※中盤ぬるいですが少しアレな表現が含まれますのでご注意ください。


ことり、小さく響いたその音に、チハヤは瞼を上げないまま沈んでいた意識を持ち上げた。
固い何かが木の床を打つ音。その源は今いる宿泊処ロランドの一室、扉を隔てた外側から。
ことり、ことりと徐々に近付くそれを聞きながら、布団の中で抱いていた魔導書を握る指に力を込める。寝起きでもしっかりと機能した霊力野は微量のマナを漂わせ、それに反応して身体の周りが仄かに熱を持った。

ことこと、小刻みになった音はチハヤのいる部屋の前で止まる。数秒無音が続き、小さな金属音と共にドアノブがそろそろと静かに回った。

「……っ!」
「おわっ!待て待て、俺だよ」

ドアが僅かに開いた瞬間、掛け布団をはね除け右手を攻撃に突き出したチハヤの耳に、聞き慣れた声が入る。部屋の入り口に空いた長方形の枠の中に立つ長身の影を認め、盛大にため息を吐くと蹴り飛ばした布団を床から拾い上げた。

「悪い悪い、起こさないようにって思ってさ」
「起こさないで部屋に入ってどうするつもりだったんですか」
「そりゃ夜這、ぼうっ」

言いかけたアルヴィンの顔面に枕を投げ付け、チハヤはベッド脇の読書灯に手をかざした。
マナを注がれ発光するランプの下でぼんやりとオレンジ色に部屋が照らされる中、布団を元に戻しその中に戻る彼女にアルヴィンは苦笑する。

「おいおい、俺の事は無視でおねんねかよ」
「本当に夜這いとか言うんなら追い出しますけど」
「いや冗談だけどさ…ちょっと話したかっただけ」
「起こすつもりはなかったのに、ですか?」
「……顔、見たかっただけって言ったら?」

最後の答えは思ったより近くから聞こえ、チハヤは俯せていた顔と身体を左へと向ける。
床に膝を、チハヤのすぐ横のシーツに肘を着き、鼻先で紅の瞳がオレンジの光を反射して揺れていた。

「…何かあったんですか?」
「いや、ないけど」
「じゃあもういいでしょう」
「そう言わないで、相手してくれよ」
「話なら明日聞きますから、もう寝かせてくださいよ…何時だと思ってるんですか」
「話相手じゃなくてさ、」
「は、えっ」

言葉と同時に肩にひんやりとした感触が伝わり、チハヤは間の抜けた声を上げ首を回してそこを見遣る。
キャミソールワンピース状の寝間着を身に付けている為剥き出しの肩。それを骨張った手が掴み肩紐を滑らせている。その手が伸びているのは勿論、
そこまで自覚したところで、チハヤの身体はうつ伏せに戻され、上からのし掛かりの重さが掛けられた。

「言ったろ?夜這いって」
「……っ!」

低く、重く。耳に注がれた囁きに、びくりと身体が過剰に反応する。
それとは対照的に、肩甲骨の辺りに押し付けられた唇は熱く柔らかく。脳髄が震え手足を痺れたような感覚が襲った。

「ちょっ…と、待ってください…ん、」
「待たねえよ、襲ってんだもん」
「ひ、人が…っあ」
「じゃあ、我慢しといて…聞こえないように」

うつ伏せに横たわるチハヤの上に同じようにうつ伏せでのし掛かり、アルヴィンは髪を前に流して現れた白い背中に口付ける。
唇で遊ぶように食み、ざらつく舌で撫で上げ、時折強く吸って歯を立てる。強弱を付けた愛撫に、暴れないよう片手で包んだ細い喉がひくりと息を飲んだ。

「ん…ッ」
「かわいいよ、チハヤちゃん」

宿泊処ロランドはその名の通り多くの人が宿泊する為に訪れている。現に今2人がいる部屋の両隣ではローエンやエリーゼ、他の宿泊客が眠りに就いていた。
それを意識してかシーツの端を噛み締めて声を抑えるチハヤは、年齢に対しやや幼い見た目に合わず扇情的で、アルヴィンの喉も思わずごくりと鳴る。

「まだ背中だけなのに、感じちまった?」
「…誰のせいですか…」
「そりゃあ俺しかいないわな」

くく、と喉の奥から漏れる笑みの声と同時に、チハヤのうなじにぬるりと舌が這わされ、背中のラインをなぞっていった。

「ひ、あ…っ!」
「…もっと鳴いて、チハヤ」

やわやわと肩口に歯を立てつつ、下敷きにしていた太ももへ手を滑らせ開かせるように軽く引く。
本格的に強張った身体に口角を吊り上げるのと同時に、小さな手のひらが首元に添えた手を包み込んだ。

「アルヴィン、さん…」
「………!」

弱々しくも、何かを訴えるような声音に半ば本気になりかけていた気持ちがしおれ、代わりに別のむず痒いような感情が首をもたげるのを感じ、アルヴィンは苦笑混じりに目を閉じた。

「…悪い」
「………」
「…お袋がさ、」
「夢ですか?」

言葉の最後を奪い口にするチハヤに一瞬目を丸め、敵わねえなと小さく呟くと、アルヴィンは下敷きにしたままの彼女の肩に顎を乗せる。

ニュアンスからでも滲み出る何かを拾って先回りするチハヤは、それこそ読心術でも使えるのではないかとも初めは思い警戒したものだが、微かな声音や表情の変化に耳を、目を澄ませているのだと気付いたのは、こうして夜に言葉を交わすようになってからだった。
ジュードとはまた別のベクトルでの優しさや気遣い。それは彼のように「放っておけない」と多くの人に向けられるものではなく、自分にごく近しい人にしか向けられないもの。
それは彼女の過去にも起因しているのだろうが、生憎それに容易に答えてもらえる程完全には信用されておらず、また様子から察するにチハヤ自身の中でも整理しかねているようだった。

――それでも、その深海の相貌に少なくとも「近しい人間」として見られている事だけでも、今はよしとする。
緩む口元を肩口に押し付け隠し、アルヴィンはチハヤの腰とシーツの間に腕を差し込んでそのまま抱え込んだ。

「何か不安で、だから確認したかったっていうかさ…」
「…分からなくもないです、そういうの」
「おっ、まじで?何か嬉しいな」

そーかそーか、と上機嫌に言えば笑みを滲ませるチハヤの頬に自分の頬を擦り寄せ、抱き締め足を絡め、うってかわってアルヴィンは小さな声で次の句を紡ぐ。

「…大丈夫、だよな?」
「ちゃんと生きてますよ、私も、…アルヴィンさんも」

呆れたような、子供を前にした母親のような静かな声。
そんな声が自分にだけ向けられたのは、いつ以来だっただろうか。

「あー…カッコ悪いからあんまり甘えたくなかったんだけどな…」
年甲斐もなく自分より年齢も体格も小さな少女に擦り寄り構えとねだり、その温もりにどうしようもなく依存してしまっている。
――それが拒まれないからこそ、余計に甘えたくなってしまうのも否めないのだが。

「…じゃあ今度、私も甘えていいですか?」
「おたくはもっと甘えていいんだよ。前にも言ったろ?」

そっと髪を梳きながら苦笑混じりにアルヴィンが言えば、「そうでしたね」と腰を抱えた腕にチハヤの手のひらが重ねられる。

「まあ、なんだ…ありがとな」
「次は、眠れるといいですね」
「ぐっすり寝れそうだよ、おたくのお陰でな」

躊躇いがちに絡められた指先の熱にどことなく母に似たものを感じつつ、アルヴィンはそのまま沈んでいく意識に身を任せた。


そしてまた夢を見る
(今度は、)


(下敷きにしたままのチハヤから色々言われた気がしたが、気のせいという事にしておいた)

end
――――――――――
背中へのキスは「確認」の意味があるそうで。そういうのも込めての微エロ。微…?ですよね?
複数のネタの中からあみだで決めた「夜這いアルヴィン」ネタでしたが、恐らく今までで一番の長文…しかし中身がない…
何だかうちのアルヴィンは夢主に構え構えばっかりで年上の余裕がないなあとしみじみ。

お題元:Largo
次へ/戻る
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -