大気の中に溶け込んだ精霊が、マナを糧として熱を収束させる。
吸い込めば気管が焼けるような熱を孕んだ風が吹き、熱の中心にいる少女の髪を、肩から羽織ったショールを、左手に持った魔導書のページを揺らす。

『――灼熱の軌跡を以て野卑なる蛮行を滅せよ、』

流れるような詠唱の後、掲げた右手の上で収束していた熱が、一瞬で炎へ具現し球体となった。
その手を手のひらを前にして前方に突き出し、凛とした声で少女の口から最後の詠唱が紡がれる。

『――スパイラルフレア!!』

言葉と共に猛烈な速度で火球が撃ち出され、その場にいた魔物を吹き飛ばした。
激突と同時に全身を炎に包まれ、断末魔の叫びを上げ魔物は重たい音を立て地面に倒れる。
術を解いて軽く息を吐き、少女は魔導書を腰の後ろに下げたホルダーに戻してずれたショールの合わせ目を軽く直した。

「ありがとうチハヤ、助かったよ」

それまで魔物と対峙していたジュードは額の汗を拭いながら少女に声を掛ける。
チハヤと呼ばれた少女も顎を伝う汗の雫を払い、緩く口元に笑みを浮かべてジュードを見た。

「ううん。…怪我はない?」
「お陰様で」
「みんなお疲れー!」
「回復、します…」

それまで各個魔物と戦っていたメンバーがジュードを中心に集まる中、チハヤは不意に後ろから肩に回された重みに眉を寄せる。

「よう、お疲れ。かっこよかったぜ?子猫ちゃん」
「………」
「そんなに睨むなよ。傷付くなあ」

おどけて肩を竦め、アルヴィンはチハヤを抱えていた腕を離してその頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「…『子猫ちゃん』って、何ですか」
「え?おたくの身長と性格から導いた的確なあだ名だと思うんだけど、いてっ」

脛を蹴り飛ばされても尚髪を掻き混ぜるのを止めない頭の上の手を振り落とし、剣呑さを増した瑠璃色の瞳がアルヴィンを見上げる。
ちょっとからかい過ぎたか、と口内で緩く舌を噛み、アルヴィンもまたチハヤをそっと見下ろした。

「悪い悪い、おたくがそんなに気にしてるなんて思わなくてさ」
「…別に、気にしてはないですけど」
「人の脛を思い切り蹴りつけるくらいには気にしてるだろ」

多少の嫌味も込めてアルヴィンが言えば、チハヤは僅かに眉尻を下げて「すみません」と小声で呟く。
およそ頭1つ分程かそれ以上だろうか、自分の肩より低い位置にある彼女の頭に再び手を置き、ぽふぽふと数回軽く叩けば、むっとしたように眉を寄せるが纏う空気は幾分和らいだ。

「そんなに気にすんなよ、俺は背が低いの嫌いじゃないから」
「…私がよくないです」
「そう?ちっちゃくていい事とか、ない?」
「別にないです」
「うーん、俺としてはおたくはちっちゃい方がいいけどなあ」
「何でですか」

疑問と再び蹴り飛ばさんばかりの鋭さを込めた目線を感じつつアルヴィンは頬を指で掻き、

「撫でやすいから」
「………」
「いてっ!脛は止めろ脛は!」

2度目の攻撃を受けた脛をさすりしゃがみ込んだ彼の横に立ち、チハヤは小さく口を開く。

「…こうやって」
「ん?」
「こうやって、見下ろされてばかりなの、嫌で」

その言葉にアルヴィンは顔を上げ、自分に影を落とす彼女の指先に軽く触れた。

「……でも、見下してるわけじゃないって、分かってるだろ?」
「…まあ、そうなんですけど」
「ならいいじゃねえの」

へらりと顔に笑みを戻し手を離し、よっこいせ、と立ち上がったアルヴィンを見上げ、チハヤは背比べをするように水平にした手を自分の頭と彼のそれの間で行き来させる。

「やっぱり、肩より上くらいまではほしいです」
「ま、成長期なんだしそのうち伸びるだろ。俺は今のままでもいいけど」
「撫でやすいからですか」
「怒るなよ…そうだなあ」

棘のある言葉に再び肩を竦め、アルヴィンはちらりと目線だけをチハヤに向けた。
ショールの合わせ目で揺れるコサージュのずれを直そうと軽く俯いた角度から、伏せられた長い睫毛が視界に入る。

「あ、もっといい理由あったわ」
「?」

何かと顔を上げたチハヤの視界に入ったのは、黒い手袋に包まれたアルヴィンの手のひら。
長い指先が前髪を掻き分け、小さな音と共に熱が柔らかく額に押し付けられた。

「この高さだとさ、おでこにしたくなるんだよ」
「………」
「ってなわけでさ、あんまり成長しないでくれな」

すぐに離れ背を向けたアルヴィンを数秒、硬直したまま見送り、チハヤは「これから毎日牛乳飲もう」と1人ごちた。


全身チャームポイント


「チハヤ、お疲れさまです」
「あ…うん、ありがとうエリーゼ」
「………」
「アルヴィン君何ー?そんなに見つめられると照れるー」
「お前じゃねえよ。……やっぱさあ、2人並んでるとチハヤちゃんも“幼女”っぽく見えちゃうよな…中身はねじ曲がってるけど」
「………」
「うん、俺の肩より上くらいまで、って目標で正解だな!がっちり伸ばそうぜ!」


アルヴィンの脛に渾身のローキックが決まるまで、あと3秒。


end
――――――――――
ノリで書いた結果こんな話が出来ました。ギャ…グ?ちなみに夢主の詠唱台詞は某アスピオの魔導士からいただいてます。あの詠唱好きでして!
メモには「身長差ネタ」「おでこキス」「『みおろす』と『みくだす』」しか書いてなかったのに随分膨らんだ感が。夢主はエリーゼより少し高いくらいだと思っていただければよいかと思います。
キスしたはいいけど照れてすぐ離れるアルヴィンというのが書きたかったのです、相変わらず管理人の妄想の餌食です

お題元:少年チラリズム
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