ぺたぺたと素足が木製の床を踏む音が近寄ってくる。それを確認してから目を閉じて身体を右側、ベッドの端に近い方に向ける。
寝室のドアが静かに開き、入ってきた気配が数秒立ち止まった。先程まで点いていたはずの天井の照明が消え、明かりはベッド脇の小さなスタンドに灯るオレンジの光だけだったからだろうか。

「…アルヴィンさん?」

寝てますか、と、声量を絞った問いかけには答えない。所謂狸寝入り。
いつもならここで風呂上がりの彼女を引き寄せ抱き締め構い倒して、ぽつぽつと話をしてそのまま眠るという事が多い――それだけでは飽き足らず身体を重ねる事も少なからずあった――のだが、彼女より先に眠ってしまった事は一度もなかった。言ってしまえばこちらが先に寝ていたらどんな反応をするのかという好奇心だ。
我ながら子供じみている、と緩みかけた口元を身動ぎする事で隠し、眠っているふりを続行した。

再び、ぺたりぺたりと足音が近付く。数秒の後に控え目にベッドが沈み、布団の中に外気で冷えた足が入ってきた。

「………」
「………」

つんつん、細い指先が肩甲骨のあたりをつついてくる。
戻した口元が一気に溶け弛緩していくのを感じつつも、彼女に背を向けたまま目を閉じ続ける事に専念。
起きない事に機嫌を悪くしたのか、むっとした気配が背中からでも伝わって、続いて再びベッドがきしりと沈む。右肩に小さな手が乗り、体重が掛けられて。顔を覗き込んでいるようだった。

草木も眠ると形容される時間帯。痛い程の静寂が満たす中、聞こえるのは自分と彼女の呼吸の音だけ。と、耳元で吐息混じりに彼女が何かを呟いた。
その言葉の内容を認識する前に、頬に小さく音を立てて柔らかいものが触れる。
半ば反射的に目を見開き上を見れば、かち合ったのはぱちくりと瞬く瑠璃色の相貌。
その瞳はしばらくぽかんとこちらを見つめ、狸寝入りだったと理解したのか一瞬で顔から指先まで朱に染まった。
それと同じくらいの速度で、彼女は布団を奪い取り中に潜ってしまった。丸くなっているのか布団はこんもりと盛り上がっている。

「なあ、」
『やだ!』
「いや、別に顔見たりは」
『やだ!!』
「せめて布団返して」
『やだ!!!』
「……おやすみ」
『おやすみなさい!!!!』

くぐもった声とやり取りを交わし、がしがしと頭を掻いて布団でできた山の隣に寝転がる。
さっきの彼女のように山をつんつんと指でつつき、ぴくりと跳ねたそれに「悪かったよ」と喉で笑い。少し寒いと思ったが、そのまま彼女の横で目を閉じた。


・・・・・


肩が、つま先が、全身が寒くて目が覚めた。
半身だけを起こして身震いし、隣に盛り上がった布団の塊を見遣る。昨夜と違いつま先と黒髪がほんの少しはみ出していた。
艶のある髪をそっと梳いてから布団を捲る。ぬくぬくとした中ではこちらがどんな思いをしたかも知らずに心地良さそうに寝息を立てる彼女の姿。
あまりにも幸せそうな寝顔に若干腹が立ち、柔らかい頬を軽く摘めば眉が寄って微かに唸る。それが何だかおかしくて苛立ちは数秒でしぼんでいった。

「言い逃げなんて、ずるいよなあ、おたくは」

昨夜、耳元で囁かれた言葉を反芻して、不覚にも身体の芯がじわりと熱を持つ。
ずるいと思いつつも、狸寝入りではあったが眠っている自分に対して落とされたその言葉は、なかなか聞けない彼女の本心であったわけで。これが喜ばずにいられるか。
すやすやとのんきに夢の中にいるその耳元に、彼女がしたのと同じように唇を寄せる。


『――だいすきです、アルヴィンさん』

「…俺も、大好きだよ、チハヤ」


そういえば、なんだかんだと自分からもこうして言葉で伝えた事はあまりなかったかもしれない。照れくさかったから、と言われれば否定も出来ない。
たった一言、4文字の言葉を紡ぐだけなのに、自分も彼女もどれだけ不器用なのだろうか。
案外似てるところもあるのかもな、などと思いつつ、そっと彼女の頬に口付け、もう一眠りと布団の中に潜り込んだ。


pretend to be asleep

(次は目を合わせてちゃんと聞きたいもんだ)


end
――――――――――
pretend to be asleep→狸寝入り(直訳過ぎる英訳)

本当はつぶやきに載せる小話のはずが何故かこの長さに。最初は夢主に「やだ!」って言わせたかっただけなんですが…うーむ
夢主はもちろんですがアルヴィンも意外と「好き」とは口に出してくれないんじゃないかと思っています。
続きからどうでもいい数分後の2人。
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