久々に1日宿屋で休む事になり、太陽が高くなるまで寝こけて大あくびをしながら宿のロビーに下りてきたアルヴィンの鼻に、ふんわりと甘い香りが入ってきた。

「あ、おはようアルヴィン。よく眠れた?」
「ああ…何だこの匂い」

窓際のテーブルに着いていたジュードに問えば、彼は無言でちょいちょいと指を差す。
つられてアルヴィンが眠気でいまだに半分しか開いていない目線を向ければ、見慣れた小柄な背中が揺れていた。

「ねーチハヤ、もう食べていい?」
「もうちょっと待ってて、ローエンさんがお茶入れてくれてるから」
「目の前にあるのに食べられない…」
「ナマゴロシだねー!」
「何がだ?」

その背中から肩に腕を回して――本人にはムッとしたような顔で見られたが――アルヴィンはチハヤ、レイア、エリーゼ、ティポが囲んだ中心にあるものを覗き込んだ。
ほんの少し氷の精霊術を使ったのか、冷やされて形の整ったそれをチハヤが手にした包丁で丁寧に切り分けていく。

今更だがその髪が普段とは違い耳の上辺りの高さで結われているのを発見し、アルヴィンはむず痒い感覚を抑えるように回した腕の力を強めた。

「…はい、出来た」
「やったー!ねえローエン、お茶早くー!!」
「もう待ちきれないー」
「ティポ、駄目です!」
「アルヴィンさんも、よかったら…どうぞ」
「ん?」

ついと差し出された、小皿に乗ったチョコレートの焼菓子。
ほわりと漂った甘い香りに目元を緩めつつも、チハヤの行動にアルヴィンは訝しげに片眉を持ち上げた。

「どうしたよ?おたくが食べ物分けてくれるなんて珍しいな」
「…いえ、自分で作ったので」
「ん?何で?」
「………」

いつもなら自分が食べている物は決して離さない彼女。しかし今日は自分で作った物だから分けると言う。否、アルヴィンを含め仲間全員に分ける為に作ったと言う方が正しいのだろう。
休みで暇だったのかと皿を受け取りながら首を傾ぐアルヴィンに、傍でふよふよと上下に浮かんでいたティポが口を開いた。

「アルヴィンはニブイなー」
「はあ?」
「今日が何の日か知らないの?」

だから今日はお休みにしたんだからね、と、両手を腰に当て続けたレイアの言葉に、アルヴィンは脳内で情報を整理する。
チハヤが、自分にチョコレート。よく見ればレイアもエリーゼも手に手に別のチョコレート菓子を持っている――2人ともしっかり全員分の量であった――恐らくここにいないミラも何かを作っているのだろう。
(予想せずとも宿の厨房から聞こえる不穏な音と声で察する事が出来た)
ふと視線を下に向ければ、普段と違いどこかそわそわとした様子でチハヤはアルヴィンを見上げていた。仄かに朱に染まった頬に、意図せずアルヴィンの頬は緩む。

「あー…そういう事か」
「いえ、あのその…無理にとは言わないので…よかったら」
「………。いや、もらっとくよ。ありがとな」

肯定的な言葉にぱっと顔を上げ、しかしその前の間に微かに眉を寄せるチハヤの前で、アルヴィンは皿の上のチョコレートをフォークで刺して口に運んだ。

「ん、美味いよ」


・・・・・


それから数時間後、宿の一室。

「あの、アルヴィンさん…」
「………」
「ちょっと、もう…何なんですか」

戸惑いを含んだ声を漏らすチハヤの頬に、小さく音を立ててアルヴィンの唇が押し当てられる。
頬から瞼、目尻、耳の後ろと、啄むように触れては離れるそれに、くすぐったさと共にじわじわと胸に滲む感覚。
ベッドの上で膝に向かい合って乗せられ抱き締められた状態で数十分、チハヤは無言のままのアルヴィンの顔を覗き込んだ。

「なあチハヤちゃん」
「はい?」
「俺だけのプレゼントはないのか?」
「は…?」

すいません、意味が分からないです。
そう目と表情で訴えるチハヤに大げさにため息を吐き、アルヴィンは彼女の背中に回していた手を緩く動かし腰を撫でる。

――こういう時にいつもみたいに察してほしいのに、変なところで鈍いんだよなあ。

心中で溢された彼の呟きは、目の前できょとんとしている彼女に届く事はなく。

「さっきのチョコ、優等生とかエリーゼ姫にもやってたろ?そういう『ついで』のは嫌なんだけど」
ここまで言ってようやっと察したのか、アルヴィンを映す瑠璃色の瞳がすっと細まった。

要は嫉妬と独占欲のようなものなのだ。
自分に向けられた気持ちは嬉しい、しかしそれは他の仲間達と同じ物によって表現されたもので、アルヴィンの欲は今一つ満たされない。
もっと、自分だけに何かが欲しい。

「………」
「俺にだけ、ってのはないの?」
「え、っと、その…」

用意していなかったのか目に見えておろおろとするチハヤに再び大げさにため息を1つ。わざとらしく眉尻を下げてアルヴィンは言葉を紡ぎだした。

「あーあ…チハヤちゃんの愛情ってその程度?俺悲しいなあ」
「!そ、そんな事ないです!私はちゃんと」
「じゃあさ、ちょうだい?」
「…?」

思わず声を荒げたチハヤの両肩を、そんな言葉と共に手袋を脱ぎ捨てた手が掴んだ。
ばちりと瞬いた深海の瞳に、目元と口元を引き締めた顔が映る。
ずいずいと体重をかけられ後ろに倒されると同時に、その手は肩を辿って下に下がっていき、

「チハヤちゃんが『私がプレゼント』って言ってくれたら嬉しいんだけどなあ」

どこかからかうような、甘やかすような色を含んだ猫撫で声。
それが耳を通るのを感じた後、ぼふり、チハヤの背中が完全にベッドの上に沈み込んだ。
呆然と見上げる彼女をよそに、アルヴィンは至って普通に淡々と次の言葉を口に乗せる。

「すげえベタで悪いんだけどさ、おたくに拒否権はないから」

下から上へ、アルヴィンの口角が持ち上がる。それに対比してチハヤの顔色が上から下へ徐々に青ざめていった。
がっちりと捉えられた左右の手首。膝を割って入ってくる筋肉質の足。
おそるおそる目線を上げれば、先程の引き締めた表情とはうってかわってこれ以上ない程胡散臭い笑みに歪んだ紅の相貌とかち合った。

――苦笑いを返しても、それは何の効果もなく。

「ち、ちょっ…待って待って待ってください!!」
「待たない待たない。あ、終わったら俺用にチョコ作ってくれな」
「それじゃ意味な、ひゃあっ」
「真っ赤になっちゃって、かわいいねえ」

ひきつった悲鳴を心底楽しそうな笑いで掻き消して、アルヴィンは「いただきます」と丁寧に手を合わせた。


なんて素敵な、
(「彼女」というプレゼントなのだろう)(ほぼ無理矢理だけれど)


end
――――――――――
何も考えないで書いた結果の小話。やまなしおちなしいみなしですハッピーバレンタイン!遅刻ですが!それにしてもベッドの上でのお話が多くて管理人のシチュエーションを考える能力のなさが窺えますね、温い目で見てやってください。

続き?ないですよ。…ないですよ…書きかけましたが。

お題元:Largo
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