「おーいチハヤちゃん、いるかー」
拳でドアを軽く叩き、耳を澄ませるが、中からの返答はない。
仕方ないと悪くは思ったがノブに手を掛け、主の――宿の部屋なので主と言えば間違いかもしれないが――許しなく部屋に入る。
瞬間、ふわりと柔らかな風が頬を撫でコートの裾を揺らし、後ろへすり抜けていった。
僅かに開けられた窓から吹くそれはそよそよとレースのカーテンを揺らし、暖かい空気の匂いを運んで来る。今日はいい天気だ。
そんな快晴の日にも関わらず、窓の下で丸くなっているのは、
「…人を使いっ走りにしといて、自分はお昼寝かよ」
掛け布団を足元に寄せ、枕元、丁度揺れるカーテンによって強さが軽減された穏やかな日差しが射し込む場所で、チハヤは眠っていた。
身体の左側を下にして、胎児のように丸くなって小さく寝息を立てている。
側に近寄り、見下ろしても起きる気配はない。
――以前は、眠っているところなぞ見せてくれなかったのだが。
「…一応、信用してくれてるのかねえ…」
「外に行くならついでに」と頼まれたグミの詰まった袋をベッド脇のローチェストに置き、床に膝を着いてベッドに肘を着き目の前で顔を眺めてみる。
緩く日が射すそこは何とも居心地が良さそうな温度で、ここにいたらそりゃあ寝ちまうだろうなと心中で呟いた。
目にかかった前髪をそっと払ってやり、頭を撫でれば微かに閉じた目元と口元が緩む。
無意識なのだろうが、手に擦り寄ってくるのが、何とも。
「…普段も、これくらい甘えてくれたら嬉しいんだけどな」
ふにふにと頬を指でつつきながら1人ごちる。余程眠たいのか未だ目を覚ます気配はない。
ふと、つついていた頬から、伏せられた睫毛に目が行く。
呼吸に合わせて小さく上下するその下には、ほんの少しの黒い影。
「…眠れてなかったのか」
そういえば、シャン・ドゥの宿でも眠れないと言っていた気がする。
それに加え、ここ最近ずっと戦闘に出ていたから、疲労も重なっていたのかもしれない。
ずっと近くで、背中を合わせて戦っていたというのに。
「……ごめんな」
額に自分の額を軽く付け、呟いても返答はない。微かな寝息が細く沈黙を切っていくだけ。
気付かなかった自分にも腹が立つ。しかし、気付かせようとしなかったのは、ついさっき、人を使いっ走りにさせたりして普通に振る舞っていたのは、紛れもなく彼女だ。
「もっと、頼ってくれよ」
そんな思いと、彼女の目の影が早く消えるようにと念を込めて、そっと目の下に唇を押し当てた。
・・・・・
ふわふわと起き抜け特有のぼんやりした意識の中、何かの気配を感じて瞼を持ち上げる。
目の前に広がったのは先程まで寝転がっていたベッドの白いシーツと、そこに散らばる茶髪と、何とも穏やかな寝顔。
「………、よだれ…」
彼の口の端から円形にシーツの色を変えているそれに大げさにため息を吐くが、爆睡中の本人はぴくりとも反応しない。
床に膝を着いたままの姿勢で逆に疲れないのかと思いつつ上半身だけ身を起こすと、脇のローチェストの上に道具屋のロゴが刷られた紙袋が置かれていた。
――買い出しを頼んだのを忘れていたと言えば、怒るだろうか。
そんなに眠ってはいないのだろう、窓から射す光は変わらず緩やかだ。
恐らく、自分が起きるのを待っていたのであろう彼の側に寝そべってみる。意外に寝顔は子供っぽい。
「…かあさん…」
「……!」
小さく漏れ聞こえた声に、肩が震えたのが自分でも分かった。
彼の抱えているものは多いのか少ないのか、自ら明かしてくれる事がないので分からない。
けれど、今のように溢れ落ちた断片を拾ってしまえば、より知りたいと思うのは人間のどうしようもない好奇心だ。
「…もっと、知りたいって、……頼ってって思うのは、エゴですか」
そっと頭を撫でてみれば、微かに歪んでいた表情が緩んだ。
どこかほっとして足元に寄せていた布団を取り上げ彼の肩に掛けてやり、もう一度側に寝転がる。
彼の抱えたものを少しでも分けてほしいと、服の袖を小さく握った。
こんな日にはきみの隣に
end
――――――――――
ぐだぐだ。微妙なところですれ違ってる2人。2人とも自分の話をするのが苦手だからこんな事態に。
前半アルヴィン視点の後半夢主視点。似たような構成というか行動をさせてるのはわざとです。
もっと書きたいことあったはずなのに不完全燃焼…り、リベンジしたい…
お題元:Largo
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