「俺さ、本当の名前、アルフレドっていうんだ」

だからそう呼びたければ呼べばいいと投げやりに、しかし内心ではそう呼んでほしいと願いを込め、隣の彼女に言葉を放った。
ぱらりぱらりと、細い指先が時折本のページを繰る音が静寂を破る以外、何も聞こえない。

――その沈黙さえも、傍らに遠慮がちに寄りかかってくる熱も手伝って、苦痛でも何でもなく。

「…嫌です」

甘えるような優しい声音とは裏腹に、彼女から放り返された短い言葉は心臓をざわつかせる。
どうしてと無言のまま深海の相貌を覗き込めば、明らかに動揺していたらしい、「最後までちゃんと聞いてください」と苦笑混じりにたしなめられた。

「あなたの本当の名前は『アルフレド』なのかもしれないですけど、私は今まであなたを『アルヴィン』と思って見てきました」
「…そうだけど、さ」

だから何だと彼女の頭に頬を軽く乗せて訴える。

「…アルヴィンさんは、多分ですけど、リーゼ・マクシアに来てから今の名前を名乗ってるんですよね」
「…ああ」
「何があってその名前を名乗る事にしたのかとか、細かい事は私は知りませんけど」
「けど?」
「私が知っているのは、『アルヴィン』であるあなたです」

それは、自分がたった今欲した事と同義だった。
本当の名前で呼んでほしい。それはア・ジュール王の側に付いていた事、アルクノアの一員であった事、何度も彼女や仲間達を裏切り欺いた事を差し引いて、エレンピオスにいた頃のような「何でもない」自分を見てほしいという事だったのだ。

「ア・ジュール王の側にいたとか、アルクノアがどうとか、そういうのを知った時は驚きましたけど」

「昔の『アルフレド』なあなたじゃなくて、私は、目の前で私に接してくれた、『アルヴィン』さんだけを、見て信じたいです」

「だから…」

彼女の言葉の最後を打ち切って、その小さな身体を抱き締めた。

彼女の前では、自分は確かに『アルフレド』でなく、かといって裏切り者のアルヴィンでもなく、出来る限り素の、ただのアルヴィンだった。
それを彼女が分かっていてくれるのなら、呼び方はもはや何でもいい。が、

「なあ」
「はい?」
「もうアルヴィンでいいけどさ…俺が呼んでって言ったら、呼んでくんない?」
「いいですよ」
「…じゃあ今…呼んで」

この名を知っている人間は、旅の間に大分減ってしまった。
今後呼ばれる事は殆どないだろうし、名乗るつもりもないから、これからはアルヴィンとして生きていく事になる。その事に後悔も、本当の名前に対する未練も少ないけれど。

「――アルフレド」

腕の中の彼女が名前を紡ぐ瞬間は、大事にしていこうと思った。


たったそれだけの幸せ


「ありがとな…チハヤ」


end
――――――――――
名前のお話。このネタもアルヴィン書いてるならやるべきだろうと。管理人のアルヴィンの名前に対する解釈というか考察は大体こんな感じ。ジュードとかにもアルフレドじゃなくてアルヴィンとして見ていってほしいんじゃないかと。
エクシリア一周年に合わせて書いていましたが見事にぶっちぎりましたねははは

お題元:群青三メートル手前(悠久十題)
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