「ねえ、君はどんな見た目をしてるの?」
髪の色は?長さは?目の色は?身長は?服装は?
どこか懐かしい、微かにヌサカンのイバラの甘い香りを孕んだ風に乗って、少年独特の声変わりしきっていない掠れた声が矢継ぎ早に質問を紡ぐ。
『どうしたの?急に』
「うん。…君とこの時計台に登るのは何回目かなって、少し考えてて」
小さな頃から、こころのどこかに漠然とした不安が少年…サギにはあった。
自分が精霊憑きである事。しかしその事は自分にしか分からない。何せ自分にしか聞こえない、柔らかく優しい声しかその証拠はないのだから。
だから、シェラタンの子供達がサギに向ける目は冷たかった。唯一の肉親である母親も、その事には触れようとはせずに、悲しそうな目をするだけだった。
そんな例えようのない不安に駆られた時、サギはこのイバラの時計台に登っていた。
ジーナが心配して呼ぼうとも、ギロが呆れの声を上げようとも、気が済むまで朽ちた時計の横で風の匂いを感じ、時折ボテン湖から反射する光を眺めたり。そこにいると、不思議と気分が落ち着いたのだった。
そんないつから始めたのか分からないような習慣。いつも傍にいたのは、彼女だった。
『そうね…私は数えていないから分からないけれど』
「けれど?」
『サギはよく、ここで泣いていたわね』
返ってきた言葉に眩しそうに目を細め、サギは目線をヌサカンの方へ投げる。
「そうだね…ここにいると落ち着くから」
『ジーナお母さんの翼を見るより?』
「そ…、それは子供の頃の話だろ?」
『ふふ、そうね。ごめんなさい』
鈴を転がしたような笑い声にどこか釈然としない気分になりつつも、サギはふいと目線を自分の傍らに戻した。
「で、さっきの話に戻るんだけど」
『見た目の話?』
「うん」
『そうね…ティスタとペッツとピエーデとポルコを足して4で割った感じかしら』
「全然分からないよ…」
『知ってても、ねえ?』
「そうだけどさ…」
サギは目線を外さないまま、右手を自分の肩の辺りに持ち上げた。
まるで誰かの頬に触れるように。
「こんなに、数えきれないくらい時計台に登って、いつも一緒なのに」
『………』
「君がどんな女の子なのかも、分からないなんてさ」
『…サギ、』
「…分かってるよ。僕らにはそんなのもう、関係ないんだから」
でも、ほんの少しだけ、気になっただけ。
暫しの沈黙。その間もサギの深い碧の目は、傍から見れば何もない空間を見据えたまま。
『…内緒よ』
「えっ?」
『この旅が終わって、またこの時計台に帰ってきたら、…その時に教えてあげる』
隣の気配が立ち上がったのを感じて、サギも腰を上げ彼女に並んで立つ。
昔と変わらないイバラの広がる、しかし一部が削り取られぽっかりと穴の空いた浮島の景色に、安心と、怒りとも何とも言えない感情が足裏から上がってきた。
「タラゼドから帰ってきたら…約束だよ」
『また泣いちゃったら教えないけれど』
「またって、もう泣いてないよ!」
『ふふ…約束』
「…うん、約束」
小指だけを立てた手を差し出せば、感じるはずのない温もりのような感覚が気配と共に小指に伝わって。
『サギ、忘れないでね』
「うん。…こころをひとつに」
『ええ。私はいつもサギと共に』
声しか分からない、歳も見た目も知らないけれど、この姉のようなこころの同居人には一生敵わないな、と、サギはちらりと思う。
凛とした声音と物言い。けれどサギがここで泣いていた時はいつも優しく話を聞いて、そして彼女自身の話もしてくれた。
――その声に、今までどれだけ救われてきただろうか。
――救われる度に、彼女に触れられたらと、何度思っただろうか。
「…ねえ、」
『なあに?サギ』
「……いや、何でもないよ」
『変なの』
くすくすと笑う声にもう一度目を細め、サギは彼女のいる辺りに手を差し出した。
「じゃあ、行こうか」
『ええ』
見えない手が握り返してくるのを感じながら、サギはかわせみ色の翼を広げ時計台から飛び降りた。
手をつないだ。きみに一歩近づけた気がした。
――触れたい。
そのこころを言葉にするのは、もう少し先の話。
end
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勢いのまま書いていたら詰め込みすぎてこの倍の文字数になったのでカットカットでようやくまとまったもの。バテン好きすぎてカッとなってやった。後悔はしていない
サギには男の子よりちょっと年上のお姉さんっぽい女の子が憑いてそうだなあという事でサギに憑いてる夢主。声しか聞こえないもどかしい話が書きたかっただけ。
お題元:確かに恋だった(きみと手をつなぐ5題)
2012/12/11 加筆修正
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