呪術廻戦 | ナノ

I'm the one with the lighter.



 自分は善人ですと胸を張って言える人はどれだけ存在するのだろうか。私は悪人ですとか、クズですの方がまだ気負わず言葉に出来る。しかし世の中は善と悪の0と100で出来上がっている訳ではない。

 伏黒は助ける人間は選ぶと公言している。呪術師をやっていれば遍く全てを救う事が出来ない事は皆が知っている。知っていて尚出来ない事を出来ると言うのは不誠実だ。そういう意味で伏黒はある意味誠実なのだけれど、嘘でも皆を助けてみせるとでも答えるのが一般的に好ましい模範解答なのだそうだ。
 野薔薇は常にあの状態なので誤解されやすいけれど、人によって態度を変える人間より余程信頼出来ると私は思う。それに何だかんだ言って野薔薇は優しい。本当は優しい事を周囲に気取られない様にしている節すら有る。

 続いて脳裏を過ぎったのは、正しい優しさを持つ男。

「落ち着くまで側に居ようか」

 昨日、取り乱した私を心配してくれた虎杖。労る様に優しくされて、居た堪れない気持ちになった。優しさがこんなにも辛い。もう、私の中では千年前に答えが出ているのだから。こんな親切な奴が寄り添ってくれているのに、私の中に虎杖の厚意に甘えると言う選択肢は無かった。

 私が欲しいのは"それ"じゃないから。
 私に"それ"を与えられる男は千年前からただ一人だけ。
 一緒に居て楽しい人は沢山居る。でも、一緒に居て辛さを乗り越えられる人はそう多くない。救い上げてくれなくて良い。私と一緒に地獄に居てくれる人が良い。あなたさえ居てくれれば、私は"ここ"でも幸せだから。

 ――このひりついた感情に火を付けて。優しいだけじゃつまらないでしょ?お生憎様、お行儀の良い正論はもう食べ飽きているの。

 私が千年間、殆どの力と記憶を失くしてもまだ自分は不幸では無いと確信していたのは、あの男の存在をこの身体が覚えていたからではないのか。あの一夜限りの細やかな幸せを。

 たった一晩で私の何もかもを壊し尽くした横暴さ、力で捻じ伏せられた暴虐非道さに今もまだ魅せられ続けている。

 冷めた自室のベッドの上でぽつんと膝を抱えて居る。相変わらず室内は色褪せていた。
 余程体調が優れないと判断されたのか、今日は任務も授業も免除された。虎杖が気を利かせて先生に口添えしてくれたのだろう。
 実際の所あまり元気とは言い難かった。毛布の波に埋もれた飲みかけのペットボトルに手を伸ばして、やはり止めた。

 きっと虎杖は私が頼めばまたいつでも生得領域に干渉させてくれるだろう。 五条先生だって、私が宿儺相手に戦う事を勧めて居た位だ。宿儺に会うのはそう難しい話では無い。

 私には身を守る事しか出来ないと思っていた。
 全て思い出した。生得領域に干渉出来るのは巫女の能力に付随する力。森羅万象を司る未来見の巫女である私には体内にあらゆる自然エネルギーが宿っている。術式とは別に呪力をそれぞれのエネルギーに性質変化させて放つ技を千年前は使えていた。現に私は千年前に宿儺の従者を圧倒した。
  やろうと思えば様々な性質の技を使える。相性や技の洗練度の関係で使用頻度に偏りが有ったものの、主に使用していた技は五つ。

 歳星/句句廼駆
 螢惑/軻遇突智
 太白/金屋子彦
 辰星/罔象女
 鎭星/羽根屋須姫

 私が未来見の代償に己に課した千年の循環から外れた今、何かが動き始めるだろう。攻撃力を無くす代わりに呪霊を払えないというあの縛りも、もう必要無い。

 そう。ライターを持っているのは、私だ。

 私はまだ、あの男を退屈させずに済みそうだ。 あの、邪悪が100で出来上がっている男を。


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