「相馬さん……」
どうしたの、山田さん。そんな顔して。
「……相馬さん」
そんな声で俺の名前を呼ばないで。
「これで――……」
その続きは聞きたくないよ。
「さようならです」
――嫌だ。
彼女の背中が遠くなる。伸ばしても届かない距離。
そして、離れ行く。
「……待って!」
こぼれたのは、涙。
俺の頬から唇に伝った水滴はしょっぱかった。
悪夢だ。
「っ…はぁっ…は、はぁ……」
乱れる息を整えようと深呼吸をする。酷い喉の渇きによって痛みが走るようだった。
ふらりと立てばキッチンへ行きコップに水を入れて、一思いに飲み干す。しかし水は喉の渇きを潤さず、涙の補給をしたようだった。
ポタポタと滴る涙に制服が濡れる。よりによってあんな夢を見るなんて、ね。しかもバイトの休憩中に。
「全く……俺らしいって言えばらしいけど」
自分を嘲笑うかのような声は空しくも休憩室に消える。
意識しないようにと思えば思う程、俺の中で彼女の存在は大きくなるばかりだ。
手放したくないのだろうか。
彼女の笑う顔が見られればそれで満足だったはず。
最初は、からかい甲斐がある楽しい子なだけのはずだった。
君の反応が可愛くて。
ふと、俺には不釣合いな物を手に入れてしまったから。
きっと。
いつか手放さなければいけないって、心のどこかで思っているんだろうか。
「はぁー……」
まだ休憩時間はある。俺は椅子に座り直し涙を拭ってから机に顔を伏せた。
俺から溢れる君への気持ちを、零さずに全て伝えるなんてことは出来ない。
大人には君に見せることの出来ないような欲だって持っているのだから。
「相馬さーん。どこですか?相馬さーん」
遠くから、君の声。
来て欲しくないな。自分のこんな醜い姿なんて見せたくない。
自分の願いとは反対に、近付く君の声。
「あれ、相馬さん。こんなところに居たんですか」
俺に気付いたのか部屋へと入って来る足音。
「山田も休憩なのです!相馬さんと一緒です。」
楽しそうに弾んだ声は、ふと小さくなる。
「……相馬さん寝てるんですか?」
伏せたままの俺を寝ているのだと勘違いした山田さんは声を潜めながらそっと隣に座った気がした。
「お疲れですか?」
彼女の手が俺の頭を撫でる。
くすくすと笑い声をあげれば、少し間を置いてまた声が聞こえるのだ。
「……相馬さん、大好きです」
こぼれたのは、愛。
「……っ」
「相馬さ……わぁっ!」
腕の中に抱きしめて、ずっとこのままで居られたらいいのにと。
「山田さん……」
「お、起きてたんですか?!」
「うん、起きてたよ」
「や、山田は……やまやまやま」
状況の読めない彼女は俺の腕の中で戸惑いながらも俺のことを心配そうに見つめてくる。
「手放したくないよ……」
俺の小さな呟きにさっきまで慌てていた彼女は、きょとんとしたような目で俺のことをしっかりと捉えた。
「何言っているんですか、相馬さん。山田は手放される気なんてさらさらありませんよ?」
なんて君が言うものだから。
大人の俺はまだまだ子供の君に翻弄されて、思いを欲をぶつけてしまうんだ。
「ずっと一緒にいてね。山田さん」
唇を離して目を開ければ、顔を真っ赤にさせている君が目の前にいた。
2015/03/19
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