紅殻格子の泥梨を行く
「お前は元々、こちら側という訳か」
宿儺もまた不敵に口角を釣り上げた。
「で?」
「で…?」
宿儺は二対の瞳を愉悦に歪めて意地の悪い笑みを浮かべる。
「それが今お前を殺さない理由になるか?」
「未来見した後でも殺せますでしょう?我慢の利かないお方だこと」
「お前如きが俺を煩わせるのか」
宿儺が、ニィとただ弧を描いただけで背筋の寒くなる様な心地がした。纏わり付く悪意。お前が未だ息をしているのは俺の気紛れに過ぎないと、無言の恫喝に思わず身が竦む。
一対の手が掌印を結ぶ。
「領域展開・伏魔御厨子」
夥しい髑髏と仰々しい破風の建物が一夜城の如く展開される。まるで百鬼の怨念が渦巻く様なその景観に名前の身体が戦慄く。
「領域展開・不死曼荼羅」
震えを無理矢理抑え付け、蓮の花を象った掌印を結んだ。辛うじて名前も領域を展開する。生命への不可侵を強制する名前の領域内では誰も傷付かない。
それでも――格が違い過ぎる。斬撃を防ぐだけで精一杯だ。刹那の間に削られて行く。あと僅かも保たない。そして恐ろしいのは宿儺はまだ本気を出していない事。
突如、斬撃が止んだ。
裏梅が凍らせ、名前が焦土に変えた周囲の有象が宿儺に拠って烏有に帰す。
その奇観は正しく――嗚呼、ここは暴君の坐す泥梨だ。
「いちいち手心を加えんと死ぬ女は面倒だ。肝に銘じておけ」
何時でも王の機嫌を損ねてはいけない、煩わせてはいけない。共にこの泥梨を行くには暴君の気紛れで即死しない事が最低限。それで初めて側に侍る事を許される程、理から外れた稜威の御技。目の当たりにして畏敬を抱かずに居られるだろうか。嗚呼、目の当たりにする事は死ぬ事と同義。死ねば――無だ。敬意などは無い。両面宿儺が、ただ只管に恐れられるのはそのせいか。
容易く大気を震わせる荒々しさと頭を垂れたくなる厳かさが共棲している。横暴が滲む声音で「何が必要だ?」と問われる。差し当たり、王の歓心を得られた事に安堵する間もない。
「裳着の儀式を終えた後、合歓綢繆を経て未来見を致す運びとなっておりました」
「お前、分かっているのか」
王が、嗤って居る。
「分かりませんけど、瑣末な事ではあります。繭を紡ぎ、雨乞いをして、怪異を祈り鎮め、いずれ来る抗い難い脅威――あなたの様な存在から、この身を挺して民草を護る為に私は秘匿され生かされて来たのです」
名前の瞳から寂光が消える。が解かれた玉髄の双眼には深潭が覗いている。
「未来見は合歓を経る必要があります。どうせ裳着の儀式を終えた後で顔も知らない男を迎え入れるならば、誰と交わるのも同じでしょう」
「森羅万象の巫女と引き換えとは、大仰だな」
扠、聞いて居たか裏梅。
それだけで従者は主人の意を酌んだのか「心得ております、では」と残して気配が消えた。
いつの間にか諸肌が露わの大きな体躯に伸し掛かられて、戸惑いつつも仰ぎ見れば四つの眼にじっと見つめられて計らずも身震いした。
「ええと、ここで?」
控え目に尋ねても、男が答える気配はない。宿儺の肩越しに見上げた天蓋には太陰が戻り、凍てつく光を注いで居た。魁偉な体躯の陰影が際立ち、その見栄えの良さに息を呑む。名前の困惑を悟った男が嗤う。
「広いのは嫌か?」
「いえ、そうではなくて」
見渡す限り、ひと気も無いが隔たりも無い屋外で事に及ぶのは憚られた。何より太陰に、視られている。それを告げると、いよいよ宿儺は大笑した。
「では場所を変えよう。ここから先は伏魔殿だ。その玉座で共に憩うとするか」
有無を言わさずに首根っこを押さえられた後、二対の腕に雁字搦めにされる。堕ちる先は行くも戻れぬ泥梨と知れど、如何して抗う事が出来るだろうか。
*
名前はまるで人攫いの如く担がれて、鎮守の森の最奥への道案内をさせられている。途中、消えた巫女の捜索に駆り出された屋敷の者達は森でこの二人連れに邂逅し尽く命を落とす事になる。
宿儺は豪奢な寝殿造りを無遠慮に進む。御簾を潜って漸く名前を畳の上にぞんざいに投げた。弾みで衣が肌蹴たのを幸いとばかりに合わせ目から手を差し入れられて、次々に脱がされては波になるのを他人事の様に見守っていた。真実、道ならぬ道に堕ちた事を実感する。ならば足掻いても仕方ない事。迷いは既に千里の外に置いて来た。
王の御前に肢体を晒す。高灯台の薄ぼんやりした光を弾く瑞々しい身体が露わになる。矯めつ眇めつ鑑賞されて「良い景色だな」と耳朶に吹き込まれると名前は恥ずかしさで気を失う所だった。急に借りて来た猫の様になった名前に気を良くしたのか、宿儺はゆっくり伸し掛かり、足首を持ち上げて白い脛から指を這わせて行く。内股の付け根に辿り着くと身体を割り込ませて閉じられない様にした。開かれた名前の泉は滾々と湧き出ている。
後は花盗人に初穂を摘まれるばかり。
「喰われる覚悟は出来たか?」と、宿儺は捕食者の笑みを浮かべる。
名前が頬を上気させ視線を逸したのは、一糸纏わぬ姿になった宿儺のからだつきが息を忘れる程に扇情的だったからと言う訳ではない。宿儺の雄は二岐に別れて屹立していた。
腕が多いと重宝するものだ。宿儺に拠って名前の手首はきつく纏められ身動きが取れずに居る。残りの腕は膨張しきった雄をそれぞれ扱き、うち片方を名前の入り口に宛てがった。名前の決意が固まる前に、未だかつて経験の無いものを上下の口から飲み込まされた。
「う………んーっ、んん」
「暗がりでも、お前の痴態が良く見える」
そう言って宿儺の指を噛まされている。声を潜める事が叶わない事を見越しての行動だったのだろう。それにしても、押さえ付けられて居なければのたうち回って居ただろう。片方でこの苦しさではとても両方は咥え込めない。名前は切なさに眉根を寄せて、指を噛み切ってやろう位の気概で歯を立てたものの、ついに歯型を刻んだだけだった。この男は備わる全てが出鱈目で規格外なのかと、名前はついに諦めて身体の力を抜いた。
理不尽な程に苦楽が背中合わせの快楽に思考を蝕まれる。宿儺は構わずに律動を続ける。四本の腕に翻弄されつつ糸の様に絡み合う。すると如何だろう、やがて呻き声に甘い吐息が混ざり始めた。
名前は困惑していた。身体の奥の最も杳い部分がじんわり痺れて堪えられない。花が降る様に涙が零れ、腰が浮き、脹脛で宿儺の首元を締め上げようとする。宿儺はそんな変化を見過ごす程優しくは無かった。容易く気息を合わせられて、勘所を責め立てられる。
「あっ、あ、んんっ」
名前は最早、嬌声を殺す事を諦めていた。振り絞っていた気力ももう尽きる寸前。全てを手放して苦楽の先に到達してしまうのが素晴らしい事に思えた。
身体を弓形に反らせ、青白く柔らかな双丘を突き出して爪先をぴんと伸ばす。自ら手繰り寄せれば、恍惚は簡単にやって来た。
「ああーーっ……!」
名前は宿儺に爪を立てて縋りながら一際高く鳴いた。
こんな男が自らに十万億土を齎すなんて――。名前はそっと、目を伏せた。
名前が絶頂に達した事は容易に知れた。宿儺は名前の腰と両足を抱え直すと、律動を再開させる。女の喜びに震えたばかりの筈なのに、宿儺の動きに合わせて腰が揺れ、中の壁が収縮する。芯が痺れて蕩けてしまいそうだった。もっと、手酷く抱いてくれさえすれば、こんな背筋がぞくぞくするようなむず痒いような、おかしな気持ちにならないだろうとすら思った。
宿儺もまた突き上げられる度に途切れ途切れに鳴き声を上げて乱れていく名前に悪い気はしなかった。痴態を演じる女の煽る様な表情は征服欲を掻き立てる。酔狂な巫女を暇潰しに味見する心積もりが、何時しか喰い尽くす勢いだ。
貪る様に喰らって、ついに白濁を吐き出した。片方は腹の奥に溢れる程注がれて、もう片方は宿儺の扱きに拠って名前の鎖骨辺りに放出された。その量と勢いに、口元まで穢されたと言うのに名前はもう、されるがままだ。箍が外れたのだろう。
「裏梅、居るか?」
主人に名を呼ばれて、従者は闇から煙の如く静かに姿を現した。
「畏れながら宿儺様…女が気を遣る程抱き潰しては、未来見もさせられませんが」
裏梅の進言には、ほんの僅かだけ窘める響きが含まれていた。普段なら決して赦さない無礼だが宿儺は咎めなかった。
「これを清めておけ」
宿儺の言うこれ、とは勿論名前の事だ。今は宿儺の腕に抱かれて眠って居る。
「は、御意」
裏梅は、綢繆の末に気を失った名前を主人から恭しく戴き、その裸体を不思議な表情で眺めた。下心は無い。が、白濁塗れで青白く艶めく裸体は眩くて、宿儺が喰らい尽くすのも無理は無いという心持ちになった。