毎日は平和 Short | ナノ
雨々、ふれふれ
「……最悪、やな」
冷たい雨が降っている。
薄暗い雲から止まることなくふり続ける雨に打たれ、俺は雨宿りをするために店の屋根の下に駆け込んだ。
六月とはいえ、雨が降ると肌寒い。
制服のワイシャツが雨に濡れてぴったりと肌にくっつく。
なんとも居心地が悪い。
「止む……わけないわな」
薄暗い灰色の空を見て、溜息をつく。
普段は雨に濡れることなど気にしたこともないが、今日はそうもいかん。
鞄の中には和葉に返すつもりでいたノートが渡しそびれて入りっぱなし。
(自分のもんなら別にええんやけどな。いくら気心しれた幼馴染みっちゅうても、借りたもん雨に濡らして汚すって言うんはなぁ…)
そういえばオカンが今日の朝、雨降るって言うてた気ぃする。
……分かってんなら、鞄に折りたたみ傘でも入れといてくれてもええやろ。
俺が持っていかんの分かっとって、家出る直前に言うたんやな……
さすが悪知恵の働くオバハンや。
なんて、自分のオカンをオバハン呼ばわりしつつ「これからどうしようか」と考えを巡らせた。
「やっと追いついた……」
ふと、顔を上げると傘をさした和葉が目の前に立っていた。
「和葉?」
「平次が傘もささんと走って行く姿見えたから、すぐに走って追いかけててんけど…平次、走るんめっちゃ速いねんもん」
はぁはぁ、と息を切らした和葉が鞄からもう一本の傘を取り出す。
「用意ええな、自分」
「当たり前やん。平次が傘持ってくることなんてほとんどないやろ?」
当然のように、俺はそれを受け取ろうと手を伸ばした。
「お母さん、雨降って来てしもうたね」
「そうやねぇ」
「傘、持ってくれば良かったね」
「ホンマやねぇ〜…少し待ってたら、やんでくれはるかな?」
店から出てきた親子が俺の隣で話すのが聞こえた。
「……平次」
和葉の顔を見れば、分かる。
「ああ、ええで。渡したり」
俺がそう言うと、和葉は嬉しそうに頷いて親子に声をかけた。
「良かったらこれ、使って下さい」
それは、今さっき俺に手渡されようとした折りたたみ傘。
「ホンマですか?でも、そしたらお兄さんが」
視線が俺に向けられたので、俺は「気ぃ遣わんと、子供居るんやし」と母親に声をかけた。
「すいません、ありがとうございます。ほんならお言葉に甘えて……」
手を繋いで親子で傘をさすと、子供が俺らに礼を言った。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんおおきに!」
「どういたしまして〜気をつけて帰ってな?」
「うんっ!」
母親がお辞儀をすると、子供が歌を歌いながら歩き出した。
母親は、子供が雨に濡れないようにそれに合わせて歩いて行った。
「ほんなら、俺らも帰るか」
「そうやね」
当然のことのように一つの傘に入り、俺が和葉の代わりに傘を持つ。
濡れないようにと、和葉のほうに傘を傾けながら。
肩が触れ合うか触れ合わないか、この微妙な距離で
いつもよりゆっくりと、和葉の歩く速さに合わせて雨降る道を歩いた。
2013/06/29