しとしと、ぴしゃん
ぱらぱら、さらさら

今、わたしが聞いているのは、前におかあさんのふかふかの毛並みに包まって聞いたような、そんな優しい音じゃなかった。

音が大きすぎて耳が痛い。
ときどき、それよりも大きな音が光といっしょにやってくる。

わたしはそんな中に、ただ座っていた。
というより、座っていることしかできなかった
さっきから落ちてくる水がつめたいけれど、わたしにはどうしようもない

おかあさん、おかあさん
どこにいるの、おなかすいたよ
さむいよ、さみしいよ


おかあさんがいなくなってからどれくらいたったかわからない
ずっと、今も同じ場所で呼んでるのに、おかあさんはきてくれない
自分の足で歩きたくても、おなかがすいて力が入らなかった
だからわたしは、さむくても水にぬれても、この場所で呼び続けるしかなかった

おかあさん、おかあさん

もう何回目かもわからない呼びかけをしたとき、突然背中からお腹にぐるっと何かが巻きついた。
それはぐいぐいとお腹に食い込み、すごい力で締め付けてくる
背中がいたい、お腹もいたい、いたいいたいいたい!

「何だ野良猫か…汚いな」

ふわっと身体が浮かんだと思うと、水の音じゃなく、そんな音が聞こえた。目の前に、大きな目がふたつ、こっちを見ている。
この音はしってる おかあさんが教えてくれた「にんげん」の鳴き声だ。
わたしたちよりおおきくて、つよくて、そして一番こわいもの

おかあさんに教えられた通り、にんげんの足(みたいなもの)は、ものすごい力でわたしを持っている。
みしみしと自分から音が聞こえた気がした

いたいよ、はなしてよ、くるしいよ

そう必死で叫んでも、そのにんげんはわたしをじろじろと見るだけではなしてはくれない


おかあさんたすけて
だれか、だれか、

だれかたすけてよ


「こいつどうする?」
「俺は飼えねえよ」
「何か死にそうじゃねえ?」
「川に投げてみるか」
「泳げんのか?」
「バカ、やめとけって」
「ここに置いといても汚いし邪魔だろ?」


いつの間にか増えていたにんげんたちは何を言っているのかわからなかったけれど、何となくこわくなってきた。

おかあさん、どうしてきてくれないの?
わたし、どうなるの?
こわいよ こわいよ

そう思っていたら、ぐげっ、と変な声と一緒に急にお腹に食い込んでいたものがなくなり、かわりに何かに乗せられてふわふわと運ばれた。
と、さっきとは違うあかい目がふたつ、わたしをじっと見つめてくる。

「こんなところにいたのか、探したんだぞ」

そのにんげんは何かを(わたしはまだにんげんの言葉がよくわからない)言って、頭をなでてくれた。それはさっきのにんげんとは違って、とても優しかった。
助けてくれてありがとう、とお礼を言うと、「そうかそうか、寂しかったか」と、またよくわからないことを言って鼻をつんつんとつついてくる。

「じゃ、そういう事で。こいつは俺の猫だから」

わたしを抱えたままそのにんげんがそう言った後、さっきの声が何か言っていたけれど、すぐに遠ざかって聞こえなくなっていった。


・・・・・


「しっかし、今時の若い連中は物騒というか残酷というか…子猫を川に投げ入れようとするかね、普通」

なあ?と、相変わらずよくわからない言葉を言いながら、わたしを抱えてあかい目のひとは歩く。なぜかまわりから水の音は聞こえるのに、わたしの身体にはつめたいものが当たらなかった。どうしてだろう?
あの場所でおかあさんを待ちたかったけれど、今のわたしにこのひとから逃げるだけの力はなかったので、そのままこのひとのからだにしがみつくことにした。


「さてさて…子猫って何食べるんだったかな」


やがて着いた、あたたかくてしずかで水にぬれることのない場所。
何だかふかふかしたものの上にわたしを置くと、あかい目のひとは何やら始めるようだった。

もしかして、わたしをたべちゃうつもりなのかもしれない。きっとここはこのひとのすみかなのだ。

そんなのいやだ。こわくなっておかあさんを呼んでいると、そのひとは戻ってきて何かをわたしに近付けてきた。

「もしかしてまだミルクかねえ…食べるかな」

とてもいいにおいがした。食べ物だ!と飛び付く前に、においを嗅いで確認。変なにおいはしない。
ちらっと見ると、あかい目のひとは何もしないでこっちを見ている。くれるってことなのかな。

よく分からなかったけれど、空腹には勝てない。わたしは夢中で食べた。おかあさんがとってきてくれたどんな食べ物よりおいしかった。

「よしよし、ちゃんと食べられたな」

じゃあお風呂な、と、あかい目のひとの手がわたしを下から持ち上げる。ジャアオフロナってなに?と聞いても、そのひとはわたしを目の前にぶらさげてこっちを見てくるだけ。

「…お前、女の子かあ」

オマエオンナノコカアって、なに?


・・・・・


その後は、ひどいめにあった。
何だか水のにおいがいっぱいのところに連れていかれて、頭からあつい水をかけられた。ざぶんと。
つめたいのもあついのも、水は大嫌い。それなのにいきなり水に浸けられて、わたしはもちろんあばれた。まだ力は入らなかったけれど、それなりにあばれまくった。
あかい目のひとはそれでもわたしをおさえてからだをごしごしとむりやりこすって、またざぶんと水をかけた。
それからさっきのふかふかしたものでわたしをくるんで、またごしごし。なんなの。
ひとしきりごしごしした後は、ふかふかにくるまれたまま狭くて小さな場所に入れられた。狭いところはおちつくからすき。ごしごしされてぐちゃぐちゃになった毛並みを舐めてもとに戻す。

「ごめんな、お前を入れるの、そんな箱しか見付からなかったんだよ」

あかい目のひとがのぞきこんできた。また水に浸けるのかと構えたけれど、頭を撫でてくれただけだった。

「いいか?お前の名前はチハヤ。チハヤだぞ」

なに?何て言ってるの?
首を傾げていると、また大きな手が頭を撫でてくる。チハヤ、と、また同じ言葉が聞こえた。
久しぶりに満腹になったのと水に浸けられて疲れたのとで、急にねむたくなってくる。
寝ていいかなあ?明日になったらまた、おかあさんをさがすから、今日だけはここで寝かせてくれるかな。

うとうとうとうと、そんなことを考えながら、わたしはそのまま目をとじた。

「チハヤ、お前は今日からうちの猫だぞ」


だから、何て言ってるの。


『わたし、ひろわれる』


to be continued…
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