山田さん、一人で起きれる?と聞こうとして、やっぱりやめた。
今日くらい、分かりやすく甘やかしてもいいだろう。

俺は山田さんをゆっくり起こしてあげる。


「俺が飲ませてあげるね。ほら、口開けて?あ〜って」

「えっ?これって…甘やかしですか?相馬さんが甘やかしてくれるなんて山田、超幸せです!あ〜」


上機嫌な山田さんは口を開けて、待っている。
山田さんって本当にコロコロと表情が変わるから見ていて飽きないんだよね。

俺はその口に錠剤の風邪薬をひとつ入れ、水を飲ませた。



だ…けど。

飲みこんでくれない。



段々と山田さんの表情が険しくなっていく。
体温で溶けてきてしまったのだろう。


苦い、という顔をして俺を見る。


……いや、飲みこんじゃえば済むことなんだけどね?




「山田さん、飲まないと苦くなっていくよ?」

「ん〜っ!ん〜っ!」


嫌だ、嫌だと顔を左右に振って俺に訴える。

びっくりさせれば飲めるかな、なんて俺は思う。




「ねぇ、山田さん」


「……っ…?!」




一瞬だけ、彼女の小さな唇に触れる。


山田さんの肩が揺れて、ごくっと薬を飲み込む音がした。




「そっ……そ、そ…そう、ま…さんっ?!」


「ほら、飲めたでしょ?」



えらい、えらいと頭を撫でてあげると山田さんは顔を真っ赤にさせて布団にもぐりこんだ。





「や、やまっ…山田はもう寝ます!」


「あ、うん……おやすみ」




彼女の寝息が聞こえ始めてから、ようやく我に返った。



(俺、山田さんにキス…しちゃった……?)


山田さん、さっきのが初めてのキスだったらどうしようとか、そんなことを考えるのはやめた。
きっと寝て起きたら忘れてくれる。


忘れて欲しくはない、けれど……
彼女のためを思うなら、忘れてしまってもらったほうがいっそのこといい。



あぁ…次会った時、どんな顔すればいいんだろう。

何もなかったように普通でいられるかな、俺。




(あ……買ってきてあげたリンゴ、むいてあげるの忘れてた)




そんなどうでもいいことを思い出しつつ、俺の心はチクリと痛みの音を立てた。







(5/5)


2013/08/04


 




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