呪術廻戦 | ナノ

不幸はいかが?



「もし、そこのあなた」

 まただ。

 私の特技と言うか体質と言うべきか。広義的な意味で絡まれやすい。
 例えば、コンビニでトイレを借りようとした時の事だ。冷蔵ケース前でドリンクを品定めしながらダベって居た二人組の内の一人から「ちょっと並んでんだけどぉ!」と臓躁的に喧嘩を売られたり。トイレの扉の前に並んでてくれよと思ったけどまあ、相手の言い分が通るなら私は割り込んだ事になる訳だ。「あ、並んでます〜」位ならこちらも余所行きの声音で「すみませんですわオホホホホ〜」で後ろに並び直す所だけど、なにぶん相手の瞳孔がカッ開いていたからこっちも売り言葉に買い言葉になった。

 あと、土地勘のない場所で国内外を問わず人に道を聞かれまくる。ヒッチハイクしてるメキシコ人を拾った事も有る。人生で一番ボディランゲージする羽目になったし、それ以来道案内の英語を最低限身に付ける様にした。とにかく署名書けとか募金しろとかチラシ配りとかポケットティッシュとか教材買えとか何でもござれだ。絡んでくる方も絡む相手は選ぶだろうから、良く言えば親しみやすく、悪く言えば舐められやすいと言う訳だ。

 私の特技と言うか、もはや体質と言うべきか。
 そして今日も今日とて。

「随分とまあ不幸な生い立ちだこと。さぞかし不便な思いをして来たんじゃないかねぇ」

 ザ・街角の占い師と言えばこれ!という出で立ちのお婆ちゃんに絡まれている。健康になる水とか買わないよ、私。

「いえ。自分が不幸だとか不自由だとか思った事がないです」

 この発言だけを切り取れば、さも恵まれた環境でちやほやされて育って来たのだろうと大概の人は解釈するだろうし、それで別に構わない。いちいち弁明する気にもなれないし、隙あらば自分語り〜とか思われてもダルいので大体は放置しておくに限る。プライドを使うべきはそこじゃない。

「強がらなくて良いのよ。あたしにはお見通しだから。家の南南西に注連縄を張ってその下にお札が貼られたこの有りがたーい壺を置きなさい。今なら特別価格の五万円だよ」
「いや、要らな…」

 その時、背骨の辺りを嫌な気配が駆け抜けて行った。壺から輪郭の胡乱な黒い影が立ち上り、ただ事ではないプレッシャーを放っている。

 ヤバい。これ、呪物じゃん。

「お婆ちゃん。これ、千円で買う」
「あんだって?あたしゃ耳が遠くてね。五万円からびた一文まける気は無いよ」

 しっかり聞こえてるじゃないの。
 こっちは千円を犠牲に厄介物を引き受けようと言うのだから何が何でも売ってもらう。でもお婆ちゃんも百戦錬磨に違いない。壺が放つ気配からして1級か、下手すれば特級かもしれない。長引くのは宜しくない。

 それならば…。



 両の手で蓮の花を形取りながら唱えれば、瞳に蓮の花の曼荼羅が浮かぶ。燐寸の様な淡い光が瞳に灯り、瞬くと徐々に光が終息して行き、間もなく蓮も滲んで消えた。

「じゃ、確かに千円。ほら、持って行きなさい」
「有り難うお婆ちゃん」

 先程までとは打って変わり、穏やかな笑みさえ浮かべて壺を渡して来るお婆ちゃんに挨拶もそこそこ、さてどうしたものかと考える。私は呪術師であって呪術師ではない。こんな危険な呪物がどうしてホイホイその辺に転がっているのか――他の呪術師は何をしているのだろう。万が一危機的状況に陥ったとして、私一人では誰も救えないと言うのに。

 どうせ己の手に余るのだから放って置けば良かったと、自分の性質を恨みながら独りごちていると、急に辺りが暗くなった。反射で視線を上空に向ければ、帳が降りているではないか。

「それ、俺達が探してる特級呪物が封印されてるかもしれないんだ。渡してくんない?」

 視線を戻すといつの間にか目の前に高専の制服を纏った薄茶頭の少年が立っていた。

「あなた呪術師ね?」
「虎杖悠仁。宜しくオナシャス」
「私は名前。こちらこそオナシャス」

 やったー。これで厄介事とはおさらばダー。と窮地の姫を助ける王子の如く現れた虎杖少年に呪物の壺を手渡そうとしたその時――。

 気の緩みからか不幸にも私の手から壺が離れて行く。ゆっくりとコマ送りで、それでいて確実に地面に吸い寄せられて行く。

 ピシッ。

 ――ピシッ?

 こういう時、お互いの反射神経の良さが仇になる事ってあると思うんだ。壺を落とすまいと伸ばされたそれぞれの手が、あろう事か封印の札に接触して、ただでさえ老朽化していた札にとどめを刺してしまった。

 壺は無事だったものの、代わりに札が真っ二つになった。


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