07 震える声は「平次くんか。えらい久しぶりやなぁ」
「お久しぶりです」
ほんの少しの可能性にかけて、和葉の自宅へと電話をかけた。
しかし望みは空しく和葉の母親ではなく苦手とする父親が出る。
「ほんで…服部くんが何の用あって家に電話してきてくれはったんやろな」
優しい言葉遣いの中にも棘がある。
普通の知り合い程度なら気付かないであろうが、長年の付き合いともなれば話は違う。
幼馴染みの親父さんだ。怒っていることくらい、すぐに分かる。
「えっと…あの、和葉…サンが今日、東京に遊びに来てはるということで……」
「そないなこと、どこで知ったんやろなぁ」
「実は―……」
和葉のオトンに全て事情を話す。
怒られると思っとったのに、案外何も言わずに黙って聞いてくれた。
だが、肝心なことを話そうとした時に和葉のオトンが口を開いた。
「何やその話を聞いている限り、和葉はこっちに帰って来ることが出来ひんみたいな言い方やな」
さっきよりも若干、声色がかたくなった気がするのは気のせいではないだろう。
「和葉は今、どこに居る?」
「…俺の隣に」
「家か?」
「い、いやっ…ちゃいます!ホームに」
慌てて返すが、はっと我に返る。
余計に疑われてしまう可能性もある。
自分自身を落ち着かせ、一呼吸置く。
「和葉は平次くんの家に泊まる訳なんか」
「あの……はい、もし許して下さりはるなら俺はそうしよ思ってたんで…電話したんですけど。もし駄目やったら近くのホテルにでも泊まってもらおう思いますんで。あ、和葉には払わせませんから安心して下さい」
和葉のオトンからは何の返事が返ってこない。
「あの……」
「少しでも変なことしたら……賢い平次くんは分かってるなぁ?」
親父さんの威圧にたじろぐ。
「は、はい。勿論です」
「なら、無駄に金を使わん方がええ」
「えっ…?」
「ただし…和葉が泣くようなことは二度とせんと約束してもらおうか。卒業してからのこの一年みたいに和葉を無視するような態度だけは許さへん。和葉に気ぃ持たせて悲しませるのは絶対に許さん。大事な一人娘や。心に刻んどくんやな」
「はい」
「……それなら、平次くんは安心や。自分で命捨てることはせぇへんもんなぁ?」
「勿論です」
最後まで釘をさされるような物言いに、心を打ち砕かれそうになりながらも何とか平然を装った。
「和葉を…東京に週三回来てもらうこと許してもらえないでしょうか」
「週…三回?」
「……はい。勿論、和葉に負担はかけさせません。付き合ってるとか、そういうことでもありません。ただ…高校の時みたいに……一緒に居れたらなって…俺も和葉も思っていて」
「それは無理やな」
ばしりと切られ、断られた言葉に何も返すことが出来ない。
「和葉は学生や。無論、平次くんもや。学生は勉学に励んでもらわなアカン。和葉が遊びに行ったところで、生活が苦しゅうなるだけやろう。そういうことは自分で金を稼げるようになってからの話やな」
当然の答えだった。
今の俺はあまりにも子供や。
「でもまぁ…東京に遊びに行くのはええのんとちゃいますの?」
聞こえて来たのは和葉のオカンの声。
「まぁ…行くことは構わへんけどなぁ…分かった。和葉の態度を見て、行ってええかどうか考えよう。しかし、行くのは月に一回かもしれへんし、もっと少ないかもしれへんのは承知しときなさい」
「はい!ありがとうございます!」
和葉のお母さんのお陰で、何とか許しを貰えたところで俺は電話を切る。
ピッと電話を切ると同時に肩の力が抜けた。
2014/01/12
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