞬間、走り出した。
だが、相手もバカじゃねぇ……路地の前を塞がれ、すぐに後ろも塞がれた。

「仕方ねぇ……仕事だ。護れ!」
「はいっ!」

俺の言葉に反応したナマエが構えた。
団長補佐は……ボディーガードも兼ねる。以前は男だったが、負傷した奴に代わってナマエがその任に就いたのだ。
自分の身を護れと言ったところで無駄だろう。俺を護れと言っておけば、その力は遺憾無く発揮される。

「……兵長、お怪我はありませんか?」
「あぁ、何ともねぇ。良くやった」

パンパンと手を叩き、ナマエが息を吐いた。

「まったく、何なんですかこの人達は……いきなり襲って来るなんて」
「さあな、仕事は終わりだ……行くぞ」

相手が悪かったな……と、倒された奴等を横目に宿へと向かった。




食い物と酒を買って宿へ入ったが、俺は落ち着かねぇ……

テキパキと仕度をしているのを見ていたが、はい、と……グラスを渡されて酒を注がれた。

「お疲れ様でした」
「あぁ、お前も疲れただろう?」
「……慣れてるから、そんなには」
「そうか、まぁ、ゆっくりしとけ」

付き合い始めて3ヶ月は経っただろうか? だが、調査やタイミングの悪さなとが重なり、未だ共に夜を過ごした事が無かった。

意外と良く喋るナマエに、俺は相槌を打ったりするばかりで、あっという間に酒が底をついた。

「足りなかった……」
「もう充分だ。明日に響いても困るだろう?」
「そう……ですね」
「そろそろ寝るぞ」
「……」
「どうした?」
「え、あの……何だか急に恥ずかしくなって……」

スッと横を向いたナマエが可愛くて、俺は引き寄せた。

「俺は部屋に入ってからずっとそうだが……?」
「え……と……」
「嫌なのか?」
「そうじゃなくて……」
「嫌ならさっきの奴等みたいにぶっ飛ばせ」

笑いながら抱き上げると、風呂だ何だと慌てている。

「観念しやがれ……」

歩きながらキスをして、ベッドに寝かせてそのまま覆い被さった。

「やっと……捕まえた」
「リヴァイ……?」
「どうする? 吹っ飛ばすか?」

ふるふると首を横に振ったナマエが、そっと耳元で囁いた。

「多分、気持ちは同じ……」
「なら、遠慮は要らねぇな」

ぎゅっと力の入った腕に安心する……

付き合い始めてから、ずっと不安が付きまとっていた。
きっと、こうなってもまたそれは続くのだろうが、この時だけは不安も嫉妬も一切を忘れ……満たされていくとわかった。

全ての感覚と感情が……ナマエに向けられている、受け止めている。そして、その想いを、熱を……伝えようと必死になる。

ゆっくりたっぷり……二人きりの時間を満喫した。




翌朝、先に目覚めた俺は……ナマエの寝顔を眺めていた。

「リヴァイ……」

フッと笑って名を呼ばれたが……一体どんな夢を見ているのか。だが、夢でも俺が一緒なら安心だと馬鹿げた事を考えた。

「起きねぇと……朝飯の代わりにお前を食っちまうぞ」
「私も食べたいです……」
「俺をか?」
「……?」

冗談だと笑いながらベッドを降りて着替えた。
退屈な会議も余裕で遣り過ごせる程、俺の機嫌は良かった。

帰りの馬車は、行きよりも引っ付いているナマエに気持ちが落ち着き、まるで安定剤の様だと思った。

気分良く戻って、団長室へと揃って報告に行ったのだが……

「ナマエ……何か今日は一段と綺麗だな」

エルヴィンのその一言で、俺の機嫌は墜落した。

「エルヴィンてめぇ……まさか」

地を這う声に、エルヴィンも全力で否定したが、今日はもう休めと二人とも部屋を出された。
そのまま、ナマエを担いで自室まで急いだ。

「お前が足りねぇ……」
「……?」

俺の不安材料で安定剤……

ココが減ったと胸を指し、だから補充するのだと俺は笑った。

「どうすればいいの?」
「お前は……可愛く啼いてりゃいい」

頬を染めて逃げたナマエを捕まえて、ベッドへ倒れ込んだ。
そっと目を閉じたナマエを抱き締めて……甘い時間の始まりだ。

End



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