ああ、赤い。
唸りを上げて棍を振り回しながら、それでもレイアは戦闘に集中できずにいた。
いつもの陣形にいつもの顔ぶれ。普段と何一つ変わらないそこでは普段と何一つ変わらない戦闘が行われているわけであるが、だからこそ、そこに生じた異変は微かなものでも大きな違和感となる。
それに気付いているのがレイア1人だとしても。
「行ったぜ、チハヤ!」
「分かってます」
アルヴィンの声にも眉1つ動かさず、チハヤは流れるように詠唱を紡ぎ出す。
それに気付き襲いかかる魔物をアルヴィンと共に牽制しながら、彼女の姿をレイアはその双眸に映す。
冷たく光る色を宿した瞳は鋭く細められ、周囲を熱を孕みながら逆巻くマナも、どことなく棘を秘め近寄るものを切り裂きそうで。
今では緩く穏やかになったものの、最初は自分に向けられる彼女の雰囲気もそんな感じだった、と、レイアが思慕に浸ったのも数舜、
『――ブレイジングハーツ!!』
鋭く放物線を描き放たれた火球が2つ、両脇から魔物の身体を貫いた。
即座に炎を上げ燃え盛るそれを、アルヴィンの斬撃とレイアの打ち込みで沈黙させる。
ちらりと振り返ると、精霊術の発動で余分に生じたマナを集め、チハヤが次の詠唱に掛かるところであった。
ふわりと舞い上がった熱風に乗りショールの裾がはためき、彼女の顔を下から上へ撫で空へすり抜けていく。
と、掻き上げられた黒髪の隙間から再び『それ』を発見してしまい、レイアははっと目を見開いた。
普段は髪に隠れ見えない白く細い首筋、耳の下辺りの皮膚が、小さく赤に染まっている。
ああ、やっぱり赤い。
「どうしたよ?さっきからチハヤの方ばっかり見て」
こそりと後ろからかけられた声に振り向くと、にやにやとした笑みを張り付けたアルヴィンがレイアを見下ろしていた。
――確実に、気付いている。
「アルヴィン、分かってて言ってるでしょ」
「さあ、何の事だか」
軽く肩を竦め笑うだけのアルヴィンの後ろで、再びチハヤの術が炸裂する。
それを援護して銃撃を放つのを止めないまま、彼は溢れそうな笑いを抑えているようであった。
「あのさ…教えてあげないの?」
「何で?」
「だって…恥ずかしいじゃん」
そういうのって、私みたいに周りに知られたら。
極力小声で話しつつ棍を魔物に突き出すレイアに、喉で笑い答えながらアルヴィンは左手の銃を右手の大剣の柄に組み込む。
2人の様子に気付いて訝しげに眉を寄せてこちらを見るチハヤに何でもないと手を振って返し。
「やー、俺としては自分で気付いてほしいんだよな」
「…何で?」
答えかけて一度区切り、仄かに光を纏った大剣を叩きつけ魔物の頭を割りながら、アルヴィンはさらににやにやと口角を上げてチハヤを見た。
「気付いた時の顔、見たいからさ」
新しい玩具を見付けた時のように爛々とした光を目に宿し、目線の先にはその玩具を捉えて離さない。
思わず後ずさったレイアに悪戯っぽく片目を瞑り、とはいえこれ以上放置してより多数の人に見られたらそれはそれで腹が立つからと、彼は最後の敵を焼き払った彼女の元へ向かった。
「サンキュな、レイア。お陰で思ったより早く見られそうだわ」
おたくが気付いてくれたからな、と、言い残し、歩みを進める彼の背をレイアは見つめる。
「…アルヴィンって、あんな感じだったっけ」
チハヤの張っている壁がレイアに対し和らいだのとは別に、アルヴィンの周りの空気もまた、大分変わったような気がする。
それは彼女のように常に張りつめたものが緩むのではなく、何か見守るものを見付けたような、それと共に自分も変わってゆくような。
「はあ…変わるのはいい事かもしれないけど、もう少し気を付けてくれないかなあ」
聞こえないよう小さく呟いたレイアの視線の先で、アルヴィンが身を屈めチハヤに耳打ちをした。
彼女の姿を思い浮かべると、赤が連想される。
生まれ持った漆黒と瑠璃に合わさり、見る目をより強く惹きつける烈火の色。
そんな赤に紛れたそれは、同じ色でも埋み火になる事なくはっきりと視界に突き刺さり。
「私、赤を見たら、チハヤとアルヴィンの事ばっかり考えるようになっちゃうかも」
苦笑混じりの呟きと慌てたような悲鳴が重なり、次いで手のひらが頬を打つ乾いた音が、軽快に空に響いた。
end
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ノリと勢いで書いたやまなしおちなしいみなしシリーズ
タイトル元:largo