「春らしくなってきたわね」
「そうだな」
あぁ、と頷き空を見つめる。
いつまでも冷たい冬だと思っていたが、風は少しずつではあるが確実に暖かくなっていた。
隣で桜の蕾を見上げる灰原。
どこか切なそうな顔をする。
「私ね、桜好きなの」
唐突なその言葉に何も返せずに灰原の顔を見ると、「でもね」と灰原は続ける。
「でも……、一番嫌いな花なの」
遠くの空を見つめる。
俺にはその灰原の心意が分からなかった。
「なんでだよ、」
そう聞くのは野暮だったかも知れないが、その時の俺にはそう聞くしか選択肢がなかった。
灰原はわずかに微笑んでから答える。
「綺麗だからよ」
「でもそれは嫌いな理由にはならないだろ」
「美しく咲くのに…すぐに散ってしまう……桜って、まるでお姉ちゃんみたいでしょ」
そう答える灰原の横顔が儚く見える。
「思い出すから嫌いなんだけど…でも―、」
一瞬だけ目を瞑り、灰原が俺の方に向き直る。
「見守ってくれているみたいで、どうしても大嫌いにはなれないのよね」
諦めた様に微笑んだ灰原。
俺と灰原の間に妙に爽やかな春風が吹いた。
2013/03/02