ユメトビラ | ナノ

「 元気な派遣さん 」



部署に戻ると先輩達は誰もいなかった。


「みんな帰ってしまったんやな」

「そうみたい…ですね」


荷物を机に置く。


「ありがとうございました、お疲れ様です」

もう帰るだろうと、風宮さんに挨拶をすると

「あれ、菜乃ちゃん帰るん?」

と不思議な顔をされた。



「いえ、わたしは残業です。
明日までに資料を作っておかなければいけないので…」


「なら、俺も帰らん。手伝うわ」

「えっ…?」

「あ…迷惑やった?」


「いえ…そんなことは無いですけど、風宮さんに迷惑かける訳には…」


「手伝わせて?俺がやりたいだけやからさ」



「…はい」

風宮さんは資料をパラパラとめくって目を通す。


わたしの仕事なのに、こんなにも真剣にやってくれて少し嬉しかった。

「あの…」

「ん?」

「帰り…誘われなかったんですか?」


「え?」

「歓迎会…とか、なんとか言って先輩達に飲みに行こうって
誘われたんじゃないかと思って…」


ここにいるってことは、誘われなかったのだろうか。
いや、イケメン好きの先輩が風宮さんを放っておくはずがない。


「誘われたよ、めっちゃ」

「行かないんですか?」


「後で行くって言うて先に行っててもらってん」

「だったら早く行って下さい!待ってますよ、きっと!」

慌てて風宮さんの上着を持って来ると
「菜乃ちゃんさ…そんな俺と居たない?」と聞かれた。



「え…?」


「俺が一緒に居たい思っても
菜乃ちゃんは俺を飲み会行かせようとするやんか」


「だって誘われて…」

「行きたないねん、本当は。
せやから行くつもりもないし、菜乃ちゃんと居りたいねん」


「…でも」


「菜乃ちゃんは俺のこと、そんな嫌い?」





不意をつかれた風宮さんの問い掛けに、わたしは返事をすることが出来なかった。


「…そんな嫌いかな?」


二人だけの部屋が広く、やけに静かに感じる。


「…嫌いじゃ…ないです」


嫌いかと言われたら、そんなことない。
むしろ、わたしは…


「…好きです」


はっと我に返ると、風宮さんがわたしの方をじっと見ていた。

「あっ…えっと…」


恥ずかしくて目を逸らそうとすると「アカン、逸らさんといて」と風宮さんに言われ、真っ赤な顔を見られることになってしまった。


「…さっきのって…ホンマ?」


わたしは黙って頷いた。



「困らないで下さいっ…
わたし、ただ風宮さんのこと好きなだけで…
迷惑とかかけませんし、わたしが相手にされてるのは
面白がっているだけだって分かってますし」


「や、ちょっと…菜乃ちゃん」


「わたしなんかが眼中にないってことくらい百も承知で―…んっ…」


何が起こったのか一瞬、理解出来なかった。


「…自分のことそんなに悪く言わんといて」

「…っ…」


「俺も菜乃のこと好きやで」


「んっ…」

優しくキスをくれる。


「よかった…ホンマに嫌われてる思ってたから」


かぁっと頬が熱くなる。

「…そんなこと、ないですよ」



わたし達の上だけについている照明。



風宮さんの顔が急に真剣になった。




「僕と、お付き合いして下さい」


「よろしく…お願いします」



優しくて、わたしのことを思ってくれる彼。

それからというもの、わたしの生活はガラッと変わって行った。


次の日の会議の資料は手伝ってもらったかいもあって
初めて先輩に褒められた。


仕事は順調で、余裕も出てきた。



わたし達が付き合っていることは二人だけの秘密。


「上坂、お前の企画書読んだが…中々良かった。
この案で行こうと思う。よく頑張ったな」


「…ありがとうございます!」


わたしの企画が初めて通った。


「風宮くん!」

「菜乃の企画、通ったんやって?良かったやん!」

「ありがとう!」


そんな、何もかも順調だとそう思っていたのに…



「なぁ…菜乃、話があるんやけど…ちょっとええ?」


風宮くんに呼ばれて二人っきりになれる部屋に行く。
薄暗い資料室。ここはわたし達がよく来る場所。



「どうしたの?」

「あんな…やっぱり菜乃だけには行っておこうと思って…」

いつも明るい風宮くん。


「実は…」

こうやって言われると、構えてしまうものがある。


「…今日で契約切れんねん、俺さ契約社員やから」



「でも、また更新すればここにいられるんだよね…?」


「…もう、この会社にはいらないってはっきり言われてん。
菜乃が任せられる戦力になったってことやろ?俺は嬉しいで」


「嫌だよ…わたし、風宮くんと離れたくない…」




「またどこかで会えるって、きっと」


そう言葉をひとつだけ残して、明るい元気な派遣社員さんはわたしの知らないどこかへ行きました。


付き合っていたはずなのに考えてみたら風宮くんの家すら知らなくて…

唯一知っているメールアドレスと電話番号。

何回もかけたけど、繋がることは無かった。




もう捨てられたんだと諦めかけた時。

「あ…風宮くん」


「ほら、また会えたやろ?」

風宮くんはやっぱり明るかった。



「待たせてごめん、一緒に住もう」

風宮くんの手に握られていたのはマンションの鍵。

「俺、自分の会社創ってん。社長やねん」



これからは毎日、毎朝、この笑顔を見られる。


わたしの大好きな派遣さんは社長さんになりました。



END


2012/11/04

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