午後の授業を受けていた時だった。
教室のドアが開いて、血相を変えて慌てた先生が走ってきた。
「小林はいるか?!小林紗枝!」
紗枝は急に名前を呼ばれて驚いていたが、先生は授業などお構いなしに大声で続ける。
「お母さんが倒れたらしい…早く病院へ行きなさい!」
「え…?」
紗枝の動きが一瞬止まり、その一瞬で紗枝から笑顔が消えた。
「早く!!」
「…っ!」
先生に促され、紗枝は返事をすることもなく教室を飛び出した。
俺もそのあとへと続く。
「木村!お前は行かなくていい!」
担任に止められたからといって、俺は教室を出るのを躊躇ったりしなかった。
「紗枝を一人にしておけません。」
そう言うと、「…そうか、分かった。小林のこと、頼んだぞ」と担任も納得して俺も病院へいくことが認められた。
「…お母さん」
先生の車の中で、泣くのを必死に堪えながらぎゅっと手を握っている紗枝の隣に座るだけで俺は他に何も出来なかった。
病院に着くと、俺と紗枝は受付へと走った。
「小林千佳はどこですかっ!」
紗枝は周りの目も気にせずに母親の名前を言う。
「○○号室にいます」
それを聞くや否や、紗枝は走った。
「あの…お母さんはっ?母は大丈夫なんですか?」
病室から丁度出てきた医者に問い詰めるような勢いで聞くと、ゆっくりとした口調で返事が返ってきた。
「過労だよ。少し疲れていたようだ。今は安定しているし、ゆっくり寝れば疲れもとれるだろう」
「…そう…ですか。ありがとうございました…」
ぷつりと緊張の糸が切れたように紗枝はよろける。
それにいち早く気づいた兄貴が紗枝の体を支えた。
「…っ…―…」
「いいよ。俺でいいなら、思いっきり泣いて」
そう言って間もなく、紗枝は崩れるように泣いた。
俺よりも大人だと思っていた紗枝が、まるで小さな子供のように兄貴にしがみつきながら。
「…不安だったよね。もう大丈夫だから」
紗枝の泣き顔を隠す兄貴の背中が大きく見えた。
君のそばにいるつもりなのに
何もできないことほど辛いことはない。
きみを守るのも傷つけるのも他の誰かで…
お題配布元『確かに恋だった』様
2012/03/09