いつものように町を見回りしていた時だった。
雨が降っていることもあり出歩いている人はさほどいない。
すれ違ったのは二、三人くらいだっただろうか。
万事屋の近くを通ると、どこからか鼻歌が聞こえてきた。
「〜♪〜〜♪♪〜〜」
辺りを見回してみる。
さっきから降り始めた雨の音に混じって微かに聞こえる鼻歌。
ぴたっと鼻歌が止んだかと思ったら、少し離れた大きな木の横に万事屋の神楽がいた。
「…捨てられたアルか?」
ダンボールを覗いている。捨て猫だろう。
神楽は猫を抱き上げ、猫の目をじっと見つめて言った。
「ワタシも一人だったネ…」
小さくて哀しみの含まれた声が雨に掻き消される。
消えてしまうのではないかと思う程アイツの小さな背中がいつにも増して小さく見えた。
「…でも、今は銀ちゃんも新八もいるから寂しくないネ。くだらないけどいい奴ばっかりネ。」
みゃー?と猫が首を傾げながら神楽を見る。
神楽は猫をダンボールに戻し、ダンボールを風が当たらないように木の近くに寄せた。
「風邪引いたら駄目アルよ?マフラーに包まっているといいネ。」
神楽は自分の巻いていたマフラーを猫の入ったダンボールに入れてやり、雨で猫が濡れないように傘を置く。
「きっとお前にもいい仲間が出来るアルよ。」
そう言った横顔がいつもと違って子供だと思っていたアイツが、少しだけ大人びて見えた。
* * *
「みゃーぁ。」
捨て猫が俺をじっと見つめる。
「…なんですかィ?」
にゃーにゃーとうるさく鳴き続ける猫に仕方なく近づき、それを見下ろした。
「にゃー…みゃー…」
猫は俺の足にしがみつく。小さな猫は雨で少しだけ濡れた前足で俺のズボンに小さな足跡をつけた。
「はぁ…仕方ないでさァ。」
俺は猫をダンボールごと持ち上げ、神楽が置いて行った傘をさして見回りを終わりにした。
「今、帰りやしたぜィ。」
「おう。遅かったじゃねぇか。」
そう言って俺の方を向いた土方さんが俺の持っているダンボールを見て不思議そうな顔をした。
「なんだそれ?ゴミでも不法投棄されてたか?」
「土方さん…猫ですよ、猫。捨てられてたんでさァ、拾ってきたんでィ。」
「猫だぁ?何だってそんなモン連れて来てんだよ。」
煙草を吸いながらダンボールを覗き見た土方さんは、少し呆れながら椅子に座りなおした。
「仕方ないじゃないですか、コイツが捨てられてたんでさァ。」
「捨てられてた?」
土方さんは明らかに面倒だという顔をする。
「飼い主は?」
目星はついているのかと聞くように、そう尋ねてきた土方さんに俺はうんざりしたように言ってやった。
「いる訳ないってことくらい土方さんでも分かるでしょう?飼えなくなったから捨てる…勝手な人間だィ。」
俺がそう言うと土方さんは急にしんみりとした顔をする。
「…そうだな、この猫だってちゃんと生きてる。人間と同じ生き物だってのに、人は動物を都合のいいように使う…全く、勝手な生き物だよ。」
しんみりと溜め息をついた土方さんにすかさず俺は言う。
「ってことで土方さん、この猫飼ってくだせェ。」
「はぁ?!何言ってやがる?それとこれとは話が違うだろうよ!」
ちっ…作戦は失敗だィ。
「土方さんも勝手な生き物なんですねェ…」
「てめぇの方が勝手だろうが!」
「ここで飼うってのはどうでしょうかィ?」
「駄目だ!てめぇが拾って来たんだ、てめぇで責任持って飼いやがれ!」
「…へィ。分かりやしたよ。」
こうして俺がコイツを飼うことになったんでさァ。
* * *
「みゃーあ、みゃーぁ」
「……。」
「みゃー?」
「どうしたんですかィ?ちょっと黙ってて下せェ」
「みゃー、みゃー!」
「…あぁぁ〜!うるせぇ!ったく仕事になりゃしねぇ。
総吾、その猫連れてさっさと帰りやがれ!」
「帰っていいってさァ。早く家に帰って寝やしょうぜ。」
「…おい、総吾。もしかして、てめぇ…早く帰りたいがためにその猫鳴かせたんじゃねぇだろうなぁ?」
「なに言ってるんですかィ、そんなこと無理に決まってるじゃないですかァ。」
「まぁ…そうだが。」
「ふっ…うまく騙せたようですぜ?」
「おい、聞き捨てならねぇことが聞こえた気がするんだが。」
「きっと気のせいでさァ」
「…ちっ。早く帰れ」
「へい。」
「先に帰りまさァ」
「ちっ、仕方ねぇ。とっとと帰りやがれ」
土方さんに悪態をつかれながらその場所を後にする。
家へと帰る道、猫を下ろし自分の足で歩かせる。
「小さくたってダメでさァ。自分の足で歩かなきゃ生きていけないんでさァ」
「みゃー…みゃー」
いつもよりゆっくりと歩いてやっているつもりなのにその猫は俺の随分後ろをちまちまと歩いている。
「みゃー…」
その泣き声がさっき見た神楽の悲しそうな声に似ているような気がして、
「はぁ…」
溜め息をついてから猫を抱き上げた。
「…次からはちゃんと歩くんですぜ?」
そう言うと、さっきまで「みゃーみゃー」と鳴いていたというのに、今は一言も鳴かずに俺の腕の中で大人しく黙った。
「いつかは一人で生きていかなきゃダメなんでさァ」
自分に言い聞かせるようなその言葉は、静かな帰り道に寂しく響いた。
END
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