※軽い流血表現注意
轟音。
周囲の空気を震わせる程のそれと同時に左肩に衝撃と灼けるような痛みが走り、チハヤは土煙を上げて背中から地面に倒れた。
痛みに顔を歪めたのも数舜、身を捻りその力で身体を反転させて起き上がる。その場所を再び轟音と共に弾丸が地面を抉り穴を穿つ。
手近な木の影に身を潜め、ちらりと撃たれた左肩を見遣る。羽織ったショールはじわじわと赤に染まり、血液を吸った布地が嫌な感触を伴い肌に張り付いた。
「――っ、」
「させねえよ」
詠唱をしようと息を吸った瞬間、低音と暗い影がチハヤに落ちる。
一瞬前までいた空間を大剣の刃が裂き、木の幹にぶつかり粉々に砕く。
俯いた姿勢で垂れた前髪からゆらりと覗く瞳に目を合わせる事なく、チハヤは身を翻して別の木の影に滑り込んだ。
「…なあ、もう止めようぜ」
「………」
「おたくに勝ち目はねえよ。だからさ…」
淡々と紡がれた言葉が途中で止まり、張り詰めた空気にチハヤは頭を低くした。
どこまでも乱暴に、力任せに振るわれた刀身は、木を切り裂くのではなく打ち砕いていく。
バラバラにされ吹き飛ぶ木屑の中、光を消した紅の瞳と深海のような瑠璃の瞳がかち合った。
「――大人しく殺されてくれよ」
ぼそりと、静かに落とされた言葉は、どす黒くねっとりとした響きをもって#bk_チハヤ_1#の耳に入る。
それとは対照的に、降り下ろした状態から手を返し逆袈裟に振り上げられた斬撃は鋭く彼女の顔の横を通り抜けた。
空を裂く音に怯んだその一瞬、弾丸が貫いた左肩を大剣を離した手が掴み、そのまま背後の木に叩きつける。
ぎりぎりと容赦なく掴み上げる力に、ひゅっとチハヤの喉が小さく音を立てた。
「うっ…あ…!」
「…おたくのそんな声、初めて聞いたよ」
じわりじわりと手袋に染みる血を気にかける素振りも見せず、アルヴィンはそのままチハヤの顎の下に銃口を押し当てる。
金属の無機質な冷たさとは別に目の前の瞳の冷たさに背筋が凍るのを感じ、チハヤは戦慄く口をほんの少し開き、絞り出すように声を吐き出した。
「…どう、して」
「言っただろ。おたくと、優等生と。全員殺せば帰してもらえる」
「……っ」
「…そんな目で見るなよ。もう、こうするしか、俺には残ってないんだ」
引き金に掛けられたアルヴィンの指は震え、奥歯と一緒にガチガチと音を立てている。
と、光を消していた瞳が一瞬緩み、そろそろと顔を上げてチハヤの顔を映した。
「…なあ…こんな俺を見て、おたくはどう思う?」
「………」
「居場所を失って、あいつを見殺しにして、……おたくを、……チハヤを…殺そうとしてさ…」
「…アル、ヴィンさん…」
「…俺、生きてる意味、あるのか…?」
ぐっと身を寄せられると同時に肩を掴む手に力が籠り、チハヤは眉根を寄せ顔を歪める。
「う…っ」
「なあ…教えてくれよ…俺、これから何すればいいんだ?」
「…アル、」
「なあ、おたくは俺を信用してくれるんだろ?傍にいてくれるんだろ?なら教えてくれよ、なあ!俺はどうすればいいんだ!?なあ!!」
細身の身体を強く揺すり、悲痛ともとれる声でアルヴィンは叫ぶ。
顎に当てられたままの銃が手の震えと揺する動きでがつがつと打ち付けられ、チハヤの口から血液が伝った。
痛みに歪んだ瞼の下から、冴え冴えと光る瑠璃色が淀みのない水面のように彼の顔をはっきりと映し出す。
面白い程に歪んだ自身の顔を、滑稽だとアルヴィンは心の隅、まだ冷静な部分で自覚しきれないくらいに小さく思った。
「っそれを…私が教えて、あなたは、いいんですか…」
「…っ!!」
「本当にそれで、いいんですか…?」
惑い、恐れ、悲しみ。
その他諸々が混ざりあった静かな声音が、水を打ったようにアルヴィンの頭に冷静さを引き戻す。
だからこそ、冷えた頭で彼女の言葉を反芻した今、引いた波が返し打ち寄せるように、どす黒い感情が溢れるように押し寄せた。
「…何でだよ…」
「………」
「何でお前は、そうやって…」
「…うあっ…!」
ぎり、と、爪が食い込む程に握られた肩に、苦痛の色を増したチハヤの声が漏れる。
「分かんねえよ、俺は!!お前みたいに強くねえから!!」
わなわなと激昂に震え、見開かれた瞳を彼女の鼻先にまで寄せて怒鳴り散らすアルヴィンに、チハヤの瞳にも一瞬だけ火が付いた。
「…っ私だって!」
「……!」
痛みのせいか普段より掠れた声に、彼女の肩を掴んだ腕が跳ねる。
血の滲む唇を震わせ、未だ見たことのない程泣きそうに顔を歪め、チハヤは言葉を紡いでいく。
「…私だって…強くなんかないです…今も、これが正しいかなんて、分からないですよ…」
「………」
「でも、何かしないと進めないじゃないですか」
「…だから、何すりゃいいんだよ!!」
「…それを私に任せていいんですか!!」
「…っ!」
びくりと、先程より身を跳ねさせて、アルヴィンは目を見開く。
肩を掴む手にそっと自分の手を載せ、チハヤは真っ直ぐに目の前の彼を見据えた。
「それじゃあ、今までと同じじゃないですか…」
「…チハヤ、」
「…変わりましょうよ…」
しばらくの沈黙の後、ふ、とアルヴィンの口から浅く吐息が漏れる。引き結んだ唇は緩んであの時――ジルニトラから脱出しラコルム海停の変わらない夕焼け空を眺めた時――と同じように絶望に弧を描き、喉の奥からはくつくつと自嘲めいた笑いが吐き出された。
「…そうかい」
それだけ言って、アルヴィンの手からずるりと力が抜ける。
漸く解放されたチハヤは左肩を押さえてふらつく足元を無理矢理支え、片手を額に当てて俯いたままの彼をそっと伺った。
「…アル――」
言いかけたチハヤの頭に、後ろから手刀が下ろされた。
その軽い音に反して、彼女が地面に倒れ伏す音は重く大きく周囲に響く。
霞む視界の隅でチハヤが捉えたのは、再び色と光を消した一対の瞳。
「お前は…傍にいても、俺に教えちゃくれないんだな」
「アル、ヴィン…さ…」
その言葉と自分に背を向け歩き出す姿を最後に、チハヤの意識は闇へと沈んでいった。
そして世界を見失った
end
――――――――――
この後アルヴィンはジュードとレイアの所に行って、ゲームのあの展開。これはシリアスなのか切ない系なのか。
これ1話に1ヶ月かかるなんて思いもしませんでした。セリフより主に地の文に困りまして…
一応ここで終わりですがこのままだとアルヴィンがあまりにもアレなので後日続きを少し書きます。
お題元:群青三メートル手前(孤独十題)
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