『 ありがとう 』

佐藤さんは古びた工場に向かって叫んだ。

「人質を解放しなさい!!」


三十代後半だと思われる犯人は人質を監禁し、使われなくなった工場の跡地で立てこもっている。
早朝に起きた銀行強盗事件の犯人だ。

銀行員の通報が早かったため犯人が逃げる前に駆けつけることが出来たのだが…
犯人は拳銃を所持していたため、駆けつけた時には既に人質に拳銃を向けていた。

人質の安全を第一に考えた僕らは犯人の要求通り車を用意したのだ。


張り詰めた空気の中、男の声が返ってきた。


「そんなこと出来る訳ねぇだろう!!」

極度の緊張状態の犯人は感情的になっている。
犯人を刺激しないように静かに言った。


「…私がかわりに身代わりになるわ。それならいいわよね?」

「さ…佐藤さんっ?!」

佐藤さんの言葉に驚いた。

確かに人質の身の安全は第一だ。
しかし僕にとっては佐藤さんも一番大切な人だ。


「まずは人質の解放だけを考えるのよ。」

佐藤さんは真剣な表情で僕に言ったけれど、僕は何も言葉を返せずにいた。


「…。」


「高木くん!!」


佐藤さんの固い意志に押し切られ、僕は小さく頷いた。


「…はい。」


犯人も承諾し、人質の代わりに佐藤さんが犯人も元へ行く。


それから犯人はずっと立てこもっていて、なにか変化が起きるようすもなかった。



工場の扉には鍵がかけられていて、僕は中の様子を知ることができない。


「…ちっ…」

ただ、時々聞こえる犯人の舌打ちとその犯人を落ち着かせる佐藤さんの声。
それが佐藤さんの安否を確認できる唯一の情報源だ。


早朝に起きた事件だ。
犯人も精神的疲労がかなりかかっているだろう。

それは僕ら警察も同じ…

犯人の傍にいる佐藤さんはずっと緊張状態が続いているはず…


辺りが薄暗くなってきた頃、事件は急展開を迎えた。


「大人しくしてろ!!下手に動いたら、この女がどうなってもしらねぇぞ!」

ナイフを突きつけられた佐藤さんが犯人を思われる男と外に出てきたのだ。


「…っ……」

犯人の言葉に僕は動くことができない。


犯人は僕達警察と距離をおいてから佐藤さんを突き飛ばすように離してそのまま逃亡した。


佐藤さんは勢いよく地面に倒れこんだにも関わらず犯人確保を僕に促す。


「犯人を逃がさないで!!」


「待て!!」

僕は力の限り走った。


絶対に捕まえる。
僕は犯人に追いつき、そのまま犯人確保へと向かった。

犯人が拳銃を所持していたことなど全く構わずに。


「確保!!」

逃げる犯人を何人かで押さえつけ、手錠をかけた。


僕は犯人がパトカーの中に入るのを確認してから
すぐに佐藤さんの元へと走った。



佐藤さんの肩は震えていた。


駆けつけた時に佐藤さんは地面に座り込んだまま僕を見上げた。
目にうっすらと涙を浮かべたまま。


「佐藤さん、もう大丈夫ですよ。僕がついてますから。」

「…ありがとう…高木くん。」

そう言った佐藤さんの声があまりにも小さくて、消えてしまいそうで…


「…あんまり無茶しないで下さい、佐藤さん。」


僕は周りの警官たちに気づかれないように佐藤さんの手をきゅっと握った。





※300HIT記念。

結構頑張ってシリアスにしたつもり。

最初は高木くんに「ありがとう」を言わせようとしていたけれど
たまには佐藤さんってのもいいかなと思って変更してみたのです。

300HITありがとうございます。これからも宜しゅう頼みます。



2011/12/09


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