「今日が何の日か分かりますか?」
ふふっと嬉しそうに笑いながら聞いてくるのは山田さん。
休憩に入ったところで彼女に捕まってしまったという訳だ。
「う〜ん、何だろう」
山田さんの笑顔が、嫌な予感しかしないのは俺の気のせいではないだろう。
明らかに、何か企んでいる顔。
「分からないんですか?」
ぷくっと頬を膨らませ、見上げてきた山田さんはぴょんと跳ねて抱きついてきた。
首に絡んだ彼女の腕が、俺のバランスを崩させる。
「あ、危ないからさ…ほら」
なんとか体勢を持ち直し、彼女に駄目だよと優しく言う。
それでも山田さんは全く気にしないで自分の話を続ける。
きっと俺の言葉なんか耳からすうっと抜けていくんだろうな、なんて思いつつも俺はいつも注意する。
「相馬さん!今日はいい兄さんの日です!」
「いい兄さんの日?」
「はいっ、11月23日で『いい兄さん』語呂合わせだそうです!佐藤さんが教えてくれました♪とってもいい日です!山田のためにあるような日…!」
「佐藤くん…」
何故、山田さんにそんなことを教えてしまうのか。
きっとこうなることは安易に予想出来ただろうに。
(…昨日、轟さんの話でからかい過ぎたかな)
昨日の自分の行いを、反省しようと思わせられることになった。
「なので、山田のお兄ちゃんになって下さい!甘やかして下さい!」
ああ、やっぱりだと。
嫌な予想は的中だった。
「う〜ん、お兄ちゃんかぁ」
曖昧に言葉を返すと、純粋な目がこちらを見つめる。
「お兄ちゃんは…嫌だなぁ」
「何でですか?!山田のこと嫌いですか…!」
…あぁ、なんて説明しよう。
この間、ようやく気付いてくれたと思ったのに。
いや、気付いた訳ではないのか……
「この間は、妹やめるって言ってなかった?」
「今日はいいお兄ちゃんの日だからいいんですっ!山田はいいお兄ちゃんをしている相馬さんの妹役を引き受けてあげるんです!」
山田、えらいです。と何故か誇らしそうに椅子の上に乗って俺を見下ろす。
(…結局、甘えたいってことだよね)
はぁ、と溜息をひとつ。
「だからお兄ちゃんは嫌だって言って…」
椅子の上に立つ山田さんにそう言おうと少し首を上げるとバランスを崩した山田さんがふらついて落ちる。
「あっ、危ない…!」
咄嗟に手を伸ばして、引き寄せる。
山田さんに怪我をさせないようにと考える前に体が勝手に動いていた。
頭を守るように抱きしめたまま山田さんを受け止める。
「山田さん…大丈夫?」
「山田は大丈夫、です」
…どうやら山田さんは大丈夫そうだ。
ほっと安心するが、俺の方はそうでもなく。
背中に響く、鈍い痛み。
打った背中の痛みに顔を歪ませると、彼女はそれに気付いて眉間にしわを寄せる。
「相馬さん…!大丈夫ですか?!」
「うん…大丈夫だよ?」
「嘘つかないで下さい…!山田をかばって相馬さんが…」
うるうると目に涙を浮かべる彼女に、心配をかけたくないと思ってしまう。
「大丈夫だよ」
「本当のこと言って下さいっ!」
今にも泣き出しそうな山田さんを目の前にして、俺は何を言えばいいというのか。
「…本当は、少し痛いけど」
「ごめんなさいっ…相馬さん!山田のせいで…!」
何度も謝る山田さんに言い聞かせる。
「山田さんが怪我しなかったから、良かったよ」
つうっと涙が山田さんの頬を伝う。
泣いている訳ではなく、溢れそうだった涙が笑った拍子に伝ったものだった。
「山田を助けてくれました。やっぱりいいお兄ちゃんですね」
ふふっと嬉しそうに笑う山田さん。
その笑顔がとても幸せそうで。
可愛らしい、愛おしいと思ってしまう。
体を起こして、そのまま山田さんを抱きしめる。
「だから、俺はいいお兄ちゃんなんか嫌だって言ってるでしょ」
頬に伝う涙を掬い取るように、俺は彼女に口付けた。
2013/11/23
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