黄昏に染まる空の下、波が寄せて返す音だけが静かに繰り返される海停。
船着き場の少し手前の階段を下った場所に設けられた、恐らくは小型船から積み荷を降ろす為のスペースにちんまりと体育座りで腰を掛け、チハヤは何をするでもなくただ海を見ていた。
特に変わった様子もなく凪ぐ海は夕日の光を反射し、風も穏やかに彼女の漆黒の髪を揺らす。
水面に跳ね返る光にチハヤは眩しそうに瑠璃色の瞳を細め、立てた膝頭に額を押し付けさらに丸くなる。
寄せる波の音だけに耳を傾けて目を閉じた時、硬いブーツの底が石造りの床を打つ音が鼓膜を通った。

「…どうした?腹でも痛い?」

足音はそのまま階段を降りて近付き、チハヤの傍らに寄り添うと声を掛けながらそっと戸惑い混じりに背中をさする。
ちらりと顔を左に向けて目線を上げれば、夕焼けに染まり色を濃くした茶色が視界に入った。



・・・・・



「で、何であんなとこで丸まってたわけ?」

先程チハヤがいた場所から一段上がった、何か荷物が詰まった箱が積み上げられている横に足を段差の下に投げ出してぶらぶらさせながら座り、アルヴィンは太陽光を遮ろうと手で廂を作り口を開いた。

「………」
「ああ、言いたくないなら無理に言わなくていいから」
「…あの、」
「ん?」

言う気があるのかとアルヴィンは拳1つ分チハヤに身を寄せる。
彼と同じく段差の下に投げ出された、しかしきちんと揃えられた腿の上に置かれた古びた魔導書の表紙を指先で撫で、チハヤはぽつりと言葉を落とす。

「過去に戻りたいって、思った事、ありますか」

目線は合わせずに海を見つめたまま問うてくるチハヤに一瞬目を丸め、アルヴィンは軽く肩を竦めた。

「そりゃ、生きてればそう思う事も多々あるさ」
「…そうですか」
「…チハヤちゃんは、過去に戻りたいって、そう思う?」
「………」

黙りこくった数秒の後に頭に手を乗せ後ろから髪を撫でるアルヴィンに、チハヤは唇を強く噛みしめる。

「…私、駄目なんです」
「………」
「過去の事、なかなか振り払えなくて…気付いたら、後ろを見てばっかりで」
「…チハヤ…」
「子供みたいで馬鹿らしいんですけど、怖いんです。怖くて、振り返ったまま、前を向けないんです」

魔導書と膝を抱え再び丸くなるチハヤを見つめ、アルヴィンは彼女の頭に置いていない方の手で頬を掻いた。

「あのな、チハヤちゃん」
「………」
「俺もずっと、過去を見てる。いや、もう見るのを止められないんだよ。止めたら自分が何をしたいのか分からなくなっちまう…空っぽなんだよ、俺は」
「………」

先程と同じようにちらりと頭を上げこちらを見る瑠璃色に目元を微かに緩め、頭を撫でるのを再開しつつ自嘲を込めて喉で笑う。

「空っぽになっちまったのは、誰もいなかったからだ。自分から避けて、逃げて、欺いて、気付いたら1人だった。当たり前だけどな」
「………」
「でもさ、おたくは違う。おたくの周りには優等生とかミラ様とか、自惚れかもしんねえけど俺とか、仲間が沢山いるだろ」
「…はい」
「それにおたくはまだ子供なんだから、怖いもんは怖いって、大人に甘えてもいいと思うぜ?」
「そういうものなんですかね」
「そういうものだよ。だって、おたくが俺に話したのって、そうやって甘えたかったからだろ?」
「……。知りません」
「ありゃ、ここまできて素直じゃねえの」

参ったね、とぼやきつつチハヤの長い黒髪を指で梳くアルヴィンは、不意に背中を引っ張られるような重みを感じた。
見ずとも分かる、小さな手のひらがコートの背中を強く掴んでいる感触。目線を投げれば彼女はふいと顔ごと目を逸らし俯いた。
今度は自嘲抜きでくつくつと喉で笑い、アルヴィンは身体を傾けチハヤの頭に頬を乗せて寄りかかり、そっと肩に腕を回した。

「そうそう、その調子」

いつも背伸びしてないで、たまにはいっぱい甘えて、いっぱい泣きなさい。
そう言ったアルヴィンにチハヤは目を細め、彼のコートと抱えた魔導書を握る手に力を込めた。



立ち止まれ青少年


『俺の分まで、な』


end
――――――――――
タイトルセンスがほしいですはい。
センチメンタル夢主と彼女を自分に重ねつつ甘やかすアルヴィン。場所はどこでもいいんですが今思えば夕焼けなのはラコルム海停あたりですか…
夢主は過去にいろいろあったようですがそれを書くかは謎。とりあえずちょいちょい出てきた魔導書が関係してそうです。
そして未だアルヴィンのキャラが掴めてない感…難しいですアルヴィン

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