「パン、買いたいんですけど」
鍵がかかった扉の向こう側に立っているのはきっと、いつもの君。
同じ顔した双子の弟の方。
「わかったわよ、今開けるから」
購買の営業時間はもう、とっくに過ぎていたけれどわたしはそのドアを開けた。
「はい、パンよ」
入って来た君にパンを手渡す。
「…僕に選択権はなしですか」
「これしか残ってないのよ」
それでも不満そうな君に「これだってわたしが食べようと思ってたものよ。君に譲ってあげるんだから少しは感謝しなさい」と付け加えて。
4点シールのついた大きなパン。
今日はなんだか君が来そうな気がして、売り切れる前に買っておいた。
「これ、量多いじゃないですか」
「もう一人の子と一緒に食べればいいじゃない」
「悠太は食べないですよ。今日のパン当番、僕だし」
いつもポーカーフェイスの君だけど、お兄ちゃんの話をする時と、いつも一緒にいる仲の良い友達のことを話す時、決まって少し嬉しそう。
ただ少し、口数が多くなる。
ただ少し、声のトーンが穏やかになる。
きっと、信頼しているんだなって思う。
「だったら、わたしが半分食べようか?」
「…いいんですか?」
今さっき拭き終わったテーブルにパンを置いて、近くにあったイスに座る。
君もわたしの正面に座る。
「…でも、なんか―」
そう言いかけて、君はパンとにらめっこ。
不意にわたしと目が合って、そらす。
夕日が差し込んでくる学食の食堂で君と過ごす、わずかな時間。
「負けた気がするから、なんか嫌だ」
「負けるって、なに?」
「このパンに負けたような気がするから。
4点のシールだけ貰って、戦わずして負けるなんて…なんか嫌だから」
じっとパンの4点シールを見つめ、大きなパンを手にのせる。
「じゃ、頑張って勝ってよ」
わたしが言うと、君は「でも、やっぱり―…」
「でも、やっぱり…なんて言わないの!男に二言はないんでしょ?」
「僕、そんなこと言った覚えないですけど」
わたしは君からパンを取って、袋を開ける。
「ほら」と言って手渡すと「今日は夕飯食べられないな」とつぶやいて、わたしの目を見た。
わたしは黙って君を見ると、君も黙ってパンを食べた。
―君といると1秒が長く感じる。
ゆっくりと時間が流れて、たとえそれが5分でも君と居られるのが嬉しくて。
放課後に君がやってくるのを待っている自分がいて。
君がこのパンを食べ終わるまで―あと…少しだけ。
2012/05/12
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